第28話 最後の作戦
幸いあの爆弾は船が揺れても落ちない場所に嵌まっていた。あの化け物を殺せるのはこの爆弾だけだ。だがレベッカ達では起動方法が分からない。
「クソ! クソがぁ!! 全部てめぇらのせいだ! あのクソ化け物も! てめぇらも! まとめて皆殺しにしてやるぅぅっ!!」
怪物の奇襲で手駒である部下たちの殆どを失ったマサイアスだが、奴自身は据え付けられた重機に掴まっていて無事だった。だが船を失い、計画も上手く行かず、今また部下たちの殆どを失った事で既に正気ではなくなっている様子で、その目を狂気と憎悪に滾らせ、口から泡を吹きながら呪詛を垂れ流す。
奴がこちらに向けて、持っているライフル銃を乱射してくる。レベッカ達は慌てて物陰に身を伏せる。化け物鮫の攻撃はまだ続いており船は断続的に激しく揺れているので、マサイアスの銃弾から身を防ぎつつ、船から転がり落ちないようにもしなければならない。
「くそ! あの男、もう完全におかしくなってるな!」
「そうみたい。でも同情の余地はないわね」
レベッカは断じると、手放さずに持っていたピストルのグリップを握る。躊躇う理由はない。
「バージル、悪いけど私を支えてくれる? 上手く行けば一瞬で済むから」
「……! ああ、解った。任せとけ」
レベッカの意図を読み取ったバージルが頷いて、片手でしっかりと柵に掴まりつつ、もう片方の腕を彼女の胴体に回す。水着姿の彼女の腰に手を回すバージルだが、今はそんな場合ではないというのと、昔付き合っていた事が幸いして動揺する事なくしっかりと抱えてくれる。
これで一時的に両手が自由になったレベッカ。マサイアスの銃撃のタイミングを見計らって、それが途切れた瞬間に物陰から身を乗り出す。当然その両手にはしっかりとピストルが構えられていた。
「……っ!?」
それを見たマサイアスの目が大きく見開かれる。慌てて再びライフル銃を掲げようとするが、当然既にスタンバイしていたレベッカの方が早い。
奴の乱射するライフルに比べたらほんの小さな乾いた銃声。だが狙いすましたその銃撃は正確にマサイアスの胸の辺りに吸い込まれた。
「お――――」
マサイアスは何か不思議なものでも見るように、自分の胸の銃創とそこから噴き出す血潮を眺めた。そこに怪物による船の揺れが重なる。レベッカはバージルが支えてくれたので無事だったが、マサイアスはそれに揺られるままに転倒し、そのまま船の外……海の上に転がり落ちていった。
その下に待つのは当然化け物鮫の巨大な顎だ。船から落ちた後は角度的に見えなかったが、間違いなくあの化け物に飲み込まれて消えただろう。これまでレベッカとも因縁深かった悪徳業者マサイアスの最後だ。
(でもここからどうするかね……!)
マサイアスは死んだが、当然最大の脅威は依然としてこちらを脅かし続けている。奴を殺せる可能性があるのはあの爆弾だけだが、レベッカ達には起動する方法が分からない。
「揺れがようやく止んできたな。あの化け物が
レベッカの身体から手を離したバージルが大きく息を吐く。彼の言う通り、あれだけ激しかった揺れが収まってきていた。犠牲者を大量に殺し喰らった事である程度満足したらしい。だがこれが一時的なものである事は言うまでもなく2人とも承知していた。
「姉さん!」「社長、無事だったんですか!」
「……! アンディ! ナリーニ! あなた達こそよく無事だったわね!」
その時船内から聞き覚えのある声と共にアンディとナリーニが駆けつけてきた。アンディは銃を持っている。どうやらナリーニを守ってくれたようだ。
「ナリーニと奥に隠れてたんだけど、銃撃戦の音が止んだんで様子を見に来たんだ。で、代わりにあの揺れだ。まさかあいつが戻ってきたのかい?」
「そのまさかよ」
レベッカは首肯する。化け物が戻ってきたという事はウィレムが死んだ事を意味している。アンディとナリーニもそれに思い至ってショックを受けた様子になる。だがいつまでも悲しみに浸ってはいられない。
揺れが収まったので、レベッカは急いで爆弾のケースを持ってくる。
「でも彼のお陰でこの通り爆弾は回収できたわ。尤も私達には起動方法はおろか、このケースの開け方さえ分からないんだけどね」
それが出来るのはマサイアス以下『ディープ・ポセイドン号』の連中だけだ。だが奴らは全滅してしまった。仕方がなかったとはいえ、これで八方塞がりだ。
「……それに関しては俺が力を貸せると思うぜ?」
「……!? 誰!?」
やにわに聞き覚えのない声とともに男が1人近づいてきた。レベッカは反射的に警戒して銃を向ける。男は即座に両手を上げて降参のポーズを取った。
「おいおい、落ち着けって! 俺は敵じゃないぜ」
「カレニック社のロゴが入ったシャツ着といて何言ってるのよ。奴らの生き残り?」
レベッカが油断せずに詰問すると、その間にアンディとナリーニが割り込んだ。
「姉さん、落ち着けって! 彼は味方だ。僕達を助けてくれたんだよ!」
「何ですって? どういう事?」
レベッカが眉を上げるとナリーニが説明してくれた。
「沈没した『ディープ・ポセイドン号』の生き残りの方ですよ! 皆さんが引き揚げて助けた人です」
「……!」
そう言われると何となく見覚えがあった。男は肩をすくめた。
「エステベスだ。あの時はアンタ達に世話になった。船に残ってた俺達はアンタ達の殺害計画なんて聞かされてなかった。本当だ。もう社長には付いていけねぇから辞めるつもりだった。まあこの有様だと辞表を出す必要はねぇようだが」
「さっき連中が側面から銃撃を受けて混乱する場面があったが、あれはもしかして君が?」
バージルが問いかけるとエステベスは首肯した。
「まあな。そいつらを助ける際に同僚を殺っちまってたんでな。もう後には引けねぇし、ああするしか無かったんだよ」
「…………」
あの援護射撃があったからレベッカ達は全滅せずに済んだという側面もある。それにアンディ達を助けてくれたのも事実のようだ。ならこの場ではそれで充分だ。
「解ったわ。弟達を助けてくれてありがとう。マサイアスの計画を知らなかったというのも信用するわ。それで……もしかしてこの爆弾を起動できるの?」
「ああ。ケースの解除番号と爆弾の起動コードなら知ってる。あとは上手く化け物に当てるだけだ」
エステベスはあっさりと首肯した。その言葉に嘘はなさそうだ。レベッカは安堵感から大きく息を吐いた。
「それはとても助かるわ。早速お願いできる?」
「ああ、それは勿論だが……その爆弾をどうやって奴に喰らわせるか考えてあるのか? 一度起動しちまったら時限式で爆発は止められねぇぞ」
「……!!」
指摘されてレベッカは初めてそれに思い至った。今までは爆弾を運んでくる事に必死でそこまで考えが至らなかったのだ。だが爆弾は一個限りだし、時間制限もあるとなれば確実にあの化け物を殺せる方法を採らなければならない。そしてそんな手段はすぐには思いつかなかった。勿論アンディ達も同様だ。だが……
「それなら任せてくれ。奴が必ず興味を示して接近するだろうとっておきの代物がある。そいつに爆弾を括り付けて海に放れば、確実に奴を殺せるはずだ」
そう自信満々に発言するのはバージルだ。レベッカは訝しんで眉を上げた。
「そんな都合のいい物があるの?」
「あるさ。忘れたのかい? この船は元々は奴の
そういえばあの時彼は、
「船の予備電源は生きてる。
「解ったわ。なるべく早めにお願いね」
レベッカ達に見送られながらバージルとアンディは船内へと消えていった。レベッカはエステベスに向き直る。
「それじゃ私達も準備しましょうか。私が奴を見張っておくから、ケースを開けていつでも起動できる状態にしておいて頂戴。ナリーニは彼を手伝って」
「OK、任せな」「解りました」
2人は了承の返事をしてすぐに爆弾の準備に取り掛かる。レベッカはその間、銃を手に周囲を警戒する。
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