第27話 悪夢の再来
無事にボートに上がったレベッカはすぐに足ヒレとアクアラング等を外して、そのままボートを操作して『ブルー・パール号』に辿り着いた。そしてすぐに異変に気づいた。船の上から恐ろしい銃撃音や男達の怒号や叫び声などが彼女の元まで響いてくる。それで彼女には何が起きているのかすぐに解った。
(マサイアスの奴……アンディやバージル達も皆殺しにするつもりなんだわ!)
奴の予定ではヘイウッド達が自分を殺して、2人だけで爆弾を持って戻ってくる事になっていたはずだ。そうなるとレベッカだけが戻らなかった事にバージル達は確実に不審を抱く。そうなる前に自分たちから奇襲を仕掛けたという所か。
マサイアス達はもう完全に一線を越えている。一度行動に移した以上、相手を一人残らず殲滅するまで止まる事はないだろう。もう事態は殺るか殺られるかという所まで来ている。
となればレベッカもここに隠れている訳にはいかない。海中での戦いと同じだ。生き延びるためには戦うしかない。ましてやあの化け物鮫もいずれは戻ってくる事を考えたら、ここにずっと隠れている事は死と同義だ。
彼女はボートに置きっぱなしになっていたヘイウッド達の遺した銃を手に取った。ライフルではなくピストルであったが、レベッカにはむしろ丁度良かった。服は船室に置きっぱなしなので水着のままだが仕方ない。
片手にそれぞれ拳銃と爆弾のケースを持って慎重にタラップを登っていく。甲板に頭を出した瞬間に流れ弾が当たったりしたら笑い話にもならない。そっと頭を覗かせて甲板の様子を見ると、銃を持った男達が互いに撃ち合っている様子が目に入ってきた。
やはりマサイアスら『ディープ・ポセイドン号』の連中と、『ブルー・パール号』の面々が戦っているようだ。
「くそ、撃て! 撃てぇ!!」
(……! バージル!)
『ブルー・パール号』の船員達と一緒に物陰に隠れながら応戦しているバージルの姿を見つけた。と同時に、彼等の死角にあたる方向から敵が1人忍び寄ってきているのも見えた。バージル達は正面の敵に集中していて誰も気づいていない。男がバージルに銃の狙いを定める。
(危ない……!)
気づいた時には反射的に銃の引き金を引いていた。事前に海中でヘイウッドを射殺した事で多少吹っ切れていたのも影響しているかも知れない。銃弾で撃ち抜かれた男が吹き飛んだ。
「……ッ!? レベッカ、無事だったのかい!?」
「ええ、何とかね! でもどうやら戻ってきても安全じゃなかったみたいね!」
バージル達の側に走り寄りながら、銃声に負けないように大声で会話する。彼女はすぐにバージルと同じ物陰に滑り込んだ。
「戦況は?」
「正直あまり芳しくないな。何せ君達が海に潜ってすぐに奇襲してきたからね。こっちは不意を突かれた形さ。あのウィレムが不在なことも連中の背中を後押しした原因らしい」
どうやらレベッカが想像した通りの状況のようだ。バージルの目が彼女の持っているケースに向いた。
「……それが例の?」
「ええ。でも残念ながらこの有様じゃ使えないわね。あの馬鹿、状況も考えずに!」
レベッカは激しい怒りに毒づく。この爆弾を起動できるのは恐らくマサイアス達『ディープ・ポセイドン号』の連中だけだ。彼等の協力がなければこの爆弾はただの置物だ。
しかしこの状況では最早彼等との
「とりあえず後の事は後で考えよう。まずはこの状況を切り抜ける事が先決だ」
「ええ、そうね」
バージルの言葉に頷くレベッカ。そうだ。今、先の事を考えても仕方ない。まずはマサイアス達を撃退しなければ何も始まらない。
「しかしどうしたものか……。数は向こうの方が多いし、このままでは正直ジリ貧だ」
バージルが苦虫を噛み潰したような顔になる。このままここに隠れていてもいずれは制圧される。かといって決戦を仕掛けても分が悪い。一応レベッカが加わったが、この状況では焼け石に水だ。
「なにか打開策は無いかしら……」
レベッカも焦燥の面持ちで呟く。このままではマサイアス達に勝てない。そう思ってレベッカ達が何とか打開策は無いか頭を捻っていると……
「……!? なんだ? 奴らの様子が変だぞ?」
バージルの言葉にレベッカも物陰から顔を覗かせると、確かに『ディープ・ポセイドン号』の連中が混乱しているのが分かる。船内に繋がるドアの方から誰かがマサイアス達に向けて銃撃しているようだった。奴らの側面を突く形になっている為、連中が一時的に混乱しているようだ。
「な、何? アンディ?」
「分からん。分からんが、俺達にとっては僥倖だ。今がチャンスだ。こちらから打って出よう」
彼は今更レベッカにここで待っているようには言わなかった。突撃する時は、そして武運及ばず撃たれて死ぬ時は一緒だ。共に覚悟を決めて隠れ場所から打って出る2人。残りの『ブルー・パール号』の船員達もそれに続く。
「ぬお!? てめぇら……クソがぁ!!」
レベッカ達が攻勢に出たのを見たマサイアスが悪態をつく。側面からも攻撃されている事で隠れ場所からあぶり出されたマサイアス達も銃を手に表に出てくる。それぞれの生き残りメンバー達が甲板上で銃を突き付けあって、一瞬奇妙な睨み合い状態になる。
「てめぇ……レベッカ! 生きてやがったのか!? あいつら、しくじったな!」
「お生憎様。アンタの差し向けたクズ共は今頃海底で鮫の餌よ。勿論
彼女の姿を見て毒づくマサイアスにレベッカは精々挑発を返してやる。奴の厳つい顔が歪む。
「てめぇら……どこまでも俺をコケにしやがって。今この場で全員撃ち殺してやるぜ」
「この状況でそれが出来るかしら? アンタ達もただじゃ済まないわよ?」
今は互いに近距離で銃口を向けあっている状態だ。これで撃ち合うとお互いにほぼ全滅状態の共倒れだろう。双方ともにそれが分かっているだけに引き金を引けず膠着状態に陥る。
しかしこのままいつまでも睨み合っている訳にはいかない。そして既に話し合いで解決できる段階でない事も分かっている。緊張状態に耐えられなくなった両陣営の誰かが引き金を引きかけた時、
――何の前触れもなしに船が大きく揺れた。突然であった為その場にいた全員が思わずよろけてバランスを崩す。
「な、何だ!?」
「これは……まさか!?」
バージルが動揺するが、レベッカはこの揺れの正体が即座に解った。と、最初の揺れが収まらない内に再び大きな揺れが船を襲った。最初のものより大きい揺れだ。
「おわぁぁぁ!? クソッタレが!」
マサイアスの悪態と他の船員達の悲鳴や怒号が重なる。立っていられずに転倒する者もいた。レベッカとバージルはたまたま近くに掴まれる鉄柵があったので、それに掴まって辛うじて耐える。しかし他の者達が体勢を立て直す前に、
『ディープ・ポセイドン号』の船員も『ブルー・パール号』の船員達も区別なく、不運な者達が何かに掴まる暇もなく海に投げ出された。それからすぐに耳を覆いたくなるような阿鼻叫喚と凄まじい水しぶきの音が轟いてきた。とても縁まで行って確認する勇気はないが、下で何が起きているかは明白だ。
「奴が……戻ってきた!?」
ようやく事態を把握したバージルも青ざめる。ウィレムが引き付けていたはずのあの怪物がついに戻ってきてしまったのだ。それは取りも直さず囮となったウィレムの運命も暗示していた。
(ウィレム……!!)
レベッカは心の中で慟哭した。彼の犠牲のお陰で爆弾を回収する事は出来たが、それもマサイアス達の愚挙のせいで台無しとなってしまった。このまま彼の死を無駄にする事は断じて許されない。
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