第26話 船上動乱
一方で爆弾回収に向かうレベッカを見送った船上。そこでは状況が思いの外早く動いた。
「へへ、これであいつらが爆弾を回収してくりゃこっちのモンだ。あの鮫野郎も木端微塵にしてやれるぜ」
そう言って笑うマサイアスに徐が近づいてくる。
「マサイアス君、
「そっちも抜かりはないぜ、徐の旦那。無事に爆弾を回収できたら即
マサイアスの返事を聞いて徐が頷いた。
「ふむ、そういう事なら……こちらもそれを前提に行動を起こさないかね? もし彼女だけが帰ってこないとなると煩く騒ぐだろう連中がいるからね。今ならあのマオリ人もいないし絶好の機会だと思うが?」
徐の言葉にマサイアスの目が凶悪な光を帯びた。
「ああ、そうだな。あの女の件もこれで片付いた。なら……その後始末もやっとかねぇとな」
彼は自分の船員達を見渡した。
「お前ら! もう我慢する必要はねぇ! 計画通りに行くぞ! 俺たちの船を失った憂さ晴らしを存分にしてやれ!!」
「……!!」
マサイアスの号令を受けてカレニック社の船員達が銃を手に凶悪な雄叫びをあげる。その様子を遠目に見ていたアンディがバージルに耳打ちする。
「な、なぁ、バージル。これって何かヤバい雰囲気じゃないか?」
「ああ、そうだな……。それにあいつが言っていたもう一つの仕事っていうのも気になるな。まさかあの男……」
彼がそこまで言いかけた時、カレニック社の船員の1人が『ブルー・パール号』の船員目掛けて持っていたライフル銃を撃ち込んだ!
甲高い銃撃音が響き、撃たれた船員が吹き飛んだ。ナリーニが悲鳴をあげる。それを皮切りにカレニック社の船員達が一斉に銃を向けて発砲してきた。
「うわぁぁぁぁぁ!? あいつら、マジか!?」
「まさかこんなに早く牙を剥くなんて予想外だ! でもそれを嘆いている状況じゃなさそうだな!」
バージル達は咄嗟に物陰に隠れながら毒づいた。『ブルー・パール号』の船員達も反撃しているが、不意を突かれた分不利なようだ。バージルが自身の持つ銃を確認する。
「クソ! だがそんな泣き言は言ってられないな。アンディ、君はナリーニを連れて船の中へ逃げるんだ。絶対に出てくるんじゃないぞ!」
「わ、解った! 行こう、ナリーニ!」
アンディは頷いてナリーニの腕を取って必死で船内に逃げ込む。外からは物凄い銃声や怒号が響いてくる。
「ア、アンディさん! 前に……!」
「……!?」
ナリーニが悲鳴を上げて指さした先に、船の奥から銃を持った男が近づいてくるのが見えた。カレニック社の船員の1人だ。向こうもアンディ達に気づいて銃口をこちらに向けようとしてきた。
「――――」
何も考える暇はなかった。殆ど反射的な動きでアンディは相手に銃を向けて引き金を引いた。乾いた銃声が鳴って相手の男が仰け反って倒れた。
「……っ! く、クソ! 何てことだ……!!」
アンディが声を震わせて毒づく。人を撃ってしまったという事実が臆病な彼の心に浸透する。だが……
「アンディさん……」
「……! ナ、ナリーニ……!」
そうだ。彼女を守らねばならない。そのためなら自分の手を汚すくらいどうって事無い。アンディはナリーニの存在によって何とか心の均衡を保つ事に成功した。だがその時さらなる人の気配が近づいてくるのが解った。
見るとやはり同じ通路の先から今度は2人の男が歩いてきていた。どちらもカレニック社の船員で手に銃を持っている。
「……!」
アンディはこの時点で死を覚悟した。流石に2人相手ではどちらかの銃弾が彼を撃ち抜くだろう。だがナリーニだけは守らなければならない。彼は決死の思いでナリーニを庇いながら男達に銃を向けた。だがその時思いもよらぬ事が起きた。
カレニック社の2人のうち1人が近づいてくる速度を落とした。すると必然的にもう1人が前に出る事になる。その前に出た1人に向かって、歩みを遅めた方の男が
――乾いた銃声が何度か響き、背中から撃たれた男がそのまま突っ伏す。そして背中から血を噴き出したまま動かなくなった。
「え……ど、どういう事?」
「仲間割れ、でしょうか……?」
勿論2人には何が起きたのか理解できない。分かるのは男達のうち1人が、もう一方の相方を撃ち殺したという事だけだ。
「銃を下ろせ。俺は敵じゃねぇ」
「……! 敵じゃない? どういう事だ? あんた一体誰なんだ?」
油断せずナリーニを庇ったままアンディが問うと、男は肩をすくめた。
「覚えてねぇか? あんた達に救われた男だよ」
「……あ!! アンディさん、この人、アンディさん達が
「え……? あ、そういえば……!」
『ディープ・ポセイドン号』が沈没した際に、ロープで引き揚げて救出に成功した船員が3人ほどいた。眼の前の男はその1人だ。男が頷いた。
「ああ、エステベスだ。あの時はアンタ達のお陰で助かったぜ」
「で、でも何故……? 私達を助けてくれたんですか?」
ナリーニが問うとエステベスはかぶりを振った。
「俺は何も聞かされちゃいなかった。俺だけじゃなく船に残ってた連中は皆そうだ。アンタ達を脅すだけだと聞かされてたんだよ。だが実際には社長はアンタ達の抹殺を目論んでた。恐らくあの中国人に唆されたんだろうよ」
「……!」
マサイアスと一緒にこの船に乗り込んできた連中は皆社長の目的を知っていたのだろう。
「俺個人はアンタ達を殺すつもりなんて無かった。ましてやあんな状況で命を救ってくれた相手をよ。後から聞いたが、あのレベッカって女が社長に俺達の救出を促したんだってな」
「それで僕達を助けてくれたのか? でも、こんな事しでかして大丈夫かい?」
勿論アンディ達としては助かったが、エステベスは同僚を撃ち殺しているので完全にカレニック社と訣別する以外に選択肢はない。だが彼は肩をすくめた。
「関係ねぇ。どうせもう辞めるからな。というよりカレニック社はもう終わりだぜ。今までも犯罪スレスレじゃあったが、それでも一線は越えてなかった。だが社長は今回その一線を越えちまった。俺はもうあの人に付いて行く気はねぇぜ」
商売上の邪魔者を排除するために
「と言ってもこのままじゃ社長達が勝っちまうかも知れねぇ。俺は『ブルー・パール号』側に加勢しに行く。カレニック社はまだ俺の
アンディは自分も行くと言いかけたが、エステベスに機先を制されてしまった。確かにこの状況でナリーニを1人にする訳にはいかない。
「……解ったよ。でもアンタは命の恩人だ。絶対に死なないでくれよ?」
「約束は出来ねぇが、まあ頑張ってみるさ」
エステベスは再び肩をすくめると、銃声や怒号が轟く船外へと向かっていった。その背中を見送ったアンディはナリーニに向き直る。
「よし、行こう。とりあえず僕の船室に隠れよう。僕から離れないで」
「は、はい、アンディさん」
アンディは彼女の手をしっかりと握ると、それを引きながら油断なく銃を構えて自分の船室へと走っていった。
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