第22話 怪物討伐作戦
そしてここから脱出する手段がなく、このままでは干上がって飢え死にする可能性が高いのであれば……自分たちが生き延びるには
「あいつを……あの悪魔を殺す? そんな事が可能なの? ライフル銃の掃射だって効かない怪物なのに」
奴を討伐するには軍隊が必要だ。そう結論付けてスバに戻る決断をしたというのに。
「そうするしかないとして、現実問題としてその
バージルが困ったときの癖で喉を摩りながら指摘する。あの化け物はエンバイロン社の予測を超えて恐ろしい怪物に進化してしまっていた。そもそもそれがバージル達の誤算だったのだ。
「となるといきなり八方塞がりか? あの怪物を殺すとなるとそもそも銃器の類いでは不可能だろう。かなり強力な
ウィレムが鼻を鳴らす。いきなり手詰まりかと思われたが、その時……
「へ、へへ……いや、一つだけあるぜ。あのクソッタレな鮫野郎もぶっ殺せるかもしれない代物がよ」
話を聞いていたマサイアスが凄絶ともいえる不気味な笑みを浮かべて立ち上がった。全員の視線が彼の方に集中する。
「あいつが沈めてくれやがった俺の船には
「……!」
サルベージという作業はその対象物の重さや状態、そして地形などによっては岩石や堆積物に嵌まったりなどしていて、
そのためサルベージ業者は爆発物を取り扱う資格も同時に所持している事が殆どだ。マサイアスもその例に漏れないらしい。だが……
「だが爆弾があったとしても、お前の船と一緒に海の底に沈んでしまった。その時点でもう爆弾としては用をなさないだろう?」
ウィレムがその場の全員の疑問を代弁する。当然その爆弾は既に海水で使い物にならなくなっているはずだ。だがマサイアスはかぶりを振った。
「んな事は勿論解った上で言ってるに決まってるだろ。あの爆弾は万が一にも誘爆や誤爆したりしないように、専用のケースに収めて保管してあるんだよ。あのケースは完全防水で、しかも例え飛行機の墜落事故に巻き込まれても衝撃が中に伝播しないくらい頑丈な造りになってる。間違いなく今も全くの無傷で船の中に眠ってるはずだぜ」
「……!!」
それが本当なら確かに朗報だ。その爆弾を使えばあの化け物を殺せるかもしれない。だが……やはり問題はまだある。
「で、でもその爆弾はあの船の中……つまり今は海中にあるんだよね? どうやって行くの? まさか潜っていくのかい? あの怪物が待ち構えている海に潜るなんて自殺行為だよ!」
臆病なアンディが顔を引きつらせてその問題点を指摘する。いや、彼でなくとも誰だって臆病になるだろう。船の上にいてさえ安全とは言い難いような相手だ。ましてや海中に潜るなど、確かに自殺行為以外の何物でもない。
船上から見下ろしてさえ恐ろしいあの怪物に、海の中で遭遇する事を考えたら……想像しただけで足が竦む。
「ふむ……誰が海に潜るのかは別問題として、そういう事なら手がない訳でもないんじゃないかね?」
徐が思案顔で発言する。全員の視線が今度は彼に集中する。
「私達が最初この船に来る時に乗ってきたボートは無事だ。あれを囮に使ったらどうかね?」
「な……」
レベッカは絶句する。それはつまり……
「……囮、という事か?」
ウィレムの確認に徐はこともなげに頷く。
「まあそういう事だね。ボートに乗って全速力で逃げ続けて奴を引き付けている間に、別の者達が海に潜ってその爆弾を回収する。危険なのは間違いないが、さりとて他に良い方法があるかね?」
確かに爆弾の回収を優先するなら、それが最も確実な方法かも知れない。いかにあの怪物の知能が高くても船上での会話まで拾える訳では無い。ボートに乗ってこの船を離れる者がいたら、それは恐怖に耐えかねて
そうなればあの怪物はここから誰も逃さない為に、確実に逃げたボートを追って仕留めようとするはずだ。ただし……
「で、でも、危険すぎます! あいつに追いつかれたらそのボートは絶対に助かりませんよね? 誰が乗り込むんですか?」
ナリーニがその場の全員の心中を代弁する。化け物鮫の泳ぐ速度がどれくらいかは分からないが、相当に危険な賭けになるのは間違いない。追いつかれたら待っているのは確実な死だ。しかも沈んだ船から爆弾の回収を済ませるまでとなると、それなりの時間あの怪物を引き付けておかねばならないという事になる。
相当な難行だし、誰も好んで立候補する者はいないだろう。提案した徐自身も自分がやるつもりは微塵もないらしい。
自分以外の誰かが名乗り出てくれないか……。そんな風に互いに窺い合うような雰囲気になりかけるが……
「……ふぅ、仕方ない。俺がやろう」
「……! ウィレム!」
盛大にため息を吐きつつ手を挙げたのはウィレムであった。他の者達は口にこそ出さないが、露骨にホッとして胸を撫で下ろすような雰囲気になる。
「でも……間違いなく危険よ? 本当にやってくれるの?」
レベッカだけは彼の
「他に方法は無いようだからな。危険なのは間違いないが、だからこそ尚更他の人間にやらせる訳にはいかん。あの連中が行ってくれるならいいが、どうもその期待は出来そうにないしな」
マサイアス達の方にチラッと視線を向けて皮肉げに鼻を鳴らす。だがその視線を受けたマサイアスは全く悪びれずに口の端を吊り上げる。
「は! あの爆弾の保管場所と、爆弾自体の取り扱いも俺達にしか出来ねぇんだ。囮役はてめぇら役立たずがやるのが筋ってモンだろ?」
「……だ、そうだ。幸いというかここからひたすら東に向かっていけばナイライ島がある。とりあえずはそこに
それだけでなく島には小規模だが村落もあるので、電話でスバに通報する事も出来るかも知れない。しかしウィレムには残酷だが
一度誰かが名乗り出てしまえば後は速い。とりあえずボートは無事だったので、その中では(マサイアス曰く)一番速いボートを選ぶ。だがここでウィレム自身がもう一つの課題を突きつける。
「さて……俺はこいつでナイライ島に向かって一直線で逃げるが、肝心の爆弾の回収には誰が行くんだ? 奴をどれくらいの間引き付けておけるかも分からん以上、俺が出る前に
「……!」
そうだ。肝心要の回収要因がまだ決まっていない。ウィレムが出発した後に誰が行くかで揉めたりすると、貴重な時間をロスする事になる。
爆弾の保管場所等が分かっているのはマサイアス達『ディープ・ポセイドン号』の乗組員達だけなので、彼らのうちの誰かは必ず行く必要がある。しかし彼らは互いに譲り合うような気配になって誰も自発的に名乗り出ようとしない。それを見たウィレムが馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
何となくこうなるような気はしていた。しかしいつまでもこうしている訳にはいかない。レベッカは自分から決断した。
「オーケー、どうせ最低でも何人かは行かなきゃならないわよね? だったらそのうちの1人は私が行くわ」
「レベッカ!? 何を言い出すんだ! 危険すぎる!」
バージルが驚愕したように目を瞠って制止しようとする。だが彼女の心は既に決まっていた。
「危険でも誰かがやらなきゃならないでしょ? 私はダイビングの資格も持ってるし、実際に仕事で何度も海には潜ってる。潜水技術だったらプロのダイバーにだって劣らないと自負してるわ」
「君が泳ぎが得意なのは知ってるさ。だからって――」
「――それに……女の私が潜るって言ってるのに、まさか勇敢なる海の荒くれ者様達が尻込みしたりしないわよねぇ?」
「……!!」
レベッカに挑発されたマサイアス達が色めき立つ。この状況でなお尻込みすれば彼等の沽券に関わる。だからこそ彼等の退路を断つ意味もあって自分が名乗り出たのだ。
「姉さんが行くなら俺も行くよ。俺だって一応ダイビングの資格持ってるし」
「アンディさん!? 何言ってるんですか! 絶対にダメです!」
アンディも名乗りを上げるが、驚いたナリーニが即座に止めようとする。レベッカもそれに同調した。
「そうよ。アンタは怪我してるんだから。怪我人を連れてける訳ないでしょ」
「こんなの全然問題ないよ。見た目が派手に出血しただけだって」
アンディがゴネるが、そこにウィレムが助け舟を出してくれる。
「派手な出血だからこそ問題だろう。お前が水に入ったらどうやっても傷口に障って血が漏れ出る。奴は一応鮫の仲間のようなものだからな。恐らく
「あ……」
言われてアンディもその可能性に思い至ったらしく絶句する。レベッカはそこまで考えていなかったが、ここはウィレムの助け舟に乗らせてもらう事にした。
「そういう事。それにアンタまで海に出たら、誰がナリーニを守るのよ? 彼女を1人にする気?」
「……っ! ああ、確かにそうだね。解ったよ。じゃあ僕は他の連中が何かおかしな事をしでかさないように見張ってるよ」
「ええ、それは本当に頼むわ」
確かに残った連中はバージルを除けば犯罪者スレスレのような者達ばかりだ。ウィレムがいなくなる事によって彼等を統制、監視できる者がいなくなるので、用心に越した事がないのは間違いない。
「それで? そっちは誰が行くか決まったの?」
レベッカがマサイアス達の方に問いかけると、彼等の中から2人の男が渋々という感じで進み出てきた。
「勿論だ。こいつらが回収に当たる。クリーヴズとヘイウッドだ。お前はこいつらの後に付いていけ」
マサイアスが2人を紹介する。どちらもマサイアスと一緒に船に乗り込んできたメンバーで、粗野な雰囲気のオーストラリア人だ。背の高い茶色の髪の男がクリーヴズで、背は低いが筋肉質で黒い短髪の男がヘイウッドらしい。
バージルによるとこの『ブルー・パール号』にも一応アクアラングや足ヒレなど潜水用具一式はいくつか用意されているらしいので、それを利用させてもらう事にする。ウェットスーツは残念ながら男性用のサイズの大きいものしかないので、レベッカは自前の水着に直接アクアラングを装着する形になった。
「よし、それじゃ大方決まったようだし、俺はそろそろ出発する。幸運を祈っていてくれ」
ウィレムが最低限の物資だけを携行して、船べりに垂らした簡易ハシゴの前に立つ。ボートに乗る人数は少ない方が僅かでも速度が出るため、彼は単身で囮役をこなす事になる。一応
「ウィレム……本当にありがとう。その……くれぐれも気をつけて。絶対に死なないで」
見送りに来たレベッカ達『ザ・クリアランス』の面々。レベッカの言葉にウィレムは肩をすくめる。
「絶対という保証は残念ながら出来んが、まあ可能な限りやってみるさ。それに危険という意味ではお前たちも大差ないかも知れんぞ? お前は何と言っても直接海に潜るのだからな。それに船に残るのも、他の連中の顔ぶれを考えると安心はできん。アンディ、お前も充分気をつけておけ」
「あ、ああ、解ったよ。俺も銃を持ってるし、あいつらの好きにはさせないさ」
アンディは緊張した面持ちで頷いた。まだ不安はあるが、とりあえずはこれで納得するしかないだろう。ウィレムは頷いた。
「では、行ってくる」
短くそれだけを告げて素早くハシゴを降りるとボートに乗り込む。ここから先はもたもたしていると奴が先に来てしまう可能性があるので時間との勝負だ。ウィレムは『ザ・クリアランス』の操縦担当だけあって、多少種類が違ってもボートの操作は手慣れたものだ。
びっくりするくらい手際良くエンジンを作動させると、後は脇目も振らずに東に向かって発進させて行った。当然ながら最初から最大速度だ。
(ウィレム……お願い、どうか無事に逃げ延びて)
レベッカは見る見るうちに小さくなっていくボートを見送りながら、心から彼の無事を願った……
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