第19話 『協力者』
流石にあれだけの体験の後でレベッカも心底疲れていたらしく、夢さえ見る事なく爆睡していた。だが船室のドアを叩く音で強制的に目覚める事になった。
『おい、レベッカ! いるか!? 起きろ!』
「……! んん……バージル?」
どうやらバージルが廊下から彼女の事を呼んでいるようだ。レベッカは慌てた。何となく彼に寝起き直後の顔を見られたくなかった。
「ちょ、ちょっと待って! いるわ! 開けるからちょっとだけ待ってて!」
大声で呼びかけてから、慌てて最低限の身なりだけ整える。窓の外は少し明るくなっていた。夜は明けたようだが、まだ早朝といっていい時間帯のようだ。一体何があったというのか。
何とかトイレや身支度を終えて部屋のドアを開けると、そこにはバージルだけでなくアンディとナリーニもいた。
「バージル、一体どうしたの? 奴がまた襲撃してきたの?」
真っ先に考えられるのは勿論あの化け物サメの事だ。だがその割に船は揺れておらず静かなものだった。果たしてバージルはかぶりを振った。
「いや、奴じゃない。見張りからの報告で、怪しい船が近づいてきてるらしい」
「怪しい船? 漁船とか観光船じゃなくて?」
この辺りを通る可能性があるとしたらそんな所だ。救難信号も送れていないのにまさか救助船でもあるまい。
「勿論真っ先にその可能性を疑ったが、そのどれにも該当しないようだ。見た目も怪しいし明らかにこの船を目指している事といい、警戒の必要があるかも知れない」
「……!」
海賊船か何かだろうか。アフリカ近海ならともかく、この辺りに海賊が出るなどという話は聞いた事もないが。
「今ウィレムが他の乗組員たちと一緒に、とりあえず何があってもいいようにって
アンディが苦笑しながら説明してくれる。『船長』が死んでバージルもリーダーというには今一つ頼りなくタイロンは当然論外という状況で、自然とウィレムが乗組員達を指揮するような立場になったらしい。彼等も今の生きるか死ぬかという極限状況において、無意識のうちに『強いリーダー』を求めたのだろう。それもまた一種の生存本能なのかも知れなかった。
「それはいいけどアンタはもう動いて大丈夫なの? まだ医務室にいた方がいいじゃないの?」
ウィレム達と合流するためメインホールに向かいがてら、レベッカは弟に問いかける。するとアンディは顔をしかめた。
「よしてくれよ、姉さんまで。もう血は止まったし動いても全然問題ないさ。あんな化け物に狙われて皆が大変な時に自分だけ寝てるなんて出来るかよ」
「無理ですよ、社長。すでに私が散々同じように言って止めても聞かなかったんですから。もう勝手にして下さいという感じです」
ナリーニが若干ふてくされたように溜息をついた。この2人がいい仲になるとして、どうやらアンディが一方的に尻に敷かれるという事はなさそうだ。
「はぁ……まあいいけど、あんまり無茶しないようにね?」
「その言葉はそっくり姉さんに返すよ」
即座に返されてナリーニが少し噴き出す。反対にレベッカは憮然とした表情になった。
そんな話をしているうちにメインホールに着いた。そこではすでにアンディの言う通りウィレムが乗組員たちを指揮して、ライフルなどの銃火器を準備している所だった。彼はすぐこちらに気付いた。
「レベッカ、来たか。バージルから大体聞いてるな?」
「ええ、海賊船か何かかしら。でもまさか撃ち合いでも始めようっていうんじゃないでしょうね?」
ウィレムや乗組員たちが持っている銃火器に視線を送りながらレベッカは少し不安になった。海の下であの化け物がこちらの隙を虎視眈々と狙っている状況で、海の上では人間同士で殺し合いなど余りにも馬鹿げている。ウィレムは肩をすくめた。
「勿論言いたいことは分かる。当然こちらから仕掛ける気はない。全ては相手次第だな。しかし考えようによってはこれは降って湧いた幸運かもしれん。少なくとも向こうの船には無線機があるだろう?」
「……!」
言われてレベッカもその事に思い至った。相手が友好的な存在なら勿論すぐに無線で助けを呼んでもらえるだろう。そして友好的
「その時は仕方ない。場合によっては
やはりそういう事になるか。外部との通信は今のレベッカ達にとっては死活問題なので綺麗事は言っていられない。それに相手がもしこちらに害意を持っているのであれば確かに遠慮する必要はない。
「はぁ……出来ればそうなって欲しくはないけど。それで、具体的にはどうするの?」
「相手が敵対的な連中だった場合、甲板で待ち構えて銃で威嚇したら船ごと逃げられる可能性もある。なので……この船の中まで誘き寄せてから
つまり銃口を大量に突きつけてこちらの要求を通すという訳だ。このメインホールのあちこちに身を隠して、相手があらかた踏み込んできた所で一斉に姿を現し銃を突きつける。要約するとこんな感じの作戦だ。
アンディやバージルも彼等自身が希望したので、余った銃を持ってウィレムの指揮下に加わる。レベッカとナリーニは危険を感じたら即ホールから逃げるという約束でこの場に一緒に残った。
甲板で隠れて船を見張っている乗組員から、いよいよ謎の怪しい船が接近してきて、明らかにこちらに乗り移る目的でボートを何隻が出しているようだ。
「ボートね。知らないって事は幸せだよな」
アンディが皮肉げに笑う。言いたい事は分かる。何者か分からないがそのボートに乗っている連中は、
「よし、そろそろだな。一旦隠れて、俺が合図したら銃を突きつけながら一斉に姿を出す」
ウィレムの指示に従って、レベッカも含めて全員が物陰に隠れて静かにその時を待った。レベッカは自分の心臓が早鐘のように鳴っているのを自覚した。一体どんな連中なのか。その答えは数分後には提示された。
ホールに明らかに複数の人間が入ってきた気配があった。いよいよだ。ウィレムがそれでもしばらく待ってから合図を出した。
「――動くなっ!!」
一斉に姿を出して、入ってきた連中に銃を突きつけるウィレム達。そして……レベッカはその連中の顔ぶれを見て目を見開いた。何故ならそれは彼女が見覚えのある連中であったからだ。
「てめぇ……レベッカか! それにマオリ人も……! そいつらは何者だ!?」
そして向こうもレベッカの事をすぐに認識したらしい。その男……サルベージ会社カレニック社の社長であるマサイアスは、彼女の顔を見て目を吊り上げた。
「っ!? マサイアス!? それに確か『南海水産公司』の……? アンタ達こそこんな所まで一体なにしに来たのよ!?」
そしてもう1人、彼女にとって見覚えのある人物がいた。それは中国国営の水産会社である『南海水産公司』の社長、徐文州であった。
マサイアスといい徐といい、何故よりによってこんな所にいるのか全く見当がつかず混乱するレベッカ。
「やあやあ、久しぶりだね、レベッカ。私達がここまで来たのには事情があるんだよ。警戒するのは当然だが、まずは話を聞いてくれないかな。君達が撃たないと約束してくれれば、こちらが先に銃を降ろすよ。そしたら君達も銃を降ろしてくれないかな」
その徐がにこやかな笑顔を作って他の人間達に銃を降ろさせる。この笑顔が曲者だと知っているレベッカとしてはそう簡単に信用する訳にも行かなかったが、さりとてこのままずっと睨み合っている訳にもいかない。それに正直連中がここまでやってきた理由にも興味があった。
「……ふん、いいだろう。妙な真似はするなよ?」
とりあえず相手を威圧する目的もあってウィレムが答えた。徐はすぐに頷いた。
「賢明な判断に感謝するよ。表に酷い状態の死体があったが、良ければ君達の事情も教えてくれないかな。私達なら力になれるかもしれない」
『船長』の遺体の事だ。確かにあれを見たなら今レベッカ達が何らかの異常事態に陥っている事は一目瞭然だ。
レベッカはウィレムと顔を見合わせた。ウィレムが彼女に判断を任せるとアイコンタクトしてきたので、渋々ではあったがレベッカは話を聞く事にした。それに今の状況でマサイアス達が現れたのは見方によっては幸運とも言えるかも知れない。彼等は武装していたから確かに戦力にはなるだろうし、何よりも彼等の乗ってきた船には無線がある。
「……いいけど、まずはアンタ達の事情を話すのが先よ」
「勿論だ。信用してくれていいよ」
こうしてレベッカ達は、全く予想もしていなかった連中と『協力関係』となるのだった。
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