第10話 告白

 朝早く目覚めて、本を開いた。

 【公爵令嬢ヴァイオレットは今日も涙をひた隠す】という小説だ。

 仮面作家が出していて、ファンレターはマルクール王国の本屋が窓口になっている。わたくしは何度も手紙を書いた。



 小説の内容はこうだ。



 最初、ヴァイオレットは余命宣告を受ける。彼女は他の公爵令嬢と王太子妃の座を競っていた。

 ある日、ヴァイオレットが汚い手を使って相手の公爵令嬢をいじめているという噂を立てられた。



 それは相手の公爵令嬢の仕業だった。



 誤解されたヴァイオレット。余命わずかの自分は、そうまでして、王太子妃になりたいわけではないと気づく。せっかく王太子妃となっても死んでしまうのなら、王太子の為、身を引くべきではないかしら。


 そして、ヴァイオレットのライバル令嬢はそこまでしてでも、王太子を手に入れたいほどに好きなのだとわかる。


 ヴァイオレットは、死ぬまでにしたい10のリストを作り、実行していく。


 わざと王太子に嫌われることで、ライバル令嬢とくっつけようとさえした。


 そうして、ライバル令嬢の策略にハマり、無実の罪を着せられて断頭台へといくヴァイオレット。


 そこで、見事な大演説を行う。

『わたくしの名はヴァイオレット! 大悪役令嬢です。あなた方が聞いた醜聞、悪評、噂はすべてほんとうのことです。なぜなら、わたくしは邪神に魅入られた令嬢なのですから』

 

 それを見ていたライバル令嬢は笑った。勝利の笑みだった。ヴァイオレットは笑いかえす。


 真実を話さず、礼をのべて散っていくヴァイオレット。



 その後、ヴァイオレットを好きだった令息によって、ライバル令嬢の悪事は暴かれ、ライバル令嬢も断頭台へ。


 泣きわめき、命乞いをして、死んだヴァイオレットに罪をなすりつけ死んでいく。


 王太子や、みんなはヴァイオレットのことを悔やむ、やがてヴァイオレットが余命幾ばくもなかったことが医師から明かされる。


 王太子とヴァイオレットは次の世界で共に生まれ変わった。余命もない、自由な世界に生き、王太子と幸せに結ばれるヴァイオレット。





 わたくしはハンカチで涙を抑える。

 この話が好き過ぎるのは、自分のことだと思ってしまうからだ。

 多くの部分が違っている。それでも、たしかに自分のことが描かれているとわかる。

 わたくしも、ヴァイオレット様と同じ立場なら、きっと同じことをするだろう、と。

 

 ただし、わたくしは無実の罪を着せられたら、否定するだろう。ヴァイオレット様みたいに綺麗には生きられない。



 わたくしは静かな部屋で、何度もヴァイオレット様が悪役令嬢のふりをする部分を読んだ。





 登校前。門にはやはり騎士のジェイコブがいない。

 婚約破棄されてしまったから、王城に呼び戻されたのだろう。

 

 お別れの挨拶も言えなかった。時間を見つけて、会いに行こう。


 ――いや。このままにしよう。わたくしはもうすぐ死ぬ。ジェイコブも新しい場所でわたくしを忘れて仕事に邁進してもらったほうがいい。彼は騎士爵位の叙爵を楽しみにしていた。





 学校についた。馬車止めから教室に歩いて行く。

 王家の馬車から殿下たちが降りてくる。バルクシュタインも一緒だ。

 

 アラン殿下は見るからに元気がなさそうだ。ブラッド殿下も、いつものさわやかさはなく、目の下のクマがすごい。


「ごきげんよう。アラン殿下、ブラッド殿下、バルクシュタインさん」


「ごきげんよう。アシュフォード様。本日はダンスの件、よろしくお願いいたします。ハンカチはいつもよりも多めに用意しています」

 バルクシュタインは肌つやがよく、元気だ。


「おはよぅ……。フェイトさん。ね、ねむい……立ったまま、寝ることができそう……だ」

 ブラッド殿下の目がぐるぐる回っている。大丈夫、ではなさそうだ。


 アラン殿下は手をあげただけだった。


「リリー。ダンスとはなんのことだ」

「アラン様。本日よりアシュフォード様とダンスの特訓をします」

 手袋をつけ、リリーと手をつなぐ殿下。


「アシュフォード嬢に迷惑をかけぬことだ」

 アラン殿下はちらりとわたくしを見たような気がしたが、気のせいかもしれない。

「心得ています」

 アラン殿下たちは教室に向かう。


「あの。アラン殿下。おからだに気をつけてください」

 わたくしは余計なお世話だが言ってしまう。


 後ろ姿の殿下は首をかたむけ、すこしだけ、手をあげた。


「婚約破棄されて、すでに新しい女を連れてる兄を嫌いになるほうが普通だと思うんだけど。なんで様々な感情が入り乱れたような顔をしているの」


 近い! ブラッド殿下が超至近距離でわたくしの目をのぞき込んでいる。いや、そこをのぞいても答えなんて書いておりませんよ。


「正直なところ、忘れたり、違う方を向いて歩けたら、どれだけいいかと思います」


 アラン殿下とバルクシュタインの後ろを歩く。


「忘れた方がいい。フェイトさんはいま、いいなぁって思う男性はいるの」



 わたくしが思い浮かぶのは、3ヶ月後に死ぬわたくしだけ。


「ぱっとは浮かびませんね。ずっと王太子妃になるものだとばかり思っていましたから」


 ブラッド殿下はわたくしの正面に立つ。こちらが燃えてしまいそうな熱い視線です。


「僕はフェイトさんに婚約を申しこみたい」

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