第11話 悪役令嬢の芽ばえ
「お気持ちは……嬉しいです。ですが、婚約破棄をされたばかりで……」
わたくしは矛盾している。死ぬまでにしたいリストに恋をしてみたいと書いた。
アラン殿下とは互いに決められた婚約だったものの、わたくしのお母さまが亡くなった時に寄り添ってくださった。こんな良い方が婚約者でよかったと思った。
それが、急に、美しいバルクシュタインが選ばれた。
わたくしは悔しかった。でも、わかってしまう。照覧の魔女の力もなく、王家の血としてふさわしくない見た目だと殿下はおっしゃった。
まったくその通りだ。わたくしはいつその欠点が、殿下だけでなく、臣下、民から聞こえてくるのか怯えていた。
――わたくし自身が、いちばんアラン殿下にとってふさわしくないと思っていた。
バルクシュタインはわたくしの理想を体現した容姿をしていた。あんなに美しいプラチナブロンドの髪だったらどんなによかったか。あんなにスタイルがよかったら、どれだけ自信を持って生きられただろうか。
そして、余命わずかでなかったら。小説のヴァイオレット様のラストのように、自由に生きられたはずだ。
わたくしは死ぬ。わたくしが勝手に恋をするのはよいとして、両思いになった相手が残されたら、悲しいに決まっている。それはお母さまを亡くしたわたくしが、いちばんよくわかっている。
わたくしはシリルの笑い方を参考にして、笑う。頬をぐっと寄せ、心から笑っているように見せた。
「殿下にはもっとふさわしい女性がおります。わたくしなんて、目もがちゃがちゃですし、髪もおばあちゃん。なんと魔女の家系なのに魔法が使えない蛇女でございます」
「君が自分をいくら卑下したって、君がどれだけ仕事ができるか知っている。王太子妃としての過酷な教育に逃げず努力してきたのも知っている。フェイトさんがどれだけ素晴らしい人間がいくらでも言えるし、フェイトさんのこと、すっごくかわいいし、綺麗だと思うよ」
照れくさい言葉を恥ずかしげもなくお話される殿下。わたくしにはそんなことをいう勇気はない。わたくし、このような甘い言葉を囁かれたことは初めてです。ありがとうございます。
「フェイトさんがいなくなって、実は王城の仕事が大変なんだ。僕の婚約者として、一緒に手伝ってくれないかな。なんともロマンがない告白になってしまうけど」
わたくしは唇を噛む。本当にありがたいことです。貰い手もなく、もはや家柄しか残っていないわたくしにはもったいないお言葉。
ですが、だからこそ、お断り申し上げなければ。
自己卑下も通じないとあれば、最後の手段しかない。
――ヴァイオレット様、力を貸してください。
わたくしは息をおおきく、吸い込んだ。
「ぜん、ぜんっっ。だめですわ。殿下。一緒に仕事を手伝ってですって? 笑わせないでいただけますか。それでは仕事をさせる為にしかたなく、婚約したいと言っているのと同義でしてよ。それならば、仕事ができる役人を用意すればよいこと。傷心の令嬢に甘い言葉を囁けば、コロッといくと思いましたか。甘い。砂糖10杯入りの紅茶よりも甘い。わたくしはそんな安い女ではなくってよ。殿下という身分におごりすぎでは」
大声でまくし立てた。登校中のすべての方がわたくしを凝視する。アラン殿下でさえ、なにごとかと振り返る。バルクシュタインも目を丸くしている。
心臓がバクバクとしている。それを気取られないように、扇子を用意した。派手な扇子で口元を隠すことで悪役令嬢レベルが高まると小説に書いてあった。
ブラッド殿下は顔を伏せ、震えている。
殿下はほとんどの人が魔法が使えるこの世界で、わたくしと同じく魔法が使えない。殿下はそのハンデをはねのけるように剣を極め、16歳で剣聖となった天才。
体格もよく、わたくしはいつも見上げてお話している。
だからこそ、怖い。一発殴られても文句は言えない。首を切られてもしょうがない。わたくしが暴言を吐いたことはみんな聞いている。
ブラッド殿下がわたくしの肩に手をかける。
――わたくしは怯える自分の顔を扇子で隠した。
殴られるだけなら、ラッキーだ。歯を食いしばって、目をつぶった。
「あははははは。ごめんね。殿下という肩書きにおごっていたようだ。僕はね。昔のフェイトさんが大好きなんだよ。兄の婚約者になってから、良くも悪くも型にはまってしまった。子どもの時のフェイトさんはいまみたいに、冗談も一流で面白かったよ」
わたくしはなにが起こっているか理解できない。わたくし、酷すぎることをいいましたよね?
「冗談なんかではございませんわ。わたくしはブラッド殿下が好きではありません。婚約などこちらから破棄します!」
上ずる声を抑えながら、殿下の手をはねのけた。
「ちょっっっっっ! 今度は僕が婚約破棄されちゃったよ。さすがに短時間で婚約破棄ブームが来すぎだろ! いま婚約している人、すべてが破棄されてしまう残酷な世界だ」見ている生徒達の一部が笑う。
「心配していたんだ。フェイトさんのこと。よかった。もう冗談が言えるほどになっていたんだね。言っとくけど、僕の気持ちは冗談じゃない。絶対フェイトさんを諦めない。何度婚約破棄されることになってもね」
ブラッド殿下は片目をつぶる。
いや、そもそも婚約をしていませんよ。そもそもブラッド殿下が婚約したいと希望をおっしゃっただけですよね。わたくしの合意が迷子です。悪役令嬢の振りをしてお断りしたのに、なぜ何度も婚約破棄されることになっても、という流れになるのか、理解に苦しみます。
わたくしは、腰が抜けそうになり、ブラッド殿下に抱きついてしまった。
――わたくしの悪役令嬢のふりが、通じないなんて。
ブラッド殿下はそのまま、わたくしを紙きれでも持ち上げるみたいにひょい、と抱えた。俗にいう……お姫様抱っこだ。
これは――。これは。これは! すさまじい羞恥。
「大丈夫? このまま教室まで運ぶよ」
「すみません! わたくしが悪うございました!! 後生ですから下ろしてください!!!!!!」
わたくしが騒ぐと、ゆっくりと下ろしてくれた。抱き上げられた時、とてもいいにおいがした。
「朝からお盛んじゃのう、フェイト。好きなだけ衆目の前で愛をささやき合え。うーん。若さとはよいな。邪魔したな」
横にあらわれたマデリンの口元が緩みまくっていた。召使いがわたくしに一礼し、馬車顔負けのはやさで教室まで運んでいった。
わたくしは顔を両手で押さえて、羞恥に耐える。
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