第7話 ①リリー・バルクシュタインの誘い + ②【アラン殿下の執事 コナーside】王城の執務が大変です。

 教室に帰るとマデリンが泣いていた。


「フェイト、どこ行っていたの。妾はおなかがすいた。気づいたらだれもいなくて」

 お腹がすいて泣いていましたのね。かわいそうに。

 

 手に持っていたものを、マデリンの口に突っ込むと、ぱくぱく、と食べはじめた。

 かわいいペットでも見るように、ゾーイがほほえむ。


「おいひい。おいひいよ。フェイフォー」

「学食でパンを買っておきました。お食べなさい」

「フェイホォーに一生ついていくね」


 もっきゅもっきゅ、頬を動かしながら、わたくしの手を離さないマデリン。見た目は小学生なので、妹が出来たみたい。


「フェイト。聞きたいことがあるんだ」

 パンを食べて落ちついたマデリンは、あらたまって聞いてきた。


「妾のnow! でヤングなしゃべり方だけど、違和感あるかな?」

 は? 唐突に何語? ですか。


「んん? なんですって?」

「だから、このヤングなしゃべり方、変? 自然?」

「しゃべり方が変だとは思いませんが……nowでヤングとは何語なのですか? 古代イスリス語に近いような……」

 どことなくしゃべりにつまっている感じはしておりましたが、わたくし達の話し言葉に無理して合わせてたんでしょうか。


「妾は厳格な家庭に育てられてな。いまのヤング・ソウルフルな学生にはいささか、ヴィンテージ感が漂うのじゃ。かといって、妾も無理にヤングなしゃべりをしてもなかなか慣れぬ。いつもどおりに戻してもよいか?」



 ほんとうになに言っているかわからないのですが。ゾーイも首をかしげている。


 シャルロワ家がマナーに厳しいのは噂に聞いたことがある。無理をして合わせてくれていたのか。彼女は目も見えないし、歩くこともできない。わたくし達と同じというわけにはいかないだろう。


「ご自分に無理のない範囲で、好きになさったらよいのではないでしょうか」


「さっすがフェイトじゃ。妾の好きにさせてもらうぞ」


 解放された顔でマデリンは伸びをする。午前中の授業を寝て過ごしたことで元気が出たのだろうか。


「まっ、フェイトも無理はいかんぞ。からだによくないからな……」


 そこで、静かになって、規則正しい呼吸音が。ね、寝たの?






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 放課後になった。終了のベルが鳴ると同時に、教室のドアを、からだを折りたたむように白髪の巨漢が入ってくる。


 ぱっつぱつのスーツは破けそうだ。


「みなさま。本日よりお世話になります。マデリン様の召使いでございます」


 見惚れるほどの美しい角度でお辞儀した。


「じゃあの。フェイト。また明日会おうぞ」


「ごきげんよう。マデリン」

 マデリンに手を振り返した。


「帰りましょうか。ゾーイさん」

 席を立つ。

「ごめんなさい。アシュフォードさん。ちょっと職員室まで来て」


 先生がドアから顔を出す。ま、またですの! 今度こそいじめの件の事情聴取でしょうか。


「今日は先に帰ってますね」

 ゾーイが気遣って、先に帰った。




 職員室の先生の元へいく。


 ――なぜか、リリー・バルクシュタイン令嬢が隣にいた。

 

 わたくしを見ると、やはり不敵に笑う。


「ごきげんよう。アシュフォード様」


 わたくしも精一杯の笑みを返す。


「ごきげんよう。バルクシュタインさん」



 きまずい空気が流れる。




「こほん。バルクシュタインさんがアシュフォードさんにダンスの先生になっていただきたいって。どうかしら」





 わたくしを見つめるバルクシュタイン。





 先生はわたくしとバルクシュタインの顔を交互に見ます。






「もちろんお答えは決まっております」




「ほんと! やってくれる? さすがアシュフォードさん、困っている人を見捨ててはおけないわよね。助かるわー」





 先生が安堵する。





 バルクシュタインは楽しそうにわたくしの返事を待っている。






「ええ! 謹んで、お断りいたしますわ!」


 先生がこけて、バルクシュタインは、笑った。しょうがないな、という様子で。

 わたくしもバルクシュタインに向かって笑みを作った。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 初めまして。儂はアラン殿下の執事を務めておりますコナーです。


 いま、王城では大変なことになっている。


 アシュフォード嬢と婚約を破棄した馬鹿王子ことアラン坊ちゃまは、すぐにバルクシュタイン嬢を城に招き入れた。

 バルクシュタイン嬢は隣国の商家の出で、商いが成功し爵位を買った成金子爵とのこと。



 王城入りを国王陛下に許可をとらなかった。こんなことは前代未聞。許されるはずはないと思っていたが、なし崩し的に許された。いったいどんな手を使ったのやら。



 さて。大変なこととは執務のこと。




 儂はアラン坊ちゃまの執務室の扉をノックする。


「入りますぞ。見てください。この書類の山。爺はやるのが嫌すぎてぽっくり死んでしまいますわい」


 坊ちゃまはこちらを見ない。


「爺、口を動かさず手を動かせ。仕事が終わらないぞ」


 坊ちゃまの前に見上げなければいけない量の書類をどん、と置いた。顔に影ができる。

 

「なんだ、この量は。終わらないぞ」

 坊ちゃまの目の下にクマができている。


「どっかの王子が有能すぎるアシュフォード嬢と婚約破棄なさるので、あの方がやっていた仕事が、坊ちゃまのところに回ってきたわけです。因果応報。儂があと10歳若ければ、アシュフォード嬢に結婚を申し込むところです。あんな優秀で良い方はおりませんよ」


「爺が10歳若くとも、アシュフォード嬢にとっておじいさんなのは変わらん」

「坊ちゃま。いまからでも遅くはありません。アシュフォード嬢に土下座して、戻ってきてくださいと泣いて謝ってきてください。いますぐに」

「坊ちゃまは、やめろ。この仕事、二人でやったらどのぐらいで終わりそうだ?」

「民の嘆願書がメインですからな。明日の昼に終われば良い方かと」


 坊ちゃまは頭を抱える。

「学校なんだが」

「身から出た錆です。自分でなんとかしませんと」


 坊ちゃまが立ち上がる。


「アシュフォード嬢に土下座する気になりましたか! 儂もご一緒します。一緒に土下座しましょう」


 坊ちゃまが眉間にシワを寄せる。


「違う。リリーとブラッドに手伝ってもらう」

「ああー。ダメですぞ。バルクシュタイン嬢は美容がどうのと、休まれましたし、ブラッド殿下は剣の修行中。邪魔したら腕が片方無くなります」


「いいから呼びにいくぞ。今日は徹夜になるかもしれないな」

「爺にそんな無茶させたら、明日をむかえられないかもしれませんぞ。坊ちゃま」

「坊ちゃまはやめろ! 俺はリリーを起こしてくる。ブラッドを頼む」

「儂は黙りませんぞ。坊ちゃまの弱みを握る為に、乳母に金を積んで、坊ちゃまのおしめを儂がかえた魔法写真を、いつも胸ポケットに忍ばせておるのです」


 坊ちゃまはため息をついた。この写真がある限り、坊ちゃまは儂に頭があがらんのです。

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