11  猫 または2度 ベルを鳴らす

 思った通り翌日のワイドショーは『衆目の見守る中、忽然こつぜんと消えた被害者! 残されたサングラスは何を物語るのか』で、埋め尽くされていた。世の中平和なのだろう。


 サングラスをくしたことでしばらく隼人は僕をいじめていたが、そのうちきて、

「バンちゃ~ん、サングラス、買って」

と甘え始めた。予備はない。隼人に管理できるわけがない。


「黄色いの、ハヤブサのくちばしや足の色みたいの」

そこまで黄色いのはないよ、きっと。


 それでも、インターネットで見つけた画像を見せると、

「ボクに似合うかな?」

と、聞いてくる。


 隼人なら、どんなものでもきっと似合うよ、と言ってやると、

「フン、バンちゃん、ボクを馬鹿にしてる」

と、少し怒ったが、

「まぁ、いいや。バンちゃんがいいって言うならそれにする」

と、満更まんざらでもないらしかったので、注文した。明日には配送されるらしい。


つまり、今日は隼人、事務所兼住処のこの古家から、出られなくはないが、出ないだろう。オッドアイをじろじろ見られたくない隼人だ。


「バンちゃん、何か飲みたい。甘いの飲みたい」

「んじゃ、カフェオレにしようか?」

ピヨピヨと隼人が喜びの声をあげる。


 火傷やけどしないように隼人が慎重にフーフーする横で、僕も一緒にカフェオレを飲む。インターホンが鳴ったのは、そんな時だった。


 インターホンは1階の事務所の玄関にしか着けていない。出入り口は、2階に直接入れる外階段もあるけれど、そちらは普段使っていないし、インターホンも付けていない。


つまり客は探偵事務所に来ているってことだ。そして今、僕らは2階の住居にいる。


「無視していいよ。今日、探偵事務所はお休み。だいたい、うちの事務所にお客が来るはずない。仲間が来る時は必ず予告か予兆がある」


 確かに、探偵事務所のクライアントが事務所に来たためしがない。依頼はいつも隼人がインターネットでけている。


仲間が来る時は事前に連絡があるし、なくても隼人の第六感が働いて、今日は誰々が来る、と必ず言う。


 隼人は無視するつもりだが、インターホンを鳴らした相手は無視されるつもりがないようだ。二度目のピンポン音が鳴った。


「バンちゃん、追い返して」


 僕ですか、そうだよね、僕が追い返すしかないよね、隼人が自分で追い返すわけないよね。


 ところがすぐにピンポン音が、どんどんガタガタ、ドアを乱暴にたたく音に変わった。


「誰だっ! ボクの神殿しんでんおびやかす狼藉ろうぜき者はっ!」


 いきなり隼人がいきりたち、僕を押しのけ階段を駆け下りる。慌てて追いかけると、玄関ドアは、どんどんガタガタみしみし、と尋常じんじょうじゃない揺らされようだ。


「留守だっ! 帰れっ!」

隼人が叫ぶ。


 ……隼人、それ、誰が納得するんだ?


「いるニョは判ってるんニャよっ! 出てこい、はニャとっ!」


借金取りか? いや、うちは借金なんかないはずだ。それに、あの声、あのしゃべり……


「なぁんだ、たまちゃんか、久しぶり、今、開けるね」


 途端とたんに隼人の態度が変わり、玄関の鍵を開ける。飛び込むように入ってきたのは、隼人よりずっと小柄な女の子、隼人に飛び掛かって押し倒す。隼人は後ろにぶっ倒れ、尻餅しりもちくが怒りもしない。


「はニャとぉ、会いたかっニャよぉ」

 珠ちゃん、隼人に体をこすりつけている。マーキングだ。隼人も嫌がらず、いいコいいコと珠ちゃんの頭を撫でる。


 珠ちゃんは猫まただ。猫の妖怪だ。『珠』って名前は僕らと違って隼人が付けたわけじゃない。つまり僕らの仲間じゃない。人間にじって生きてるわけじゃない。確か、山にひそんで気ままに生きているはずだ。


「ミルクあるよ、2階に行こう」

僕を置き去りに二人は2階に行ってしまった。やれやれと、僕は戸締りをして二人のあとを追うことになる。


「バンちゃん! 珠ちゃんに早くミルク! ボクには今度はココア。どっちも冷たいのにしてね!」


 はいはい、はい。


「うっまーい、あっまーい、美味しぃ……」

うしせぇ、ちち臭せぇ、脂肪分あぶらがあミャあい」


「それで珠ちゃん、今日は何のご用事?」

「それで、はニャとニャん、今日はニャして遊ぶ?」


「珠ちゃん、遊びに来たの?」

「はニャとニャん、遊ばニャいの?」


「うん、ボク、遊んでるほど暇じゃないの」

「へぇ、キミ、遊べるくニャい暇にニャろうよ」


「ボクをキミ、と呼んだなっ?」

「キミをキミと呼んニャよっ!」


「ボク、もう帰るっ!」

「……」


今日は隼人が勝ったようだ。115勝143敗。


「もう揶揄からかわニャいから帰らニャいで」

珠ちゃんの声が小さくなった。でも隼人、どこに帰るというのだろう。それに、珠ちゃんは、隼人がどこに帰ると思ったのだろう?


「判った。ボクは帰らないから、珠ちゃんが帰れ」

「そうはいかニャい、はニャとを食って来いって言われてニャ」


「ボクを食う? そんな大それたことを言うのは誰だ?」

「言うニョはあたち、言ったニョは麺屋の入道」


麺屋の入道って、三つ目入道、奏さんのこと?


「それで、どこから食べる?」

「どこを食べて欲しいニャ?」


「猫に食べられるのは嫌だなぁ」

「贅沢言うニャよぉ」


「ホントに奏ちゃんがボクを食えって?」

「奏ニャんはラーメン食えって言うニャ」


「隼人をどうしろって?」

「はニャとにコンニャクト」


「こんにゃく? ボク、あれ、苦手」

「こんにゃくは苦くニャい」


 まったく、隼人の友達は、やっぱり面倒くさい。


「それ、コンタクト取れって言ったんじゃないの? コンニャクじゃなくて」

つい助け舟を出す。


「おぉ、血吸い人、その通りニャ」


「血吸い人!」

「血吸い人っ!」

 初めて聞く表現に、つい僕と隼人の声がそろう。


「バンちゃん、良かったじゃん。鬼から人に昇格した」

「良かったニャー、めでたいニャー」


 なんか、メチャクチャ僕、馬鹿にされてる。あぁ、もう、クローゼットにこもりたい……涙。


「んじゃ、帰るニャ」

「え、珠ちゃん、もう帰るの?」


「用事は済んだニョん。ニャんと伝えたって奏ニャんに言って、ご褒美にラーメン貰って山に帰るのニャ」


 隼人が止める暇もなく、トットと珠ちゃん、帰っていった。


「なにしに来たんだ?」

隼人が僕に聞く。


「珠ちゃん、奏さんに、隼人とコンタクトを取れって言われて、で、きたみたい」

「何のために?」


「いや……僕に聞かれても判らない」

「バンちゃん! 判らないことをそのままにしてていいと思ってるのっ!?」


 だからって、どうしろって言うんだよっ?


「奏ちゃんがコンタクトを取れって言ったんだよっ? さっさと取らなきゃダメでしょっ?」


 いや、そうじゃなく、珠ちゃんが隼人とコンタクトを取ったわけで……って、あれ?


「ねぇ、隼人?」

「なぁに、バンちゃん?」


「まさか、隼人、コンタクトレンズ、使ってないよね?」

「コンタクトレンズって?」


「目の中に入れるレンズ」

「目の中に入れるって、バンちゃん、そんな怖いことボクができるわ……け?」


 隼人、隼人、おまえなにした? 何を忘れてる?


「あぁ……コンタクトレンズね、うん、うん」

「隼人ぉ?」


 隼人がおどおどと僕を見る。随分ずいぶんと後ろめたそうだ。


「今、言わないと、お仕置きするよっ? いいのか、隼人?」

「えーえーえー。お仕置き、怖い、やめて」


「じゃあ、しないから、ちゃんと言え」


「ん、っとね。こないだ夜行やぎょうさんの時、満月じゃなきゃダメだったよね?」

「そうだね、夜行さんは満月じゃなきゃ出てこないね」


「でもさ、朔たち、満月だと狂狼になっちゃうじゃん」

「まぁ、そうだね」


「でさ、朔たち、本当は、そんなふうになりたくないんだよ」

「うん、僕もそう聞いてる」


「だから、ボク、カラーコンタクトで、太陽を隠しちゃおうって思ったんだ。そしたら、月光が減って、魔力も減って」

太陽ラーの目にカラコン、入れたんだ?」


「うん……で、入れたのを忘れちゃった」

「判った、それじゃ、すぐ外せ」


「えーーーーーっ?」

「なにが『えーーーーーっ?』だよっ! 朔も満も泣いてるんだぞ?」


「だって、だってバンちゃんっ!」

 隼人が涙ぐむ。


「コンタクト、取るの怖いよ。ボクの目も一緒に取れちゃわない?」


 僕はいつものように溜息ためいきく。深い深い溜息を吐く。


「大丈夫、ちょうど今、取りやすいはずだから。やってみてごらん」


 涙目で、ウルウルで、それだけでも取れそうだ。でも、車に跳ね飛ばされても取れなかったコンタクトレンズ、本当にちゃんと取れるのか、内心、僕は冷や冷やだ。


「あ、ホント、取れた。やった! ボクにもできた!」


 気持ち、窓の外が少しだけ明るくなった気がした。


 奏さんにお礼の電話をしようと僕は立ち上がった。うちの太陽神ホルスがお騒がせしました、無事、解決しましたと報告しよう。朔と満にも、もう心配ないよと連絡しよう。


 それにしても奏さんは、どうして隼人のコンタクトレンズに気が付いたんだろう? まさかスなんてことじゃないよね? まぁ、ついでにそれも聞けばいい……あ、キーワードはストローじゃなくってのほうか?


「バンちゃん……」

 立ちあがった僕を隼人が引き留める。すがりつくような目で僕を見る。


「バンちゃん、ボクを見捨てない?」

そう言ってしがみ付いてくる。


「見捨てたりするもんか」

 すると隼人が嬉しそうにフワッと頬を膨らませてから、僕の耳元でそっとささやいた。


「うん、判った。でもそれは、奏さんと朔たちに電話してからにしようね」


隼人がボクに何と囁いたのか、それは隼人と僕、二人だけの秘密 ――



<完>


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満月がいっぱい   ≪ この探偵は「ち」を愛でる 3 ≫ 寄賀あける @akeru_yoga

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