8 失われた朔
鬼の
「どこから切ろうぞ? どこを切ろうぞ?」
「メヅヌちゃん、狼には耳も
そう言ったのはもちろん隼人だ。
「で、切っちゃったら、もう
そんな事言っちゃっていいのかよ、隼人? この神たち、なんだかとっても怒りっぽいぞ。隼人の比じゃなさそうだぞ。
メヅヌ、動きを止めて目を細め、じろりと隼人を見る。
「無礼者め! 狼の尾や耳を
左手に持った
その朔にメヅヌが手を伸ばし、
「口を大きく!
「あ……?」
「その耳は聞こえぬか? 聞こえぬなら不要じゃな、切るぞ! 切り捨てるぞ!」
「き、聞こえてますっ!」
慌てて朔が口をあんぐり、大きく開ける。
するとメヅヌ、その口を
「口を閉じるでないぞ。閉じたら
メヅヌ、本当にやりそうだし、出来そうなのが怖い。恐ろしい事を言っているのが童女の声なのが、よけいに恐ろしい。
「あぐっ! ぐぐぐっ!」
見る見るうちにメヅヌの頭が朔の口の中に入り込んでいく。朔は目を白黒させて
ピヨッ! と一声あげたのは隼人だ。隼人でさえもこの展開は予測していなかったようだ。
「すごい、朔……
隼人っ! そこか? 目をキラキラさせるなっ!
「朔の自我が崩壊しなきゃいいけど……」
そんなにのんびり、しかもついでに言うなよっ! 朔が失われてもいいのか?
「ぐっ! ぐっ! ぐぐっ!」
朔のうめき声が、
「フン!」
朔の頭を
「ただの月魔力の不足じゃな。まぁ、近ごろ満月が欠けておるであろ。そのせいじゃろ」
「満月が欠けている?」
訊いたのは隼人だ。朔は顎が外れたのか、口を大きく開けたまま、
「前回の満月の時から、なにゆえか、月が欠けている」
「メヅヌよ、馬鹿なことを
もっともなことを言ったのはデヅヌだ。
「黙れ、愚か者っ! 満月でさえも欠けておるのじゃ。光が足りぬのじゃ!」
「ふぅーん、それで、月の光が足りないと人狼にどう影響するの?」
と聞いたのは隼人。するとメヅヌ、細めた目で隼人を
「鳥ごときが吾に気安く問うておる。
「雷、ひとおぉつ!」
ピカッ! ガラガラガラッ!
隼人っ!
「へたっピー」
僕の耳元で隼人が
今度はちゃんと、自分の能力を活用できた。
「ふむ……神の癖に回避しおった。どうせ神に落雷は効かぬ。わざわざ避難するとはご苦労なこと」
……隼人、そうだったの? でも、すぐ横にいた僕は、隼人を置いて逃げるなんて、とてもできない。
メヅヌが前を向き、朔に向かってこう言った。
「満月を見れば狼に変化し、理性を失するのは辛かろ。だからと言って、月の光が放つ魔力まで受け取らねば支障をきたすであろ」
そして供物のリングを手に取って、しげしげと見る。
「純金に石は
手にしたリングをメヅヌがデヅヌに渡す。するとデヅヌ、やっぱりしげしげと眺める。そして供物台に戻し、声を張り上げた。
「追加じゃ ―― 特別あまぁ~い
供物台のリングをメヅヌが拾い上げ、どこから出したか巾着袋に放り込み、別の袋からスモモを4個とストローを取り出して、供物台の上に乗せた。赤く熟れてツヤツヤと、見るからに美味しそうなスモモだ。でも、なんでストローなんだろう?
「さてと、デヅヌ。オヅヌを呼ぶがよかろ」
「オヅヌ、退屈しているであろうな」
「
「そうじゃの、こんな面白い事、滅多にあるものではない」
「ついでに、
デヅヌとメヅヌ、見交わし合ってニマリと笑う。
ストローは邪魔だったのか!?
デヅヌがメヅヌの腹に触れると、メヅヌの背が
「ったく、いつまで待たせんだよっ!」
途端にメヅヌの顔つきが変わり、どうやらオヅヌが現れたようだ。
「行くぞ、オヅヌ。
「言われなくてもっ!」
途端に突風が吹いてきて、オヅヌを乗せて旋回する。
「では、ハヤブサの神。次に会うことあれば
にんまりと笑みを見せ、デヅヌは両足揃えてピョンと飛び上がる。するとオヅヌ、正座の姿勢になったデヅヌを風に乗せ、あっという間に消え去った。2人の袖がひらひらと舞い、遠ざかっていく。
「天女みたいだ……」
後姿を見送りながら、つい僕は
「まぁ、その昔、オオアマが琴を弾いているとき現れた天女はあの二人らしいよ。天女に間違われたんだね。伝承じゃ、袖を振って舞ったって……袖舞山とかって、奈良のほう」
と、隼人が事も無げに言う。
「オオアマ? そう言えばさっきオオアマを食ったの食われたのって言ってたね」
「うん、デヅヌがオヅヌの風からうっかり滑り落ちて、つい『
―― なんか、登場人物の名前がものすごく怪しい。どこかで聞いた名前ばかりだ。
「それで、それで? それで、どぉなったの?」
朔の
「うん、デヅヌはやがて女の子を産んだ。デヅヌの育ての親、赤鬼の
隼人、おまえがそれを言うか。僕たちの人間界での名前は、隼人、おまえが付けたけど、どれもなんだか、やっつけ仕事って感じだぞ。
「ま、部屋に入ってコーヒーでも飲もう。嵐は去ったみたいだし。せっかくだから、ご褒美のスモモも食べよう。ちょうど4個だ」
そう言えば、いつの間にか空から雲も消えていた。
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