第28話 婚約者の提案
レオンのスラリとした鼻梁、整った唇が、どんどん間近にみえてきて、私はもうどうしたらいいのか分からなくなった。
無意識にギュッと目をとじていたんだと思う。
それから、何分も、何時間も経ったように感じた。
「それ以上、ミア様に触れたら、あなたの喉をかき切ります」
低くうなりながら、ヴィクトルの声がきこえた。
私は驚いて目をあけた。
いつの間に部屋に戻ってきたんだろう。
ヴィクトルは、レオンを後ろから羽交締めし、人狼特有の長くて鋭い鉤爪を彼の喉元にあてている。
「おやおや、さすがは腐っても人狼ですね。ご主人様の危機に気がついてとんでくるとは、立派な番犬といえるでしょう」
皮肉たっぷりにレオンはヴィクトルに話しかけた。
この状況でよく強気でいられるものだ。
私は呆れてしまった。だが、これをそのまま放置するわけにはいかない。
「ヴィクトル! おやめなさいっ!!」
私は強い口調でヴィクトルを制した。
「しかし、こいつは……!!」
ヴィクトルは心外だとばかりに、レオンを睨み付ける。
「また同じことをしているのよ! お父様にこのことが知られたら、あなたはただではすまないわ!」
私の言葉がやっと届いたのか、ヴィクトルはゆっくりとした仕草で、レオンを解放した。
「はあ、助かったよ。ありがとう、ミア嬢。安心してくれたまえ、このことを君のお父上に話すつもりは今のところない。ただ……」
そこで、レオンは言葉をにごした。
「ただ、何でしょうか?」
「きっき、僕が話したことをかんがえておいてほしいんだ」
「??」
私は咄嗟のことで、意味が分からなかった。
「僕に、少しの間、ヴィクトルくんを預けてほしい。貴族に手をだすような下僕はいらない。婚約者の僕が、きっちり躾をしてあげるよ」
レオンの瞳がいつになく熱くなっていた。それを見て私は背筋がヒヤリとした。
なんだか、とてもイヤな予感がする。
でも、ここでレオンの提案を退けてしまったら、すぐにでもレオンはお父様に話をするだろう。
そうしたら、ヴィクトルはおしまいだ。
ここをクビになるだけなら、まだいい。貴族の……それも王族の遠縁でも血の繋がりのあるレオンに、手をだしたのだ。
半殺しの目に遭わされるのはわかりきっていた。
「……少しだけ、考えさせてもらえますか?」
私はなんとか時間かせぎをするしかなかった。
何かいい案をこれから捻りださねばならない。
「もちろん、待ちますよ。でも、僕は気が短いから、長くは待てない……」
(……っ! おどし!?)
少し前まで、私に甘く迫ってきた人物とは思えないほど、今のレオンは冷徹にみえる。
「もちろん、そんなには待たせません!」
私はそういうと、ヴィクトルを伴って、急いで廊下へ出たのだった。
レオンに聞かれてないか確認して、私は口を開いた。
「困ったことになったわね……。まさか、レオンがあんな提案をしてくるなんて……」
髪をかきあげて、グシャグシャとする私を、ポカンとした顔でヴィクトルはみつめている。
「どうしたの?」
「そんなに困ることなどないじゃないですか。」
「本気でいってるの!? あなたもレオンの裏の顔ぐらい知ってるはずでしょう?」
私は口調を強めてヴィクトルをみた。
「はい……、乳兄弟の王子様のためならば、身内だろうが顔色ひとつ変えずに処刑する、血も涙もない黒騎士ですよね」
「随分と淡々とこたえるのね……。そんな黒騎士が、あなたのことを自ら躾るなんていうのよ!? 絶対にただではすまないわ!」
レオンが人の死を軽く飛び越えてしまう質なのは、前世で処刑された私には十分すぎるほど分かっていた。
「いくら婚約者の従者だからって、大目にみるような人でもないし、ましてや、躾としょうして、あなたを殺すかもしれない!」
かも……といったけど、おそらくは殺すだろう。だから、このままヴィクトルを連れていかせるわけにはいかない。絶対に!
「レオンのこと、よく分かってるんですね……。ちょっと、意外です」
急にヴィクトルはしおらしくなって、ボソリとつぶやいた。
何を言い出すかと思えば、そんなこと!?
私は何ともいえずにヴィクトルの横顔をみつめる。
この端正な横顔に傷ひとつも付けたくない。私は心からそう思った。
それは単なる所有権からくる感情なのか、はたまた、別の何かなのかはよくわからない。
「私がレオンより弱いと思ってますよね??」
唇をとがらせて、まるで子供みたいなことを尋ねてくる。
ヴィクトルって、こんなに可愛い性格してたんだ。
ああ、新鮮だな~!
私はあらたな彼の一面を知れて、嬉しく思った。
「どちらが強いかなんて、レディの私にはわからなくってよ」
ここは濁らせるのが一番!
ヴィクトルは人狼だから、いざという時は変身すれば強そうだし、レオンは騎士として日々鍛えている。
どちらも強いともいえるけど、腹黒さを考えると、レオンが一歩リードというところだ。
「主人に頼られない従者なんて、いてもいなくても同じですね」
「何拗ねてるのよ! レオンの所にいったら、死ぬかもしれないって言ってるでしょうが……」
「信じられませんか? この私のこと……!!」
ヴィクトルは真剣な表情で、私に近づいてくる。私はそろそろと後退しながら壁に追いつめられた。
(な、な、なに? この状況??)
これじゃあ、まるで壁ドン、みたいじゃないか……??
ヴィクトルの美しい顔をずっと見ていたくなるけど、中身平凡な私にはまぶしすぎてムリ~ッ!!!!
ということで、彼の胸を軽くおして、囲いからすり抜けた。
「言っとくけど、レオンと妙な意地のはりあいをしてるみたいだけど、やめてちょうだい」
「はぁ……、この状況がどうしておきてるか分かっていないんですね」
ヴィクトルはため息まじりにいった。
「ど、どういうこと……??」
私はわけがわからず、ヴィクトルの顔をみつめた。
ヒョンなことから悪役令嬢を✕して埋めてしまいました! 桐山りっぷ @Gyu-niko
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