第26話 ライバル

「さあ、ぬげ!」

 屋敷に戻ると、問答無用にヴィクトルは言い放った。

「はあ!? 女性にむかって、なにいってるの!」

 私はあきれはてて、彼を睨みつけた。

「ま、間違えた。……ドレスをお脱ぎください。ミア様」

「ちがう! そこじゃないでしょ!? 丁寧口調でいわれると、よけいに恥ずかしいわ!」

 私は頭が痛くなった。

狼の背中からおりると、近くのソファーにドスンと座る。

 ズキンッ!

「っ……!!」

 さっきまでは、なんとも感じていなかった足の甲が、動かしたために痛みが走る。

ドレスの裾を少しだけ上げると、右足をみてみる。

なんと、赤く腫れ上がっていた。

「うわ~、こうなっちゃったか~」

 少し熱い紅茶がかかったくらいだったが、ミアの肌はそれほど丈夫に出来てはいないみたいだ。

これは、困ったな。

「火傷をあまくみるなといったはずだ。後で水ぶくれができたら、針をさして膿を出すことになるぞ」

 ヴィクトルは怖いことをいってくる。

針で膿を出すところを想像して、こわくなる。

本当にそうなったら嫌だ。

「足をだせ」

 ふいに、ヴィクトルがいった。

「なに? どうするつもり??」

「いいから、早くしろ!」

「も~う、なんなのよ」

 私は急かされるまま足をだした。

すると、ヴィクトルはあろうことか、私の右足を長い狼の舌でペロリとなめた。

「ひぇっっ!」

 温かくざらっとした質感が肌につたわってきて、私はゾクリとする。

「!! なにするのよ」

 すぐさま私は足を引っ込めたけど、それをヴィクトルはゆるさなかった。

「じっとしてろ。こうすれば、早く治る」

 続けざまに、火傷の部分をなめられる。

その度に私はゾクゾクして落ち着かない。

「も、もう、いいから! 誰かが見たら変に思われちゃうから!!」

「そんなことは、知らない」

 いつもは冷ややかで、人に対して壁をつくってるくせに、なんでこういう時は頑固なんだろう。

 ギイィィ。

突然、部屋の扉が開くと同時に、ある人物が顔をだした。

「おや、これはこれは、お邪魔しちゃったかな?」

「!?」

 それは、今一番会いたくない人物だった。

 扉から顔をのぞかせた人物は、レオン・クロフォードだった。

「いや~、ミア嬢が心配できてみれば、なんとヴィクトルくんと一緒とは」

 鼻歌でも唄いそうな調子で、レオンは私とヴィクトルの姿をまじまじと見つめる。

 私はハッとしてヴィクトルに舐められていた右足を、サッと引っ込めた。

 よりにもよって、なんでこの男がここにいるのだろう?

「前々から気になっていたんだけど、君たちって、どういう関係なの?」

 私がいるソファーの反対側にレオンは座ると、スラリと伸びた長い足を組んで、唐突に聞いてきた。

レオンは、ヴィクトルとは全然タイプは違うけど、やはり美男子で、黒豹を思わせる雰囲気と、人をいぬきそうな鋭い目に正面からみつめられると、頭が真っ白になる。

「どういう関係もなにも……、私は主人で、ヴィクトルは私の召使いよ」

 ようやく口にできた言葉は、誰がきいても弱々しく、頼りないものだった。

「召使いねぇ……。ミア、君は本当にそう思ってるの?」

 ねっとりした口調が私の機嫌を逆なでした。

「いったい、何が言いたいの?」

 キレ気味に私はたずねた。

 なんてたってこの男には、最低一度は殺されている。いや、証拠はないがもしかしたら二度かも。少しでも隙をみせたら、つけこまれる。

「そんなに気にさわることかい? たかが、下僕の存在なのに。君は、口で言ってる以上に、ヴィクトルくんのことを気にかけている。違うかい?」

「だから何? それが、悪いことなの? 只でさえヴィクトルは、妹みたいに思っていたアーミラを亡くしたばかりよ。今は気にかける人がいるべきでしょ?」

「プッ、ククク……。むきになると、鼻の穴が広がるのは、君の悪いクセだな」

「!!?」

 私はとっさに自分の鼻を手で隠した。

「アハハハッ! 図星みたいだね。思っていた以上にミア嬢は面白い」

 くう~っ! なんなの、この男、私で遊んでるの!?

 そう思うと、顔がカァっと熱くなる。

 すると、私の前に誰かが立ちふさがった。

「それで、ミア様に何のご用でしょうか?」

 見上げると、ヴィクトルが狼からいつもの姿に戻っていた。

 いつの間に変身したのかしら?

 私は、場違いにもそんなことを思ってしまった。

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