第17話

今日は、私の大切な一日。

空はまるで、私の心の内を鏡で映し出したかのように、暗く重苦しく、今にも雨が降りだしそうな天気だった。


「ミア・フォルトナー、フォルトナー伯爵家の長女であり、一人娘。そなたが先日開催した、フリーマーケットパーティーなどと言う不埒な集会により、貴族令嬢の一人、ロジーナ・バリバラが死亡。その友人で貴族令嬢のマリア・シンプソンが重体。この事実に間違いはないか?」


私の記述が載っている書状を天に向かって掲げ、死刑宣告人がわざと大声で伝える。

それはここへ集まった大勢の民衆に見えるように、聞こえるようにするためだ。


「その事実に、間違いはございません……。でも、私は誓って二人を殺そうとはしておりません! そんな、恐ろしいことをこんな小娘が出来る訳がありません!!」


私が反論をすると、

『ブッー!!!!』ことの成り行きを見守っている民衆から一斉に大きなブーイングが起きる。まるで、サッカーチームの試合を見守っている熱狂的な観客のようだ。


なんで、私がこんな目にあわないといけないのだろう!

屈辱に思わず唇をギュッと噛みしめる。


「私の他に、真犯人がいるはずです! あのパーティーに参加していた人達を、ちゃんと調べて下さいっ」


でないと、私は、このままでは……。


「調べるまでもない! もう、その段階は終了しているのだよ、ミア・フォルトナー! うら若い、ご令嬢二人の未来を摘んでしまった罪はとても重い。潔く罰を受けなさい!」


「証拠もないのに……! ただ、パーティーのフルーツポンチを作ったのが私だからって、犯人に決めつけられて、簡易的な裁判をしただけで有罪だなんて、あんまりよ!!」


死刑宣告人は、天を仰ぎ、それから民衆を見回して、その数の多さに満足した。それから、演技じみたため息をつくと、脇に控えた兵士に指示を出した。


「何を言っても無駄ですよ。さあ、連れていきなさい」


私は兵士に肩を小突かれ足を踏み出した。

たとえ貴族でも、大罪人に礼儀も丁寧な扱いも無用だと言わんかのごとく。


断頭台の階段を、私は、一歩、また一歩、のろのろと歩いた。たとえ一分一秒でも時間稼ぎをしたかった。


死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!!!!


後ろで兵士が早く歩けと、せっかちに背中を押して来た。民衆も『早く、殺せっ!!』と口汚く罵っている。最低、最悪な状況だった。

この状況を変えられる策がないかと、必死になって考える。でも、非力な私にはこの最悪な状況をどうにかできる策は思い浮かばない。胸が鉛のように重たくふさぐ。どうしても、悪い方にしか考えが浮かんでこない。焦りは募るばかりだ……。


断頭台の上に到着すると、漆黒のマントを着た男が二人立っていた。どちらも顔を隠すように、フードを目深に被っている。死刑執行人なのだろう。どちらも俯いていて、仁王立ちしたままピクリとも動かない。マントだけが風にヒラヒラ揺れていた。まるで、あの世からやって来た死神のような佇まいだ。

私は目を合わすのが怖くて、そちらを見ないように努めた。


一人のマントの男が私の方へ歩み寄ってくる。断頭台の板がそいつが歩く度にギッギッと鳴る。

私はそいつから逃げ出したくなるのを、(公衆の面前であるため)必死にこらえた。

いつの間にか、男はそばに立っていて、手には一輪の白い花を持っていた。

男はその花を私に差し出した。

私は驚きながらも、反射的にそれを受け取ってしまった。

その花は、白ユリだった。そう、これと同じ花を前にも貰ったことがある。


「やあ、ミア」


男は、気軽に声をかけてきた。深く被ったフードを少し持ち上げると、こちらに半分顔を見せた。そこに黒豹を思わせる精悍な顔が表れた。

私は目を疑った。


「まさか、レオン?」


「そう、君の婚約者、レオン・クロフォードだよ」


「どうして、貴方がここにいるの!?」


「どうしてって、決まってるじゃない。私の役割は、必ず君を断罪すること。だからね……」


エヘヘッ、と彼は不気味に笑った。

彼の手には、見たこともないような大きな斧が握られていた。

それを目の当たりにして、私はヒッ、と悲鳴を上げた。今まで感じたことのない恐怖で身が縮む。持っていた白ユリは手から滑り落ちて、断頭台に転がった。


「大丈夫、私の腕前は日頃から鍛えているから問題ないよ。痛いのは一瞬さ。さあ、覚悟を決めてミア♡」


「嫌よ! 私は誰も殺してなんかいないわ! お願い、信じてっ!!」


レオンは、目配せをして、もう一人の黒マントの男にミアを押さえつけさせた。


「イヤ! た、たすけて……」


じたばたもがいてみたが、男の力は抗えるものではなかった。


「さようなら、ミア・フォルトナー。今度生まれてくる時は、誰もが羨むレディじゃなくて、平凡で退屈な女の子になりますように」


それは、どういう意味……!?

私はレオンの言葉の真意をつかみかねる。

ミアは、どこにでもいる女の子のはずだ。

少しだけ美人で、生まれが上級貴族だっただけ。ただ、それだけだ。


レオンが斧を高く持ち上げると、固唾を飲んで見守っていた民衆の熱気が一気にヒートアップした。


ーーダンッ。


こうして、ミア・フォルトナー(二回目)に転生したうぐみは、レオン・クロフォードに断罪され、命を落としたのだった。


ーーチャッチャラーン!

どこからともなく、音が鳴り響いた。


『ミア・フォルトナー、ジ・エンド』


天から降る感情が一切ない、女性の声音。

一回目に死んだ時には無かった、この機械的な音と声が、断罪されたうぐみに届くことはなかった。


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