第15話 リプレイ②

私はフルーツポンチを作っていた。

まずは使用する果物(ザクロ、葡萄、ナシ、オレンジ)の皮を剥き、苺のヘタをとり、サイコロ大にカットする。

これから作るフルーツポンチにどこでどうやって毒が混入されるのか……。今のところ分からない。だから、今回は果物のカットから行い、最後まで絶対に目を離さないつもりだ。


炭酸水を注ぐと、一気にオシャレなデザートが出来る。隠し味は少量の蜂蜜だ。

味見をすると、とっても美味しかった。

酸味も甘味も炭酸のしゅわしゅわ感も、爽やかでとってもいい出来だ。

一人満足していると、あっという間にパーティー開始直前になっていた。


「ミア様、フリーマーケットパーティーの開始の挨拶をして下さい」


早口でヴィクトール嬢が告げてきた。


「へっ? 前はそんなのしてないわよ」


「前とは?」


「ええっと、こっちの話しよ。気にしないで。オホホホ……」


ヴィクトール嬢が怪訝な顔をして会場まで歩いていく。その後ろ姿を見送って、私は焦っていた。

……おかしい。前のフリーマーケットパーティーでは私は挨拶をしていないのだ。そんな形式張ったパーティーでもないし、ヴィクトール嬢が適当に挨拶をしていたはずだ。


(どうしよう? いきなりフルーツポンチから目を離す事態になっちゃった!)

私はフルーツポンチの寸胴鍋を抱えて、右往左往した。

どこかに隠した方がいいかしら……?

でも、どこに??


「ミア様、どうされたんですか?」


ヴィクトール嬢がこちらに戻ってくる。

私を呼びに来て、私と寸胴鍋を交互に見て眉根を寄せる。


「挨拶するのに、その寸胴鍋も持っていくおつもりですか?」


険を含んだ物言いだ。


「うーん、それもいいわね」


「ミア様!?」


「持っていかないわよ。じゃあ、あなたがこれを見守っていてくれる? 私が戻るまで、絶対にこの寸胴鍋から目を離さないでね」


仕方なく私はヴィクトール嬢に寸胴鍋を押し付けた。彼女(彼)は一番と嫌な顔をした。


「何ですか、これ?」


「私の大好物よ、ちゃんと見てて!」


私はそれだけ伝えると、挨拶をするために皆が集まっている方へと向かった。


まあ、挨拶をするぐらいなら、数分で終わるだろうし、ヴィクトール嬢に任せておけば問題ないだろう。私はそう思っていた。

でも、実際はすぐにヴィクトール嬢の元へは戻ることが出来なかった。

私が挨拶をした直後、次から次へと貴族の知人やら、商売人やらが私を囲んでしまい、それの対応に追われていたからだ。


その頃、寸胴鍋を押し付けられたヴィクトール嬢は……。その場で飼い主ならぬ、ミアをずっと待っていた。真面目な彼は健気にミアの言い付けを守っていたのだ。


「ヴィクトル……? あなた、ヴィクトルなんでしょ?」


幼さの残るしたったらずな女の子の声。

振り向くとそこには、黒のワンピースと白のフリル付きエプロン、うちのメイド服を着た小柄な女の子が立っていた。

少し心配そうな顔で私の顔を見上げている。


「アーミラ、もう身体は大丈夫なのか?」


ヴィクトール嬢こと、ヴィクトルは彼女に近寄った。


「うん、もう平気。ミア様がお医者様をつけてくださったから、しばらくしっかり休めたの」


「そうか、良かった! 心配していたんだ」


アーミラはそれを聞いて頬を赤く染めた。


「あ、ありがとう。今日から私、仕事も復帰したの」


「あまり無理をするな。まだ病み上がりなんだから。何かあったら、私にすぐ言え」


「うん……」


アーミラの耳までも赤くなる。

幸か不幸か、ヴィクトルはそれには気が付いていない様子だった。


「あ、そうだ、ヴィクトル、執事頭があなたのことを探していたわよ。急いで来てほしいって」


ハッとしてアーミラは伝えた。


「執事頭が? 何のようなんだ??」


「詳しいことは言われなかったけれど、ミア様の婚約者の方がみえたとかで……」


「ミア様の婚約者……。レオン・クロフォード様のことか? しかし、あの方は第一王子のご命令で東方へ遠征に行っていたのでは?」


「なんでも、蛮族の討伐が予定より早く片付いたとかで、ミア様に会いにみえたそうよ」


「なんだって! こんな時に……」


舌打ちするヴィクトルを心配そうな顔で見つめるアーミラ。


「アーミラ、悪いがこの寸胴鍋をしばらく見ていてくれ。ミア様の好物らしいんだ」


すぐに用事を済ましてくるから、とヴィクトルは去り際にアーミラの前に寸胴鍋を置いた。


「……うん。分かったわ」


小さくうなづいて、アーミラは自分から遠ざかっていくヴィクトルの背中を見つめていた。

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