第13話 まさか!? な出来事
レオン・クロフォードが去っていく。
その背中を見送ってから、私は改めて小腹が空いていることに気がついた。
レオン(黒豹)の前で気をはりつめていたせいか、少し甘いものが欲しくなったのだ。
商人専用テントから出ると、視線の先にはきらびやかな軽食が並んだテントが待ち構えていた。
フリーマーケットは長期戦だ、ここで腹ごしらえをしておこう!
私は迷わずテントに向かった。
銀のお皿の上に山盛りのサンドイッチが置かれていたので、一つ摘まんでこっそり口に入れた。パンは時間が経ったせいなのか、パサついて乾いていた。私はなんだか残念な気持ちになった。作り置きをすると、やはりこうなってしまう。お客様のためにも、今後の改善点となりそうだ。
変なところで前の職業病が出てきて、私はクスリと笑う。
乾いたパンで口の中の水分を取られてしまった私は、自前のフルーツポンチで喉を潤すことにした。
「ミア様! ごきげんよう!!」
フルーツポンチのエリアにいくと、ピンクの高級なドレスを纏った黒髪の女の子に声をかけられた。あまりの元気の良さに思わず私はたじろいた。
「ごきげんよう、ミア様」
今度は囁くように小さな声で、黒髪の隣の、黄色のドレスを纏った栗毛の女の子が挨拶をしてきた。
私も二人に挨拶をする。どうやら、二人はミアの知り合いみたいで、あれこれ話しかけてくる。ミア・フォルトナー(中身はうぐみ)としては、下手に話してボロが出ないようにしたいところだ。
私はとりあえず、二人に自慢のフルーツポンチを振る舞うことにした。
「はい、これ、良かったらどうぞ」
私は二人にグラスを手渡した。
透明で小さなグラスには、木いちご、ブルーベリー、イチジク、オレンジ、ナシなど赤や紫色やオレンジ色などのカラフルなフルーツが、しゅわしゅわの液体の中で踊っている。
「キレイ~!! 飲んでいいんですか?」
「もちろんよ!!」
私が勧めると、彼女たちはフルーツポンチを眺めてから、グラスに口をつけた。
「美味しい!」「さすが、ミア様オススメのことだけあるわ!!」
よほど美味しかったのか、着飾った二人はきゃいきゃいはしゃいでいる。
「そうでしょう? オホホホ……」
私はつられて笑った。
十代、若いわね……。
こんな時、高めなテンションについていけない自分がいて、年齢を思いしる。
いくら見た目が十代のミアでも、中身はその倍は生きている「私」なのだから。
私たちはしばらくの間、他愛のない談笑をしていた。話の詳細は私には半分以上も分からなかったが、時代や国が違っても、十代の女の子が話題にすることは、好きな異性のことや、流行のファッション、香水にコスメ、などで私も聞いていて楽しかった。
「そういえば、ミア様、お聞きになりましたか? あの噂……」
栗毛をふわふわとなびかせて、そばかすの目立つ幼顔の女の子が言った。
「ああ! あの噂ね!!」
艶々した黒髪に黒目がちの女の子が大きな声を出して、ハッとして口に手を当てた。
周りをキョロキョロしているところを見ると、あまり大声で話せる内容ではないようだ。
「噂って?」
もちろん、私はこの異世界に来たばかりで、噂のうの字も知りようがない。素直に尋ねることにした。
「実はですね……、うっ」
栗毛とそばかすの女の子が急に変な声を出した。
「どうかしたの?」
黒髪と黒目がちの女の子が不思議そうに聞いた。
「ぐっはぁ!!」
目の前が赤黒く染まった。
「ッ!?……キャアァァ!!」
黒髪の女の子がそれを見て悲鳴を上げた。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
理解するのに頭が置いてきぼりで、私は目に映る赤黒い液体を見つめた。
「何、これ!? どうなっ……ぐっ!!」
地面にグラスの中身がぶちまけられた。今度は黒髪の女の子が、口を押さえている。
私は彼女と目があった。
黒目がちで愛らしい瞳が戸惑いで大きく揺れ動いていた。潤んだ瞳の目尻から赤黒い液体が流れてくる。一目でこれはヤバい、と感じた。
ーーバタンッ!
栗毛の女の子が地面に倒れた。
「ミア様……、これ……は……」
黒髪の女の子が撒き散らされたフルーツポンチを見つめている。私も彼女の視線の先を見つめた。
……カラフルなフルーツポンチ、昔、私が小さかったころ、お母さんがよく作ってくれた、懐かしい味のおやつ。
黒髪の子も地面に倒れ、草地にぐえっと赤黒い液体を吐き出した。
(どうなってるの!!?)
周りもこの異変に気が付いたようで、どこからともなく悲鳴が上がり騒然となった。
「あれ……!?」
ーーガシャンッ!!!!
私の手からグラスが滑り落ちる。
苦しくて私は喉を掻きむしった。
(なに!?……これ??)
焼けるように喉が熱かった。
こんな感覚はじめてだ。一気に手や足の先から冷たい何かが這い上がってくる。
ゾッとするくらい寒い。
(ま、まさか、フルーツポンチに毒が!?)
気が付いた時にはもう遅く立っているのも無理だった。私は力なく、震え始めた膝から地面へと崩れ落ちた。
視界の先には緑の草地が青々と広がっている。
(こんなところで死ぬなんて!!)
「た、たすけ……て……」
喉が干上がった大地のように乾いている。
誰でもいい! 早く、私を助けて!!
意識がどんどん薄れていく。
白くぼんやりした視線の先に、慌てた様子でこちらに駆け寄ってくる人影を見た。
『…………!』
(だ、あれ……??)
その人は私のそばで跪くと何かを言った。しかし、 何も聞こえなかった。何も見えなくなった。
(私、また、死ぬの……?)
私はその人物を確かめるまもなく、意識を失ていった。
そうして、ミアに成り代わっていた「私」こと「うぐみ」は、誰かに殺されたのだった。
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