第12話 黒豹または、黒猫?

お祭りのような賑わいに私の気持ちは浮き足だった。


貴族専用テントでは、とりあえず招待した学友達(といっても、ミアの肩書きにひれ伏す名ばかりの知り合いだ。)が私の元へ次々と挨拶にやってきた。

それに二十人くらい対応していたら、疲れきってしまった。こっそり、商人専用テントの隅で簡易ベンチで小休憩をしていると、

「久しぶりだね、ミア」

若い男性の声がして、私は顔を上げた。

「えっ……!?」

私は思わず息をのんだ。

目の前に立つ男性は、深緑の軍服を高身長で着こなしており、精悍な顔立ち。

まるで黒豹みたいな雰囲気で近寄りがたい。

「君が一人になるのをずっと待っていて、待ちくたびれたよ」

彼はため息をつきながら、私の隣にドサッと腰かけた。黒豹が背を丸めて黒猫みたいになる。

「あの、ええと……」

急いで記憶をたぐりよせる。

彼の名は、レオン・クロフォード

四大貴族のクロフォード家子息の一人で、この国の騎兵隊の隊長をしている。(軍服を着ているのはそのためだ。)

第一王子とは幼い頃より一緒に育ち、仲も良い。近寄りがたいのは雰囲気だけではなく、暗い噂のせいもある。彼は第一王子のためなら、汚れ役でも何でもするという。

それに……、

「はぁ、もしかして一ヶ月も離れていたから、僕の顔を忘れちゃった?」

へらりと笑う。でも、その瞳はちっとも笑っていない。

「まさか、クロフォード様を忘れる訳がございませんわ」

オホホホ……。なんて、誤魔化したけど、内心私の心の内は穏やかではない。だって、彼はこのゲームの設定では、聖女が現れた途端、婚約者のミアを捨てるのだ。

まあ、婚約は親同士が強引に決めた形ばかりのものだから、他の女に目移りするのは大目にみるとしよう。

でも、聖女を亡きものにしようとした罪で、元婚約者の私を暗殺するのだ。


「やだなぁ、僕たち半年前に婚約をした仲じゃないか、だからクロフォードじゃなくて、レオンと呼んで」

猫なで声を出して甘えてくるレオン。

「そ、そうでしたわね。レオン」

冷や汗をかきながら、私はこわごわと彼の名前を呼んで、距離をとる。


それにしても、彼はこんなキャラだっただろうか?

周りから冷血漢と恐れられる騎兵隊の隊長がこんな砕けた面を見せてくるとは……。

まさか、何か企んでいるのだろうか?

「なに警戒してるの? 僕のこと、そんなに怖い??」

「い、いえ、そんなことはありません。久しぶりにレオン様とお二人きりになって、緊張しておりますの」

「そうか……。さみしい思いをさせたなら、悪かったね。そうだ、はいこれ。プレゼント」

レオンは隠し持っていた花束を私に渡してきた。

「これは……」

「百合の花だよ、美しくて純潔な君にピッタリだと思ってね」

美しくて純潔……。

ミアはレオンからはそう見えるんだな、と改めて実感する。

「あ、ありがとうございます。とても嬉しいです」

私はずしりとくる花束を受け取った。

純白のマドンナリリー。

世の中には、本当にこんな立派な花束を女性に送る人がいるんだと、ただただ圧倒される。

「ところで、このフリーマーケットパーティーは君の主催なのかい?」

探るような鋭い眼差しを向けられて、私は凍りついた。

なに? 彼は何を探ってるの!?

「いえ、これは私の遠い従姉妹のヴィクトール嬢が催しておりますわ」

「へえ、君の遠い従姉妹?」

「ええ……」

「どこにいるんだい? 君の遠い従姉妹なら、僕も婚約者として挨拶をしておきたいな」

「さあ、どこでしょう……。主催者なので、忙しく動き回っておりますから」

なんとなく、女装したヴィクトルをこの人物に会わせるのは危険な気がした。

はじめてのフリーマーケットパーティーは誰にも邪魔されたりしたくない。それに、レオンの後ろには必ず第一王子もいる。

「そうか、それは残念だ……」

意味深にそう言うと、レオンは腰をあげた。うーん、と両腕を伸ばしてのびをする。

本当に猫みたいな人だ。

「こう見えて、僕も忙しくてね。ミアの顔も見れたことだし、そろそろおいとまするよ」

「は、はい。ごきげんよう」

よかった~、やっと帰ってくれる!

私はかなりホッとした。

悪役令嬢キャラとはいえ、転生そうそうにメイン攻略メンバーに目をつけられてしまっては元もこもない。

目立たず、この世界でやりたいことをし、お婆ちゃんになるまで生き延びてみせる!

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