第10話 フリーマーケットパーティー2
「これでスッキリしたわね」
私は大満足で衣装部屋を見渡した。
ドレスの仕分けはいる、いらない、にはじまり、次は、流行なもの、流行遅れ、高級品、(限りなく)プチプラ、痛みがないもの、痛みの強いもの、に振り分けをした。
「これで、フリーマーケットもバッチリね」
「フリーマーケットって、まさかミア様が売り子をするんじゃあないでしょうね?」
「えっ、そうだけど、何か不味かった?」
私の返答を聞いてヴィクトルは険しい顔をした。
「何度も言うようですが、貴女はそこらの貴族の令嬢ではないんですよ? そんな人が商人の真似事などしたら、ウォルター家の名が地に落ちます」
「なんだか、ヴィクトル、執事頭に似てきたわね……」
「ふっ、ご冗談を」
鼻で笑われ、氷点下の冷たすぎる視線を送られる。
私の心がそれを受け、一瞬、凍える。
しかし、そんなのはいつものことだ。
「でも、困ったわね。じゃあ、いったい、誰が売り子をやるの?」
「それなら、メイドに声をかけたらよろしいのでは?」
「うーん、それはそうなんだけど、少し心配なのよね。私と信頼関係も築けていない彼女たちが、進んで売り子をやってくれるとは到底思えないのよ」
「確かに」
納得するのね。
ヴィクトルを嫌みったらしく睨み付ける。
つるりとした肌、切れ長の瞳、なかなかお目にかかれないような美貌。(羨ましい!)
すると、私の中で何かがパアッとひらめいた。
そうよ! この手があるわ!!
「あなたが売り子をやってくれない?」
「は、い!?」
「その客寄せする綺麗な顔に、なにより計算高くて、値切りそうな客がいたら、ひと睨みで抹殺! これほど適任な人物はいないわ」
「それは……、褒めてるんですか? 悪口なんですか?」
ヴィクトルは微妙そうな表情をしている。
「褒めてるのよ。悪口に聞こえたなら、ごめんあそばせ」
「…………」
「何よ、その目は」
じっとりとした目を見ると、彼が明らかに嫌がっているのが分かる。
「嫌ならしなくていいわ。強制させるつもりはないから。だから、最初から私がやるって言ってるでしょう?」
「いいえ、ミア様に売り子はさせられません……。仕方がありません、私がやります」
「そうこなくちゃ!」
テンションが上がった。
途端に、ヴィクトルの目が険しくなった。
……どうしろっていうのよ!
私は内心ため息をつく。
「安心して。あなただと分からないくらい、変装と化粧をすればいいだけよ」
私は自信満々に言った。
「化粧……?」
「そう、化粧。元がいいから、きっと凄く化粧ばえするわよ」
目を輝かして言う私に胡散臭そうな視線を向けるヴィクトル。
ますますフリーマーケットが楽しみになってきた!
私はほくほくとした気分になった。
準備期間はあっという間に終わりを告げ、いよいよフリーマーケットパーティー当日。
ヴィクトリア時代を彷彿させる奥ゆかしいドレッサーの前で、ヴィクトルは固まっていた。
「そんなに緊張しないでいいのに。とっても似合っているわよ、あなた」
「…………」
鏡の前に険しい表情をした美女が映っていた。
私がその美女の顔立ちに見惚れていると、鏡越しに目と目がかち合った。
「私って化粧の腕前よかったんだ!」
「いえ、化粧というより、元の素材が良いからでしょう」
平然とそんなことが言えてしまうのが憎らしい。だが、それも納得できてしまうのが、彼の美貌の完璧さゆえだ。
鏡に映る今のヴィクトルはどこからどうみても、頭のてっぺんから足の爪先まで隙のない美女だった。
パッと目を引くのは大きくて美しい瞳、それを縁取る長い睫毛。(現世の私がマスカラを使ったとしてもここまではならない。)
血管が浮き出てきそうな白い肌はつるつるしていて健康そのもの。鼻はスッと高くて、唇は程よく肉厚だ。
「確かに土台は大事よ、でも化粧だって捨てたもんじゃないわよ。だってこの出来栄え、貴方はどう見てもどこかの上級貴族のご令嬢だわ」
「銀の髪は人狼特有の色なんです。そんな上級貴族なんて今まで見たことないですけどね」
貴女は知らないでしょうが、と彼は鼻先で力なく笑う。
「そうなの? じゃあ、貴方がはじめての銀の髪の上級貴族になるわけね」
「何を馬鹿なことを」
ヴィクトルはため息をついて首をふった。
「それだけこの国の階級分けは厳しく出来ているんです。貴族と貴族の子供は一生貴族。人狼と人狼の子供は一生奴隷。揺らぐことなどありません」
「嫌な分け方するわね。それって血筋を大事にするってことでしょ? 貴族と貴族の子供が必ずしも優秀で下級層の手本となる人物とは限らない。貴族には常に責任と義務が伴うものなのに。反対に人狼と人狼の子供が必ずしも劣等とも限らない。……それで、貴方は一生、この家の奴隷でいるつもりなの?」
彼の金色の瞳を私は見返した。
こんなにも凛としていて美しい人なのに、「人狼」だからというだけで影のように生きなくてもいいんじゃないか。
それに、彼の中に潜む、やるせなさや憤りを時々痛いほど感じる時がある。
それについてヴィクトルはどう思っているのか、私はそれがたまらなく知りたくなった。
「……そんなこと、今まで言われたことも考えたこともありません」
やっぱりその答えか。私はいくらか落胆を感じずにはいられなかった。
どうしたら彼の本心を引き出せるのか分からない。
「嘘だわ」
私は彼を挑発するように睨んだ。
だって、ヴィクトルはこの屋敷の誰よりも賢い。
執事頭を上回る知識を持っているし、この世界の情勢にもやたら詳しい。弱いものが生きていくための術なのかもしれないが、私からすれば執事頭よりヴィクトルの方が断然に信頼できる。
「嘘と言われても困ります。それに、あんたに俺の何が分かるって言うんだ?」
やった! やっとひっかかったわ!!
私は内心嬉しかった。
ヴィクトルはビーナスのように完璧な容姿で部屋の中をイライラと歩き回った。
「貴方はこの家で一生奴隷として暮らせるような人じゃないわ。本当は外に出て、誰にもかしずかずにのびのび暮らしたい。そうでしょ?」
「!!?」
戸惑った顔をして、ヴィクトルは私をキッと睨み付けた。
「分かった口を利くな! 俺を分かったふりをして心の中に入ろうとしても無駄だ」
「そんなつもりじゃないわ」
私は苛烈に怒る彼に驚いた。
でも、心のどこかではとても新鮮だと思っていた。これが、彼の偽りのない本当なのだ。
彼の本心がチロリと見えて、私は少しだけ満足した。
さて、私も準備をしなくては!
張り切って私も衣装部屋へと急いだ。
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