第9話 フリーマーケットパーティー1
私の足は自然とミアの衣装部屋へと向かっていった。
この館は北向きに凹型をしている。一階のエントランスから階段を上がり、二階へ来ると、東に真っ直ぐにのびる赤い絨毯を踏みしめ廊下を歩く。
突き当たりの三つの部屋が衣装部屋、その隣に宝飾品の部屋が二つある。
はじめて、ヴィクトルに案内されてこの部屋を見せられたが、見るに堪えない様相だった。
様々なドレスがぎゅうぎゅうに押し込んであった。
ヴィクトル曰く、ミアが使用人による盗難を警戒して、宝飾品どころか、衣装部屋までも使用人立ち入り禁止区域、となっているそうだ。
どうりで、もののみごとに物があふれかえっていた。使用人が立ち入れないため、部屋の整理整頓が出来ていない。
あの、毎月来ていた服飾ギルドの商人が持ってきた、大量の売れ残りドレス、宝飾品をそのまま購入しては部屋に詰め、購入しては部屋に詰めの繰り返しだったのだろう。
なんとも言えない後味の悪さだった。
(これらをなんとかせねば……!!)
私は使命感に燃えた。
いくらミアが着道楽だとしても、部屋が三つもぎゅうぎゅうに詰めてある程の衣装など、必要ないだろう。
特に、部屋の最奥に当たる付近の衣装たちは買って満足系の代物で、袖を通すどころか、その存在すらも忘れられているように思えた。
これらをなんとかするべきだ。
衣装部屋の一つは、使用人のメイド達に下げ渡すのも良いだろう。
煌びやかなドレスなど、なかなか着る機会に恵まれないかもしれないが、それはそれで好きなようにしてもらえば良い。
売って金品に変えるのもヨシ、普段着にリメイクしたって構わない。
それを付いてきていたヴィクトルに話したら、微妙~な顔をされた。
「下級層の人間が、そんな高級そうな生地やレースをふんだんに使ったドレスを売りにだしたら、間違いなく雇い主から盗んだと思われ、ヤードに通報されるのがオチですね」
「…………」
無知すぎて、ぐうの音も出なかった。
「じゃあ、どうすればいいのよ?」
つい、喧嘩ごしで聞いてしまう。
ヴィクトルはふうっと一つため息をついた。
今一陣の爽やかな風が吹いたようで、なんだか不思議な気分になる。
「他に買えるべき人達がおみえでしょう?」
「どういうこと??」
「ミア様ならではの、貴族のご学友、ミア様のお父上に取り入りたい中流階級、なんだっているでしょう?」
「そ、そうね……」
喧嘩ごしだったのが気恥ずかしくなった。
でも、言われてみればそうだ。
ミアの人脈を駆使して、友人知人を集め、これら余り物の衣装、宝飾品を見せて、購入して貰えば良いのだ!
現世でも、要らなくなった物を売ったり、買ったりする便利な携帯アプリがあったではないか。
世の中には、当人は必要がなくなった物でも、他者は必要としている物だったりするわけだ。これはつかえる!
「そうだ、フリーマーケット、パーティーがいいわっ!!」
妙案を思い付いて、私はほくそ笑んだ。
ヴィクトルがそれを見て、シラケた顔をした。
「中身は全くの別人というのに、そういう笑い方はミア様にそっくりですね」
「えっ、そんなに似てた?」
どうやら、ほくそ笑む私の姿はミア、つまりは悪役令嬢っぽく見えるらしい。
しかし、悪役令嬢にありがちな悪知恵がはたらきましたわ! のほくそ笑みではなく、私の場合は正真正銘、名案が浮かびましたわ!
のほくそ笑みなのだか、外からはその違いは分からないらしい。
ともかく、私はフリーマーケットパーティーに向けて動き出したのだった。
「まずは、ドレスの選別ね」
私は、「やるゾッ!」と意気揚々とドレスの袖を肘までまくり上げた。
「選別? いったい、どうするつもりです……?」
後ろに控えているヴィクトルがさりげなく聞いてきた。
「決まっているでしょう。まずは、着る服と着ない服とを仕分けるのよ。ドレスなんてせいぜい、一週間分の7着あればことたりるでしょ?」
「何をおっしゃるのかと思いきや。貴女はそこらの中流貴族の令嬢ではないんですよ。一度着たドレスは着ないのが暗黙のルールです」
ヴィクトルが呆れていると、今度は私が心底呆れる番だった。
「冗談でしょ!? ここにあるドレスって、みんな一度しか着ていないの?」
「そうです」
「勿体ない~っ! 貴族の令嬢って、みんなそうなの?」
「いいえ、貴族の令嬢だからではありません。貴女は格が違う血筋なんです。一度でも着たドレスをまた別のパーティーで着てきたら、ウォルター家の恥です」
ため息が出そうになる。
「なんだか、堅苦しい話よね。でも、それならお金持ちの上級貴族の令嬢は心配ないけど、中級とか、そんなにお金持っていない下級貴族の令嬢はどうするの?」
「それは、一度着たドレスを、また別のパーティーでも着るのです」
「ルール上、恥でも?」
「それは仕方がありません。財力はそこの一族の問題ですから。しかし、それを恥じてパーティーへ出席しなければ、もう貴族と呼べないかもしれません」
「なかなか、ブラックな世界なのね。そして、そんな下級貴族を面白おかしくこきおろして、酒のつまみにするのが上級貴族ってことね」
「まあ、そうなりますね」
さらりとヴィクトルは答えた。
もし、自分がその面白おかしくこきおろされる側だったら……? と、想像するだけでゾッ!とした。
「貴族って、クソね……」
私が吐き捨てると、ヴィクトルはさも可笑しそうに笑った。
「ふふ、ミア様の口から、そんな汚い言葉が飛び出てくるとは……。執事頭たちが聞いたら倒れますね」
「あら、そうかしら。ごめんあそばせ」
「心にもない謝罪など、必要ありません」
「…………」
こんな短い期間で私の性格をつかむとは、この男、あなどれがたし……。なんつって。
どうせ、分かりやすい性格ですよ、私なんて。
「さて! 喋っていないで手を動かしましょ。私は右からいくから、あなた左からいって」
私は衣装部屋の端々を指さしながら、彼に指示を出す。
「はい? 私も仕分けをするのですか?」
ヴィクトルはさも驚いた顔を見せた。
「当たり前でしょ。この量をまさか一人でやらせるつもりなの?」
「……しかし、私は奴隷の身分です。そんな者の目利きで忖度さるのですか?」
「なに、今さら謙遜してるの? さてはこの大仕事から逃れたくて言ってるわね! 身分なんて、クソくらえでしょ。あなたにも手伝って貰いますからっ」
呆気にとられるヴィクトルを横目に、私はさっそくドレスの仕分けを始める。
助かることに、私の服の好みとミアの好みはだいぶ違うようで、悩むことなく、殆どがいらない方へと別けることが出来た。
しばらく没頭して、横を見ると……。
「あなた、悩み過ぎじゃない?」
私は、ドレスを両手に固まっているヴィクトルに声をかけた。
彼は今、ファイアレッドのマーメイドドレスと、バービーピンクのプリンセスドレスを見比べて困り顔をしていた。
眉根を寄せて困った顔もまた、嫌みなほど美しく凛々しい。
これで奴隷の身分って、凄いよねこの世界。
前の世界なら、きっと、俳優かモデルで一儲け出来そうである。
「私にミア様の大切なドレスの仕分けをさせるなんて……、悩んで当然でしょう?」
いつになく真剣な眼差しを向けている。
おや? この男、冷めていると思っていたのに意外と主人想いだったのね。感心、感心……。
「このファイアレッドのドレスは、およそ四頭サラブレッドが買えますし、こちらのバービーピンクのドレスは、雌牛が二十頭は買えます。どちらも捨てがたい……!」
「そっちかい!!」
勘違いした私が恥ずかしい。
所詮、この男の本心はそんなものだよね。
でもさ、ミアは金髪碧眼の美少女なんだよ、せめて、『どちらのドレスがミア様に似合うかと悩んでしまって……(照)』(頬を赤らめていたら、尚ヨシ!)みたいなの欲しいよねぇ、少しくらい。
期待する私がバカだった。現実はそんなもんだよ、異世界でもさ。
「まあ、冗談はさておき、どちらもド派手すぎて、ミア様には1ミリも似合いませんね。ミア様のお顔はどちらかというと、清楚なお顔立ちですし。サラブレッドも雌牛もこの際捨てましょう」
「………せ、い、そ?」
「はい」
この男、さらりと私に向かって清楚と言ったよ?
はっ!? これがツンデレというやつ?
落としておいて、次は上げるみたいな。
まじですか……。そういうタイプなんだね、ヴィクトルくん。
「そう考えると、悩まなくてもすみそうですね。殆どがド派手なドレスですから、別けるほどでもないかもしれません」
「いや! そこは少しくらい悩もうよ、一応!!」
私はがくりと肩を落とした。
完全に彼に性格を読まれて遊ばれてる気がする……。
仕分けも道半ばに妙な疲れを感じた。
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