第8話 着道楽!?
次の日も、目が覚めるとやっぱりミアの姿のままで、フォルトナー家の立派なお屋敷の中にいた。
(あーあ、どうしたらいいの?)
私はため息をついた。
姿鏡の前には目が覚めるようなファイアレッドのドレスを身に付けた、金髪巻き毛の美少女が困り顔をしていた。
「まあ~、とっても大変お似合いですよぉ~、ミア様ぁ~!!」
背後から盛大な声をかけられて、思わずビックリとする。
私の肩越しに銀髪ロングのカツラを被った中年男がひょこりと顔を出した。
面長で馬を連想させる顔は異様に白く、白粉を塗りたくったよう。左の目の下に星マークのつけボクロをしていて、まるでピエロみたいだ。
「今年のトレンドカラーのファイアレッドのドレス、中々お似合いになる令嬢がおみえにならないと嘆いておりましたが、やっぱり、ミア様は違いますわ~!!」
「そ、そうかしら……?」
私はぎこちない笑みを浮かべる。
このドレスは情熱的な色味もさることなら、背中がかなり露出するデザインでもある。
「ええ、勿論ですわ! ミア様はお美しいから、何でもお似合いになりますわねぇ、ハァ、羨ましいわ~」
つけボクロの男は右手を頬にあて、うっとりした視線を私に向けてくる。そのしゃなりと音がしそうな仕草が妙に気になった。
今日は服飾ギルドの商人が来ていた。
どうやら月に一度は屋敷へやって来て、ミアに新しいドレスや宝飾品などを勧め、彼女はそれを購入しているらしかった。
いつの世もお金持ちって、動かなくても相手の方が動いてやって来てくれる。
なんとも有り難い話だ。
それも驚いたことに、毎回ミアは勧められたドレスや宝飾品をそのまま購入しているらしい。
それは傍に控えているヴィクトルが前もって教えてくれた情報だ。
ヴィクトルは今、いつものごとくドアの横で気配を消して佇んでいる。
『悪い話し、じゃあないはずだぜ』
昨日の夜の彼の言葉が思い起こされる。
悪い話しじゃあない、とはこういったことなのだろう。
ミアであり続ければ、新しいドレスや宝飾品などを好きなだけ手に入れることが出来る。
確かに羨ましい状況だった。
前世の羽根うぐみの時は、ファッションに無頓着で仕事着の延長線みたいな服(白シャツ、黒ズボン)を身に付けていた。
それが楽だったこともあるが、貯蓄第一だったので、ファッションにお金をかけてこなかった。
今度はせっかく、こんな美少女に転生したことだし、少しぐらいファッションを楽しんでもいいのかもしれない。
「じゃあ、今度はこのリラックスグリーンのドレスはどうでしょう!? 胸元のレース使いがとても可愛いのです!」
「えっと、じゃあ試着します」
「はい! 喜んでぇ~」
商人は衝立てに私を引っ張っていくと、素早い動きでファイアレッドのドレスを剥ぎ取り、あれよあれよという間にリラックスグリーンのドレスを私に着せた。
服飾商人はさすが慣れている。
私はまた姿鏡の前に立ち、リラックスグリーンのドレスのスカートを軽く持ち上げる。
前のドレスより断然こちらの方が着ていて落ち着く。それに胸元のレース編みが凝っていて確かに可愛いい。
色味も、デザインも素敵だ。
「どうでございましょう??」
嬉々として商人が肩越しに顔を出した。
私は商人ではなく、彼の意見を聞きたくなった。
「ヴィクトル、このドレスどう思う?」
ドアの横で退屈そうにしている彼に声をかけた。
ヴィクトルはまさかこのタイミングで自分に声がかかるとは思っていなかったようだ。
一瞬、ぽかんとした顔をしたがすぐに隙のない笑顔を作った。
「……ファイアレッドのドレスより、そちらの方がミア様によくお似合いです」
「な、なんですって!?」
商人がすっとんきょうな声を上げた。
「あなたにドレスの何が分かるのっ、下僕の分際で!」
「私は思ったままをお伝えしたまでです。ファイアレッドのドレスはミア様に似合わなくもないが、けばけばしくて下品に見えます」
「だまらっしゃい!! ファイアレッドは今期の流行色なのよ、下品とは何よっ」
よほどヴィクトルの発言が気にくわなかったのか、商人は鬼の形相で顔を真っ赤にしている。
きっと、自分より身分の低い彼が意見を言うのが許せないのだろう。
「ミア様ぁ~、このような者の意見など聞く必要はございませんのよ~」
商人は私に振り返ると、猫なで声ですり寄ってくる。
「そうね……」
私はこくりと頷いた。
「やっぱりぃ、ミア様なら分かって下さると思いましたわ~! だって、下僕にプロの私が作ったドレスの良し悪しが分かるはずがありませんものっ」
これ見よがしに商人はヴィクトルにギラついた冷たい視線を送った。
しっかりマウントをとっている。
「…………」
対するヴィクトルは何を考えているのか、涼しげな顔をして黙ったままだった。
「では、いつものように、今日お持ちしたドレスと宝飾品は、全てご購入で宜しかったでしょうか?」
商人は私にたたみかけてきた。
ミアなら、いつものように迷わず全てを購入するはずだ。ドレスが本当に欲しい訳でも、宝飾品が本当に気に入った訳でもなく、貴族の見栄や傲りで。
今までそうしてきたのなら、それを私が崩すのは不味い気がする。
私は口を開きかけた。
「?」
ふと、手もみをする商人の指に、大きなダイヤのはまった金の指輪が光っているのが目に入った。
(ずいぶん、儲かってるなぁ、この人。)
盛り上がった波がすっーと、引くように私の頭は急速に冷めていった。
「全ては要らないわ。このリラックスグリーンのドレスだけでいいわ」
「はっ……?」
「ですから、今試着しているこのドレス以外は要りません」
「ど、ど、ど、どうしてしまったのです、ミア様っ!? 今までこんなこと一度もなかったじゃあありませんか!」
血相を変えた商人が青い顔でわなないている。
「だって、着もしないドレスを購入して、タンスの肥やしにしても仕方がないじゃない。それにミアは宝飾品をもう沢山持っているわ」
私は商人に向き直るとキッパリと言った。
ヴィクトルに教えて貰い、この屋敷を探って分かったことだが、ミアは衣装部屋を三つも持っていた。そこには古いドレス、新しいドレスがこれでもかとギュウギュウに詰まっていたし、別で宝飾品の部屋も二つあり、そちらも店でも開けれそうなほどの種類と数が揃っていた。
「あとね、月に一度もここへ来なくていいわ。わざわざご足労頂かなくても、必要な場合は私の方からそちらに伺いますから」
「そ、そんな~!」
商人は悲痛な声を上げた。
これで定期的な多額の収入源が潰えたとみえ、青かった顔が今やどす黒い灰色になっている。化粧も汗でドロドロに崩れ、まるでゾンビのようだった。
「ど、どうかお考え直しをっ!」
「くどいですわ!」
くわっと私は商人を恫喝した。
「それから、もう二度と下僕の分際で、などという台詞は私の前で吐かないで頂戴。胸が悪くなるわ」
「ミア様っっ~!!!!」
私のスカートにすがり付こうとしたのをサッとかわして、私は部屋を出た。
後ろで商人が何度も私の名前を必死に呼んでいたが、振り返る気にもならなかった。
なぜだか、胸の奥に怒りがチリチリと燃えていた。
何を私は怒っているのだろう?
「あれで良かったのか?」
廊下をドスドス歩いていると、ヴィクトルが心配して私について来た。
「ええ。彼はファイアレッドのドレスを私に着せた時、中々お似合いになる令嬢がいないと言っていた。最初は褒め言葉だと思って聞いていたけれど、きっとあれは売れ残りよ。あなたが言ったように、いくら流行の色でも、あんなに派手なデザインでは下品に見られてしまうわ。他の令嬢もそう判断したから買わなかった」
私が話し終えると、ヴィクトルは目を丸くしていた。
「どうかしたの?」
「いや、何でもない……」
彼は視線をそらすと、横を向いた。
私には分からなかったが、ヴィクトルは微かに笑ったようだった。
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