第1話 穴ありました~!

見渡す限り木々ばかり……。

私は周辺を歩いてみた。

少し行けば森を抜けて町か村にでも出られると信じきっていた。しかし、残念ながらその発想はあっさり潰えた。

この深い森はそうそう簡単に抜けられそうにかった。いくらこの乙女ゲームを知っていても、土地勘もない、方角も分からない、名前も知らない森からの脱却は難しそうだ。


結局、ミアの死体を安全に隠せそうな場所は見当たらなかった。中世ヨーロッパの未開拓(ゲーム内だけど)の森ならそんなものかもしれない。


「やっぱ、埋めるしかないなぁ……」


不本意ではあるがそれしかない。

取りあえず死体を土に埋めておいて、後で町か村に着いた時に、誰か信用できそうな人にこのことを話すしかないと思われた。


死体を埋める穴を掘る。

そう聞くといとも簡単そうな気がするが、実際やってみるとかなり骨のおれる作業だった。

穴を掘るための道具、スコップなどがあればすいすい穴も掘れるだろう。だが、こんな民家もない森の中にそんな便利な物はない。

はじめは仕方がなく手で掘っていたが、黒い土は固いし、指先にあたる土や、落ち葉の切れ端や小石やらですぐに痛くなる。

その上、爪の間にはびっしりと黒い土が入ってなんとも気持ちが悪かった。


「ゲームの中でも何やってんだろう……わたし……」


現実世界では仕事で心身ともにボロボロになり、ゲーム世界では森の中でひたすら穴堀りをしている。

途端に自分のしていることが馬鹿馬鹿しくなった。

気がつけば手がかじかんで冷たくなっている。

しかし、穴は掘れていない。大人の人がやっと横になれるぐらいの広さの土を表面上、耕した程度だった。


「少し休憩しよ」


私はその場で腰を下ろした。

ふっと辺りを見回す。

妙に静かな森だった。木々のざわめきは耳にすれど、ありがちな鳥の鳴き声すらしない。

森なのにウサギ、リス、鹿、ましてや狼、熊などの姿も一切見かけないし、息づかいらしきものも感じない。

ゲーム内だからそこまで細かに作り込まれていないのだろうか?

なぜか、そんなことをボンヤリと考えた。


そういえば、中世ヨーロッパでは、『森には魔女が棲んでいる』と考えられていたそうだ。

現代なら何馬鹿かなことをって、一笑しそうな話だが、まだ文明が進んでいない頃の人々はそんな風に思っていたらしい。

きっと、未知の森を畏怖していたからだろう。


私はふと、顔を上げた。


「……??」


気のせいかもしれないが、誰かの視線を肌で感じた。


誰かに見られている……!?


しかし、目を凝らしても人の姿は見当たらない。それに、いくら月の光で周囲が明るくても、森の奥の更に奥の暗闇は深くて人の目では見ることが出来なかった。


「誰か、いるの……?」


怖くなって視線を受けた暗闇へと声をかけた。だが、静かな森の奥から返ってくる声などなかった。


やっぱり、気のせいだったかな……。


私は視線を掘っていた穴の方へと戻そうとした。すると、視界の片隅で何かがサッと動いたのが見えた。

急いで視線を森の奥へと戻す。


「あ、あれは……!?」


どのくらい先なのだろう? 先ほど視線を感じた暗闇にポツンと小さな灯りがついている。

私は驚いて目を凝らした。


蝋燭の火……?


それは懐中電灯のような青みを感じるはっきりとした光とは違う、オレンジ色の儚い光だった。


その小さな灯りは私が視線を送り続けていると、右から左へとゆっくりと揺れた。


……何かの合図だろうか?

それはまるで私を誘っているかのように見えた。


なんとなく灯りは近くではない、と感じていた。でも、そちらに行ってみよう。と私は思った。

もう、暗い森の中にいることが嫌になってしまったのかもしれないし、灯りを見たことで人恋しくなったのかもしれない。

とにかく私は、引き寄せられるようにその灯りへ向かって森の中を歩いていった。


ここがどのくらい広い森なのか分からない。迷子になりそうな予感がした。

後で元の場所にちゃんと帰ってこられるように何か目印になるようなものはないか? とキョロキョロしながら進んでいくと、木の下に赤い立派な傘を広げたキノコ達を発見した。


これを道すがらちぎって落としていこう!


ファンタジーの世界だなぁ~、などとしみじみ感じながら、キノコの傘をちぎっては森にぽんぽん落としていく。


どれくらい歩いて来たかな……?


時計がないので経過時間は分からなかったが、20~30分はゆうに経ってるような気がした。


なんとか私はあの小さな灯りを頼りにその場所までたどり着いた。

驚いたことに、その小さな灯りは木の枝にぶら下がっていた。いや、灯りが勝手に枝にぶら下がっているのではなく、ランタンがぶら下がっているのだ。


「すごーい、アンティーク!」


私は感嘆の声を上げた。

ゲームの中だと分かってはいても、いちいち感動してしまう。

そのランタンは、現代では見ることのない代物で鉄製の持ち手がついており、同じく鉄製のフレームにはすりガラスが嵌め込まれていてその中に蝋燭の火が瞬いていた。

当時はそれが主流なのだろうが、現代人の私にはとても珍しく感じた。


その温かなオレンジ色の火に私は近付いていった。まるで光に魅せられた蛾のように。


ーーだが、


「ひぁあっ!!!!」


足を一歩ランタンへ向かって踏み出した途端、私の片足は空をかいた。身体は完全にバランスを崩し、前のめり気味に落下した。


そこに落とし穴があったのだ。


私は穴の底でおでこと鼻を強打した。ついでに膝頭もかなり痛い。


「誰よっ! こんなところに穴を掘るなんて!!」


私は流石にキレた。

普通、こういった危険な場所には立ち入り禁止のポールやらロープやらで囲まれていて、他の人が入れなくしてあるのもだ。

この穴がもし土じゃなく、コンクリートで出来ていたらと考えただけでもゾワッとする。


穴に落下した拍子に、打ちどころが悪くて亡くなることも大いに有り得るのだ。


取りあえず、この穴が土で出来ていて良かった~!!

そう思わずにはいられない。


私は悪態をつきながら、穴の底で四つん這いになると上体を起こした。

落ちた穴はそれほど深くはなかった。

そして、おやっ? と思った。


「この形って……!?」


今気付いたのだが、この穴は長方形をしていた。穴の深さは私のアパートの風呂場にある浴槽と同じぐらい。


この穴は何なのだ??


偶然にも死体を埋める為の穴を欲している時に、ふってわいたかのような最適な穴を見つけた。


天の恵み……!?


自分で穴が掘れないのなら、この穴を利用しない手はない。

だけど、誰が何のために準備していた穴なのだろう?

不可解な穴であることは間違いない。

灯りのついたランタンがあるなら、穴を掘った人物も周りにいそうなものだが見当たらなかった。


……どうする??


少しの間、私は考えを巡らせた。


これはゲームの世界だし、悩んでも仕方ないや……。さっさとミアの死体を運んでこの穴に埋めてしまおう。


私は穴から出ると、森に落としてきたキノコの欠片を辿ってミアのいる場所まで戻っていった。


ミアと肩を組み、よろけながらも死体を運んだ。こんな時はミアの死体が自分で穴まで歩いて行ってくれたら、どんなに楽だろうかと思った。

魂の抜けた人の身体はこんなにも重いものなのかとつくづく思い知らされたのだ。


そして、私は先ほど見つけた丁度良い穴にミアを寝かせると、その上にどんどん土を被せていった。

ミアの姿が完全に隠れてしまうと、もう私の中にあったささやかな罪悪感は消え失せていた。


「ふぅ……、疲れたなぁ~」


その場にどっこらしょ、と座り込む。

大好きなゲームの世界へ転生したというのに、初っぱなから悪役令嬢を殺してしまい、森に埋めるという後味の悪いことばかりをしてきている。

おそらく、自分はこのゲームの主人公に転生してはいない。ゲーム中の主人公のイベントにこんな場面はないからだ。


……主人公ではないとすると、私は一体誰に転生したのだろう??

私はゲームに出てくる女性キャラの顔を順に頭に思い浮かべてみた。


「鏡でもあれば、すぐに分かるのに」


スコップの時と同じだったが、こんな森の中に民家さえ見当たらないのに鏡なんて物があるはずもない。

それに、中世の頃は鏡も高級品だったはずだから、そうそう巷でお目にかかれないだろう。


自分の姿が見てみたい……!


そう思うのにすぐには見れそうになかった。

中世って不便なことばっかり……。

私はため息をついて項垂れるしかなかった。


ーーパキッ、


私はハッとした。

遠くの方で地面の小枝か何かを踏みしめたような音がした。灯りを見つけて人がこちらに向かってきているようだ。

私の心はざわついた。

ミアの死体は完全に埋めてしまったが、この状況を人に見られたくない。


慌てて立ち上がると枝にぶら下がっているランタンをこじ開け、息をふいて蝋燭の火を消した。すると、スッと暗闇の幕が下りた。

近くの茂みに姿を隠して、私はそっと耳をそばたてる。


サクッ、サクッ、と地面を踏む音がどんどんこちらへ近づいてくる。誰かがこちらに向かってきているのは間違いなかった。


恋をしているわけでもないのに、勝手に胸がドキドキした。


誰だろう……? 私でも分かるゲームキャラだといいけれど……。


拝むような気持ちでその人物が姿を現すのを茂みの中で恐々と待った。

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