第33話 日常の変化
いつも通り四人一緒に登校した。
しかし、以前にあったような恵梨香の碧に対するけん制や、エミリちゃんの俺に対する抱き付きのない、淡々とした通学路だった。
会話がないということはない。
何気ないスポーツや流行りの音楽の話など、特に印象に残らない言葉が音になり、流れて消えていった。
今までの様な相手の心を突く、かき乱すようなセリフを発する者はいない。
傍から見るだけなら、仲の良い四人の友人が学校に向かって一緒に歩いている様にしか見えないだろう。
碧と恵梨香がたまに会話を交わしているのを眺めながら、俺は考える。
これで俺が碧に能力を使ったと嘘を言って、碧と恋人になった様子をしばらく見せていれば、恵梨香たちは俺から離れてゆくのかもしれない。
それでいいのだろう。
いいのだろうが、一末の寂しさがあるのも否定できない。
ゲームには勝利して、碧と交わした『誰も能力で人を陥れない』結末を手に入れることはできる。
が、本当に俺と碧は勝ったのだろうか? これが望んでいた終幕なのだろうか? という想いが沸々と湧きおこってくる。
幼馴染で腐れ縁だった恵梨香と離れ離れになって。
生徒会で一緒に色々と活動した、俺を慕ってくれていたエミリちゃんと別れて。
碧とも形だけの恋人関係のフリをするだけ。
これが俺にもたらされた恋愛ゲームの終焉なのだろうか?
考えれば考えるほど、俺の歩みは弾まなくなる。
スロープを昇って校舎が見えてきた。
四人一緒に。でもその心はバラバラになって、校舎に入るのであった。
三組の碧と別れて、二組にたどり着いても恵梨香とエミリちゃんの素っ気なさは変わらなかった。
いつもは俺の席に集まってわいわいと姦しい二人が俺を放って置くことに、クラスが異変を感じた様だ。生徒数人が恵梨香たちに問いかけた。
「光一郎とは別れたから」
短く、未練など全くないという抑揚で素っ気なく言い放った恵梨香の言葉で、教室の雰囲気が変わった。
俺たち四人の修羅場的な関係をある意味受け入れて、日常に放り込んでいた教室がざわめく。
驚愕、疑問、好奇……
様々な思いが交錯するが、やがてそれが一つに収れんしてゆく。
不満。
男女ともに、納得いかないという空気がクラスを支配してゆく。
この結末は望んでいない。誰もが納得していない。どちらを見てもそういう顔が返ってくる。
そんな晴れない教室に担任が入ってきて、昨日とは別の世界になった学園でホームルームが始まるのであった。
昼休みは、碧と二人だけで過ごした。
取り立てての会話はなく、これからの計画も話さなかった。
当たり障りのない笑みだけを浮かべて、昨日までは騒がしかった昼食時が過ぎてゆく。
帰りも碧だけと歩みを進める。
スロープを下り、緑眩しい中央公園横を並んで歩く。
目的を達したはずなのに、心に暗い雲が垂れ込めている。
何故だ? と自問自答する。
こんがらがった糸を解く様に、一つ一つ手繰り寄せて、回答にたどり着く。
『残念』なのだ。
恵梨香やエミリちゃんが自分の欲望を満たそうと騒いでいたのは『本心』から湧き出た行動だ。それを防ごうとあくせくしていた俺と碧も、自分の気持ちに忠実に行動していた。
だが、二人が俺から去っていったのは『ありのままの本当の俺』を見て決めてくれたことじゃない。
それが、『心残り』なのだ。
――と、俺の心を読んだ様に、今まで黙って歩いていた碧が声をかけてきた。
「私たち、悪者ね」
音の方向、碧を見る。
その俺に微笑んでくれている笑顔に、心打たれた。
「そう……だな。俺……恵梨香やエミリちゃんに、悪い事をしてるな」
うめくような抑揚になってしまった。
自分でもどうしようもない。
「でも恵梨香さんもエミリさんも自分の目的の為に演技しているわ」
意味ははっきりとは理解できなかったのだが、瞬間、そのセリフに『はっ』とさせられる。
「まだゲームは全然終わってない。勝負は、これから」
「碧の言っていることが……俺にはよく……」
「来て。こっちよ」
碧が俺を先導して歩き出した。
国道から住宅地区に入り込み、いつも別れる場所を通り越す。
俺は導かれる様に碧の後に続く。
やがて、何の変哲もない鉄筋コンクリート造りの一軒家にたどり着いた。
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