第32話 放棄
翌日のクロぼうを加えた朝食時に、恵梨香とエミリちゃんの変化は明確になった。
朝起きてから全く会話がない等の予兆はあったのだが、テーブルに座って『いただきます』をしてからの食事時に、はっきりと明言されて理解するに至ったのであった。
「私、もう光一郎のこと、恋愛対象として見ていないから」
「エミリも、もう光一郎君といちゃいちゃしなくてもいいです」
その素っ気ない言葉に、朝からの二人のよそよそしさの理由が凝縮されていた。
「そうか……」
つぶやきで返答した俺なのだが、心中は複雑だった。
昨日の夜、俺は碧との接触を二人に見せつけた。
一晩、恵梨香とエミリちゃんは思うところがあったのだろう。
俺と碧が進めていた作戦は成功したかに思える。
能力で互いをモノにしないというゲームの勝利条件に向かって数歩以上前進したとも思える。
しかし、ワザとではあるが碧との交わりを見せつけることで、恵梨香とエミリちゃんを傷つけたという心苦しさからは逃れられない。
ごめん、恵梨香、エミリちゃん、と心の中で首を垂れる。
「卯月君のこと、本気で諦めるの?」
黙って食事をしていた碧が、俺の隣から恵梨香たちに問いかける声が耳に入ってそちらに目を向ける。
熱くもなく冷たくもない淡々とした表情だったが、はっきりとした質疑の視線を二人に向けていた。
「あれほど執着していた卯月君よ。確かに卯月君と私は貴女たちより近しい関係だけれど、本当にそれでいいの?」
ある意味傍若無人に振舞っていた碧だったのだが、二人の気持ちを推し量って気遣う声音に、碧の心の奥に灯っている優しさを見ている気がした。
「諦めるという選択に後悔はない?」
「覚めたの、心が」
「エミリももう光一郎君にトキメかないです」
二人は冷えたという抑揚を返してきた。
「好きなだけ光一郎といちゃついてくれればいいわ。悔しくて殺意まで生まれたんだけど、もう何も感じなくなったから」
「エミリも他のいい人みつけたいかな」
二人して俺に対する興味を失ったという様子で黙々と食事を続ける。
「そう」
短く応答した碧に、思惑通りに事が運んだことに対する「喜」の色はない。
「ただ……」
恵梨香が箸を置いて真面目な目線で付け加えてきた。
「私とエミリを袖にしたケリは付けてほしいわ」
「ケリ……?」
俺は恵梨香の本心を謀りかねて疑問を呈する。
「そう。ケリ。決着。水瀬さんに夢魔能力を使って、将来に渡るパートナーとして結ばれなさい」
「俺が……碧に、夢魔能力を使えって言うことか?」
「何もしかなったらどちらかが心変わりをする可能性だってあるわ。きちんと『運命のパートナー』として夢魔の祝福の元に結ばれなさい」
「そういう……ことか……」
「光一郎たちの行く末にはもう興味はないけど、ここまでコケにされて挙句の果てに別れましたじゃ流石に私たちを馬鹿にしすぎだって感じるから」
恵梨香のまなこは真剣なものに見えた。
隣の碧に、ちらを目を走らせる。
同じくこちらに視線を送ってきた碧とアイコンタクトを交わす。
『恵梨香さんに同意して』
碧の瞳はそう告げていた。
「わかった。碧と未来に渡るパートナーとして夢魔の加護の元に結ばれるわ」
「ありがと。私たちも、今すぐにではないけどいい人を見つけるわ」
「ですです。エミリも超高スペックなイケメン何人も侍らせて、碧ちゃんと光一郎君を見返すです」
恵梨香とエミリちゃんが僅かに表情を和らげ、笑みを浮かべる。
俺も二人に微笑んで、心を交わす。
――と、今まで黙々と鮭をついばんでいたクロぼうが、嬉々とした声を発した。
「おめでとう! 光一郎君のお相手が決まったね! 碧ちゃんだっけ? いいと思うよ」
じろりと見やると、アルカイックな顔でネコぐちを丸めている。
「最初恵梨香ちゃんたちが来た時には、最後のお相手は恵梨香ちゃんかな、熱量的に? って思ってたんだけど、僕の予想は外れたね」
ふんふんと、満足気なネコ顔を向けてくるクロぼうに俺はぶっきらぼうな言葉をぶつける。
「ほっとけ」
たがクロぼうは俺の不快など欠片も感じないという様子で続けてくる。
「でもいいよいいよ。光一郎君が選んだお相手だから、無問題。本当におめでとう!」
「お前に祝福されてもな……」
「僕がこの恋愛劇のきっかけなんだから、感謝してもらわないと!」
「まあ、お前が持ち込んだ厄介ごとだという事は否定しないがな」
「全力で、祝福、加護させてもらうよっ!」
ふふんとニンマリとした笑みを満面に浮かべたクロぼう。
俺は不満を隠せないし碧は無視の様子なのだが、恵梨香とエミリちゃんは「よろしくお願いするわね」と返答を向ける。
「まかしてねっ! これで僕のノルマも達成できて、光一郎君と互いにWIN―WINの関係になれたねっ!」
全て晴れたというクロぼうの声が響く中、俺たちの朝食は終わりを告げるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます