第2話 生徒会の四人で下校する毎日から始まる


「さようなら、綾瀬さん」

「バイバイ、会長」

「今日も一日お疲れさまでした、恵梨香さん」


 ゆっくりと歩みを進めている俺たち生徒会の四人。追い越してゆく生徒たちは、何も口にしないという事がない。

 皆、好意的な言葉を挨拶がわりにして、通り過ぎてゆく。


「さようなら、ごきげんよう。山口さん」

「それでは、高橋さん」

「彩音さんは、帰り道、気をつけてくださいね」


 一言一言返答する綾瀬恵梨香の声は温和で、相手の事を慮っているという抑揚である。

 表情も柔らかく、笑みを絶やさない。

 そしてその生徒たちが前方に去ったのを見計らって、ふうというため息をつく。


「彼氏が欲しいわ……」


 誰かにねだるような唐突なセリフを発したのだ。


 今はいつもの生徒会メンバーでの下校途中。

 大都市のベッドタウンとしての開発が進む港南市の緑豊かな国道沿いを、四人の男女で住宅地区に向かって進んでいる。


 四人の男女と言っても、男は俺一人。


 恵梨香の他には、生徒会書記の帆場エミリ(ほばえみり)ちゃん。


 ゆるふわセミロングの金髪がひときわ目を引く、恵梨香とは違った方向性の美少女。


 なんというか、天然系小悪魔?


 可愛いというのが素直な感想なのだが、たまに心臓をえぐるような直撃弾を放ってくるのがちょっとだけ怖い。


 本人に悪意はまったくなくて、「てへっ(ハート)」という感じらしいので許さなわけにはいかない。


 あとは、会計の水瀬碧(みずせみどり)さん。


 ストレートロングの黒髪少女で、何でもお見通しだという真っ直ぐな目線にまずは射抜かれるだろう。


 クーデレキャラを現実にもってきた様の女の子。


 この三人が、生徒会が誇る彩雲学園三大美少女と、男子の間では呼ばれている。


 ちなみに副会長の俺なのだが、なんであんな凡夫が……と陰口を叩かれることも多い。


 男子生徒にとっては生徒会唯一の邪魔もの。


 平穏をこよなく愛する俺がどうしてこうなった……と思わずにはいられないのだが、幼稚園以来の腐れ縁の恵梨香に副会長やってと頼まれた(脅迫された)のならば仕方がないと、今では諦めて男子生徒の嫉妬と憎悪の視線に耐えている毎日なのであった。


「彼氏が欲しいわ……」


 また恵梨香の、心中を吐露したという声音が耳に響く。


 いや恵梨香さん、その外見で彼氏が欲しいとか、なにいってやがるんじぇねーよと俺は心の中で突っ込みを入れる。


 選び放題でしょ?

 学園の男子でも、港南市中でも。

 恵梨香に告白して玉砕したという男子がどれほどいることか。


 学園の高嶺の花。


 恵梨香の外見だけ見せて、彼女になってくれると言われて断る男がいるとも思えない。


 いいたくはないが、小学校の頃は泥にまみれて俺と公園で遊んでいたガキだったのが、思春期を迎え徐々に成長するにつれ、大輪の花のごとくの美少女に変わってゆく様を見せつけられてきた。俺は心の中で驚愕を超えて恐怖を覚えていたくらいなのだ。


 女ってこえーというのが、恵梨香と幼馴染をやってきた男の感想。


 そんな俺の回想をエミリちゃんの可愛い声が打ち破った。


「恵梨香ちゃんだったら引く手あまたじゃない? 作ろうと思えばいくらでも作れるでしょ?」


 にっこりとした笑み。でもちょっと悪戯っぽい目線を恵梨香に向けて、どうなの? と尋ねる面持ち。


「あいにく声をかけてくる人の中に希望の男性はいなかったわね。そういうエミリこそ、この前も告白されていたでしょう?」


「あ、あれは……えーっと、そうだ! 光一郎君は、付き合うならどんな相手がいいの?」


「えっ? いやっ、俺は今の落ち着いた平穏が心地いいというか」


 いきなり矛先を向けられて、しどろもどろになってしまうのを避けられない。


 話題。

 話題が年頃っぽすぎるというか、ナマナマしいというか。俺にとっては。


 生徒会には関係ない男子からすれば、俺は酒池肉林の美少女天国にいるかのような憎悪の対象らしいが、実際はそんなことはない。


 今まで一緒に事務処理を行ってきてはいるのだが、その……男女関係的な甘いシチュエーションやドキドキなシーンがあったかというと、ないわけで。


 俺も年頃だからそういうものに興味がないわけじゃないんだが、小さいころから恵梨香に振り回されてきたので精神的に年を取ってしまって、平穏をこよなく愛する一人の老成した男子に落ち着いたのは必然なのではないだろうか?


 今の心地よい平穏と引き換えにしてまで彼女が欲しいか? と尋ねられると……言葉に詰まる。


「光一郎君? 彼女欲しくないの?」


 エミリちゃんがニマニマとした顔を向けてくる。


「恵梨香ちゃんと私だったら、どっちがいい?」


 やばいな。この流れ。

 なんとか火の粉を払いのけなければ、と左右を見回しながら出口を探す。


 自分は関係ないという面持ちで少し離れて歩いていた水瀬碧さんが目に入った。


「水瀬さんは?」


 考える前に口に出してしまった。


 矢を水瀬さんの方向に逸らしたという事ではなく、純粋に興味があったから音にしてしまったのだ。


 その水瀬さんの仕事ぶりは素晴らしい。


 成績は中の中で、学年一位の恵梨香の方が遥かに上なのだが、たまに生徒会室で難解な学問書を流れる様に読んでいる様がとても美しい。


 水瀬さんは本当に平凡を絵にかいたような成績なのだが、なんというか、生徒会での能力とか受け答えが高校生のソレを超えている。


 俺は、本人がこれ以上目立ちたくないが為に――現状でも学園三大美少女の内の一人だ――成績を故意に操作しているのではないかと勘繰ったりしている。俺が同じように平穏を望むから。


 答えが返ってくるとは思ってなく、水瀬さんに対して失礼な質問をしてしまったことを胸中で謝っていたのだが、ひとりごちるような返答が返ってきて驚いた。


「私は特に男性には興味がないの。でも一人だけ例外がいて、その人のことは気にしてるわ」


 少し重たい抑揚。今の軽い場にそぐわない真剣さが伝わってきた。


「ふーん。碧ちゃん、そうなんだ。心に決めた人。羨ましいかも」


 エミリちゃんが、うんうんとうなずいている。


 そうこうしているうちに、住宅地区の入り口にまでやってきた。


 恵梨香は別方向。

 エミリちゃんは、俺の家のある分譲住宅街とは別の、高級邸宅地区。


 俺はいつもの通り、そこで恵梨香やエミリと別れる。

 水瀬さんと二人きりの下校路になった。

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