第3話 水瀬さんとの下校路

 取り立てて特徴のない分譲住宅が左右に並ぶ道を、水瀬さんと一緒に進む。


 いつも恵梨香エミリと別れて、なし崩しに二人きりの下校路になるのだが、どうにも間が持たない。


 いつもの通り黙って二人して歩む。


 会話が弾むということはなく、何を話そうかと話題を探しているうちに俺の家にたどり着いて「また明日」と言葉を交わして別れるパターン。


 今日も水瀬さんの脇を歩幅を合わせて共に進んでゆく。


 ふと隣を見ると、水瀬さんの端麗で深さを感じさせる横顔があった。


 学園三大美少女の内の一人。水瀬碧。外見も応対もクーデレという評判にふさわしいミステリアスな生徒。


 恵梨香のような(猫を被ってはいるが)優等生的な人当たりの良さや、エミリの様な小悪魔天使の朗らかっ子とも違った方向性の、隠れファンの多い謎めいた魅力のある女生徒。


 水瀬さんは、何を考えているのかわからない。

 そのまっすぐな瞳と引き結んだ唇は、意志の強さを感じさせるのだが、肝心の主張とか感情を滅多に相手にはぶつけてこない。


 ――と、碧の綺麗なメゾソプラノが俺の思考を破った。


「誰か一人と運命のパートナーになれる魔法があったとしたら……卯月君はどうする?」

「え?」

「その魔法、誰かに使う? あるいは、使わない?」


 唐突で、突然の質問。脈絡がない。恵梨香やエミリちゃんがいる時に彼氏彼女の話をしていたので、その流れからだろうとは推測するが……やっぱりこの女の子は何を考えているのか俺ごときにはわからない。


 ちょっと驚いて碧を見ると、遠い彼方を見つめているような目線。


「そんな都合のいいものがあるとして、どうするかな……」


 唐突な質問に戸惑ったが、俺は答えながら考える。

 誰かと運命のパートナーになれる魔法。

 うん。悪くはない。

 悪くはないが、今現在、俺は女の子とのそういう関係を希望していない。


 恵梨香とは、なんというか今の旧知の親友という間柄が心地よい。今更恋人と言われても、慣れ親しみ過ぎてなんだかな~という感じだ。


 エミリちゃん。うーん。悪い子じゃないんだが、悪気のない悪戯っぽい言動に振り回されそうでちょっとたじろぐ。


 気付くとそんな俺を見ていた碧が言葉を継いできた。


「私は使わないわ。私はありのままの私を見て好きになって欲しいから」


 俺の偽りなど見破られてしまう。そんな真っ直ぐな視線を送ってくる。


 そうかもなと、俺も心中で同意した。

 魔法で運命づけられるよりも、やはり自分の意志で相手は選びたい。

 高校生の俺にはまだ遠い将来の事なのだろうが、碧の、俺を見通すような目線に答える様にそう思った。


「私がずっと注視している人も、その人のありのままを見て気になるようになったのよ」

「え? そうなのかっ! 知らなかった!」

「ふふっ」


 瞬間、ドキッとして心臓が跳ねた。


 この人、いつもは無表情なのにこんなに女の子っぽく笑うんだ。それが俺の率直な感想だった。


 今の今まで、この人が俺に対してこんな笑みを見せてくれたことは記憶にない。

 それを知ってか知らずか、碧がさらに俺を見つめてくる。


「卯月君がそれを知る時がくるかもしれない。私は期待、いえ、長い間切望しているのだけど」


 言った後、碧は俺から視線を離して前方に向き直る。


 意味深。というか、この時点では俺には全くわからないセリフだった。


 事が終わってからこの言葉の意味ははっきりするのだが、今の時点では理解不能の文言。


 でも碧の語りかけとその初めて見る表情は、俺の心に深い印象を与えたのだった。

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