第9話
転移門を抜けると、ラピスラズリに彩られた景色が、まるでユメでも見ていたかのように瞬きもしないうちに塗り替えられた。
代わりにそこに見えたのは壁際に本棚がいくつか備えられている書斎のような洋室だった。
本棚に取り囲まれるように、その中心にテーブルとソファーが置かれており、そこに眼鏡をかけた老婦人が座り、分厚い本を読んでいる。
この女性は師匠の知り合いだろうか。そんなことを俺が思うのと同時に女性は眼鏡を外して本を読むのをやめ、こちらへと目を向けた。
「あら、遅かったですね。」
彼女は俺と美玖さんを一瞥すると、開いていた本を閉じてそう言った。
「お久しぶりです。東郷会長。」
美玖さんが一礼して返した。
「ええ、久しぶりね。最後にあったのは貴方が10歳になる前のことだったかしら。時間が過ぎるのはあっという間だわ。」
感慨深いといった調子で、彼女は遠い目でそういった。
「それと、そっちの貴方は朝宮君でいいのかしら?天道君から貴方のこともよろしくと頼まれたわ。」
「ええ、朝宮レイジです。初めまして東郷さん。」
「私は東郷菜穂子よ。初めまして。」
穏和そうな笑みで東郷さんは俺のあいさつに応じてくれた。
「貴方たちは今日から転入学ということになるけど、天道君からはなにか説明を受けているのかしら?」
「いえ、師匠からは何も。会長も知っての通り、師匠ですから。」
「そうね。その様子だと朝宮君も聞いてはいなさそうね。」
「まあ、そうなりますね。今日初めて知らされたので。」
俺の言葉に東郷さんは彼らしいわと苦笑した。
「なら、この学校についての説明から始めたほうがよさそうね。」
ゆっくりと彼女は立ち上がり、手にしていた本を本棚に向かって軽く突き出した。すると、本はなめらかに空中を移動して、もともと置いてあったと思われる隙間にぴったりと収まった。
「校舎の案内と一緒に済ませちゃうからついてきてください。」
その言葉に従って、俺たち二人は彼女の後に続いて部屋を後にした。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
東郷さんによると、さっきの書斎のような部屋と全く同じ間取りの部屋がいくつか学園の中に存在しているんだとか。
学園にスパイなどが紛れ込んだときに転移門に侵入できないようにするための対策として、似たようや部屋を複数用意し、時間ごとにランダムに部屋の座標が物理的に切り替わっているため、歩いてきた道順を覚えていても部屋の中身が切り替わっているから戻ってきても転移門を利用できないとのことだ。
なんだかとても維持費が掛かりそうだなと東郷さんの話を聞いていて思った。
「転移門を利用したいときは利用するたびに専用の受付にどの時間にどの部屋に入るのかということを教えてもらいに行かないとならないから気をつけてね」
「受付ですか?」
美玖さんが言った。
「学園自体が時間で道が変わる大きな迷路になっているから、現在の教室の位置を教えてもらえる専用のカウンターがあるのよ。」
________転移門といい、結構すごい学校なのかもしれないな。
俺は師匠の紹介する学校だからと見くびっていた学校への評価を上方修正した。
「それについては後で場所を教えるから安心して。それよりも、せっかく学校へ来たのだからあそこへ行かないとね。」
あそことは?と俺達は首を傾げた。
「初めて学校へ来たとなったら先ず行く場所は一つしかないと思わない?」
「教室でしょうか?」
美玖さんは可愛らしい声で唸るとそう言った。
「残念、正解は学園長室よ。まだ貴方達の所属するクラスも決めていないようだから、あそこへ向かってからじゃないと教室へは迎えないのよ。」
たぶん師匠が唐突に連絡をよこしたせいだろう。
俺はなんだか申し訳なくなって謝ることにした。
「なんか師匠がすみません…。」
「いいのよ、みんな天道くんのそういうところには慣れていますからね。」
呆れ笑いを浮かべながらそう言った東郷さんに、俺達は苦笑で応じた。
談笑しながら歩いていると、あっという間に学園長室の前に到着した。
「さぁ、ここが学園長室よ。」
彼女はそう言ってから学園長室の扉を叩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます