第8話 転移門

未玖さんの後に続きながら、彼女に何か必要なものはあるのかということを尋ねると、師匠の屋敷から直通の転送魔法陣ポータルがあるらしく、学生寮に居住するつもりがないのであれば、今のところは必要ないとのことだった。


天道の屋敷は城下町と言われても違和感を持たないくらいに広大だ。訓練場だけでなく、屋敷の中にちょっとした商業施設や、自動車で移動するよりもよっぽど早く移動できる転送魔方陣もいたるところに設置されている。たまに門下生の修行のための屋敷なのか疑問に思ってしまうことも仕方のないことだろう。


先ほどまでいた武道場から、歩いて移動するには結構な距離があると思われる、学園に直通の転送魔方陣が設置されている場所にも、ほんの少し歩いただけで到着してしまう。学生寮に入る必要がないというのもうなづける話だった。


そして、あっという間に転送魔方陣の前まで到着した。


そこにある転送魔方陣は普段屋敷内を移動するのに使っている転送魔方陣とは明らかに作りが違うものだ。普段利用している転送魔方陣は文字通りそのまま平面に対して置かれているものだが、目の前にある転送魔方陣はそれらとは違って門のような形をしている。


門型の転送魔方陣、通称を転移門という。転移門は通常の転送魔方陣では届かない距離を移動するのに利用される。これを使うということは、これから通う学園は屋敷から結構離れた場所に立地しているということだ。


「ここが学園につながっている転送魔方陣です。といっても私もこれを使うのは初めてなんですけどね。」


未玖さんはそういうと肩に下げていたポーチからカードを取り出した。


「一応屋敷の外につながっている魔法陣ですから鍵がないと利用できないので、なくさないように気を付けてくださいね。」


そう言うと未玖さんは俺にカードキーを手渡した。


「ありがとうございます。」


「どういたしまして。では、行きましょうか。」


あくまでカードというのは持っているだけで機能するようで、未玖さんはそのまま転移門を通り抜けていった。


受け取ったカードを俺はポケットの中に入れると、未玖さんに続いて転移門をくぐった。




転移門の内側に入ると、そこには星屑を散りばめたかのような瑠璃色に彩られた幻想的な光景が広がっている。目にしたものを例外なく圧倒するこの異界の名は星幽界と呼ぶらしい。それにちなんで転移門は星幽門なんて呼ばれたりもする。


詳しいところは知らないのだが、この空間の正体は次元と次元の狭間に位置する境界と俺は教えられた。本来境界とはあらゆる場所に存在しているのだが、普通はそれを知覚することはできない。言ってしまえば境界とはあらゆる空間に遍在する無限だ。


単純な話、人間は目の前に無限そのものと言える現象が存在していたとしても、それを無いものとしてしまう。つまり、認識することが出来ないのである。


転送魔法とは、空間に存在している無限を限りなく無限に小さくなるように干渉することで転移を可能にしているのだとか。


つまり、今目の前に見えているこの瑠璃群青は無限が無限大に小さくなるというよくわからない性質を得たことで、人間にも見えるようになったということである。


普段の俺が使っているような転送魔方陣も同様の原理の魔法らしいが、転送距離が短い場合は飛び越える境界密度も軽微で済むため、転送魔方陣からその場を動かずとも一瞬で目的地へとたどり着ける。



正直なところよくわからないが、とにかく、境界密度がどうとやらで、転移門を通過する際に少しだけ徒歩で移動する必要があるらしい。


転移門さえあれば地球の裏側まですぐに行けると思うかもしれないが、実のところそこまで転移門は便利な魔法じゃない。


まず、規模が大きくなればなるほど必要な魔力が爆発的に膨れ上がっていく。そして転移門に使われる魔力は、ある特殊な素材から生成される魔力燃料で賄われており、維持するのにもそれなりに金銭がかかるのだ。


はっきり言ってよほどの金持ちじゃない限り転移門なんて設置しようなんて思わないし、屋敷内に何箇所も設置している師匠が頭がおかしいくらいにブルジョワなだけだ。


さらに、あくまでももしもの話ではあるが、テロリストが悪用する可能性もあるため、その対策にも金がかかる。


このようなことから、庶民で転移門を利用できる人はまずいないのである。


移動手段ではなく、鑑賞するために観光客が利用するという使用方法のほうが遥かに使われているのではないだろうか。


こうして、毎日の移動に使えるというのはかなり贅沢な話だ。


師匠の弟子様々だ。そんなことを思いながら俺は転移門を抜け、星幽界を後にした。


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