第7話 膝枕
ずきり。腹部に感じた痛みで俺は目を覚ました。
(そうだ、師匠にやられて…。ああ、気絶してたのか)
直前の出来事を頭の中で一度整理して、俺はそのように結論付けた。
「あ、お目覚めになりましたか。」
何故なのか、俺は声の主を見上げるように仰向けに寝転んでいた。見上げた先には双丘がそびえ立っている。
「えっと、なんで俺膝枕されてんの?」
「先生に頼まれたからですよ。麻宮さん。」
そう言った彼女は至って真面目だとでもいうかのように平静だ。
「師匠が、膝枕を…?」
あまりにも平然と言ってのけたものだから、どう返答すればよいのかと、俺は少々戸惑った。
「いえ、膝枕ではなく治療をです。」
「ええと、ではなぜ膝枕を?」
「嫌ですか?」
「嫌とかそういうことじゃなくて」
「なら問題ありませんね。まだ治療中なので大人しくしていてください。」
未玖がそう言うと、彼女の魔力が揺らめいた。
「アーク・ティオ・バブリス・エリオ・ゼクス・ヴェルサス・ルーブラ」
唱えられたのは水属性の高位回復魔法。
バブリスは水属性の属性句だ。回復魔法は属性を付与せずとも効果を発揮するため、必ずしも属性を付与する必要はない。しかし、治療する部位に属性の付与された魔力が癒着している場合には魔法の効果が弱まってしまうため、出来るのであれば付与することが望ましい。ただ、回復魔法自体が習得難易度の高い魔法であるため、それが可能な魔法使いは一握りだろう。同年代の少女がそれを成し遂げていることに対して、俺は若干のジェラシーを感じずにはいられなかった。
「回復魔法も使えるんですね。」
「ええ、まぁ。お恥ずかしながら、回復魔法はあまり得意ではないので詠唱を破棄することはできませんが。」
さすがにそれは謙遜がすぎるのではないか。俺はそんなふうに思った。
「む、やはり属性融合が魔法の効果を阻害していますね。それなら」
「アーク・ティオ・アスラ・エリオ・ゼクス・ヴェルサス・ルーブラ・アベル」
土属性の高位回復魔法。そして、アベルという聞いたこともない魔法句。体内に感じられる2つの魔法が結びついていくのがわかった。やはりこれは魔法を合成している。
「アベルというのは魔法を合成する魔法ですか?」
「ええ、御名答です。実は天道流の属性融合を現代式詠唱で再現した魔法なんですよ。最近実用化に成功したところなので、使えるのは私と先生と、それから、師範の三人のはずです。」
さらっと、こともなげに彼女は言った。
「じゃあこの魔法は貴方が開発した魔法なんですか?」
「そう言いたいところなんですけど、開発したのは先生と私を含む数名です。最初に予想していたよりも扱いの難しい魔法だったので結果として3人以上は習得できなかったんですよ。とはいっても、今のところは同じ魔法で異なる属性という条件を満たさないと発動できませんけどね。」
まだまだ満足できるような魔法には仕上がっていないと未玖はため息をついた。
「それでも十分すぎるような気もしますけど…。」
「もともとは現代式詠唱と古式詠唱の魔法を合成することを目的として開発することになったので、出来るかはわかりませんけど、それでもいつかは達成したいなと思っているんです。」
「へ〜、すごいですねぇ」
正直なところそれがどれくらい難しいことなのか魔法が使えない俺にはわからなかったが、なんとなくすごそうなのはわかった。
それにしても、知り合いに膝枕をされているというのはなんとも気恥ずかしいものだな。
俺がそんなことを考えていると師匠の声が聞こえた。
「いやぁ、すっかりふたりきりの世界に入っているもんだから、声を帰るタイミングを見失ってしまったよ。あ、どうぞどうぞ、膝枕は続けたままで大丈夫だよ。」
起き上がろうとする間もなく師匠はまくしたてるように言った。
「そうそう。三本勝負ということだったよね?あと一本残ってるけど、やりたい?」
「あー、別にいいですよ。どうせ勝てないので。」
「それじゃあ君は僕の指示通り学校に通ってもらうことになるけど、構わないね?」
「転校となると少し面倒ですけど、そこまで嫌がることでもないかなと。」
「そっかそっか。あ、転校の手続きは既に済ましてあるから……あれ?今日って何日だっけ?」
「今日は5月8日ですよ、先生。」
「え?ほんとに?困ったなぁ。すっかり忘れていたんだけど、君に行ってもらう学校の理事長に今日連れて行くって約束していたんだよ。だから、君にはすぐにでも行ってもらわないといけなくなった。」
全く困っていなそうな顔で師匠は言った。
「というわけだから」
「いや、俺どこに通うことになるかも聞いてないんですけど。」
「それは行ってのお楽しみということで。君が寝ている間に大体は彼女に説明しておいたから。じゃあ、未玖ちゃん、彼に道案内を頼むよ。」
「お任せください。」
「お願いね。じゃ、僕はこれから用事があるから失礼させてもらうよ?学校生活、せっかくだから楽しんでおいで。」
慌ただしい様子で師匠は武道場から出ていった。
「……えっと、じゃあ案内お願いします。」
何故か気まずい気持ちになりながら、俺は未玖さんにそう言った。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。これからは私もそこに通うことになるので。」
悪戯っぽく美玖さんが笑った
「え?」
「では、行きましょうか。」
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