第6話 花舞踊
天道流の詠唱は一般的な詠唱とは形式が異なっている。流派の理想に相応しい魔法を生み出すために独自の詠唱方式をとったからだ。
それは古式詠唱と呼称される詠唱方式に分類される。
現代式詠唱のような画一的なルールがあるわけではなく、魔法ごとの詠唱の法則性というのはバラバラだ。
そもそもの話、現代式に存在している詠唱句というものが存在していない。
それだけではなく、多くの場合、現代式と古式詠唱では、見かけ上の魔法の結果は同じであっても、実際に及ぼしている影響は異なった事象を示す。
例えば、現代式詠唱での火属性魔法は、よほど練度の高い使い手でなければ火という現象として、実際に物体を燃やすということをなし得ないし、水であれ、土であれ、魔法を現象に近づけようとするほど、その行使の難易度は比例していくのである。
代わりに、属性顕現など、現象から切り取られた概念、火属性であれば火という現象の側面的な性質を再現、さらにはそれだけを高めて行使することができる。現代式詠唱とは、現象を切り分けることで魔法として扱いやすく改良された魔法であると言えるだろう。
対して、古式詠唱は現代式とは異なり、属性顕現といったものは存在しない。
詠唱には規則性がなく、変則的であり、さらには魔法を発現させるための難易度が桁違いに高い。
使い手が未熟であっても、発現させるだけなら容易な現代式詠唱とは異なり、古式詠唱では発現させるために魔法使いとして高水準な魔法制御力が要求される。
しかし、そうなるのも無理はないのだ。
現代式詠唱は概念の切り取りであるとは説明したが、古式詠唱は概念を一切切り取ることなく、ありのままを捉え、それを魔法によって再現するという形式の詠唱である。
つまり、魔法を現象に近づけるというよりも、現象そのものとして魔法を扱うことを根源に置いていると言える。魔法は現象に近づくほど難しくなるといったように、現象そのものを再現するのであればその比ではない。
つまるところ、これまで現代式詠唱しか行使していない師匠は全く本気を出していないのだ。
(来るっ…!)
師匠の魔力の気配がこれまでとは比べようにならないほどに広がった。
『雷花の炎舞』
師匠がその言葉を発した瞬間、師匠の体は音を置き去りにした。
「ぐっ…。」
反応できたのは偶然か、それとも奇跡か。
瞬きする間もないほどの僅かな時間で師匠は俺の前へと移動し廻し蹴りを放った。
だがしかし、結果として受け止めたのは判断ミスだった。バチリ、と電撃のような音で師匠の右脚が朱光を弾けさせる。
凄まじい熱と体が痺れるほどの衝撃を受けながら、俺の体は後方へと弾き飛ばされた。
魔力暴走の魔法防御を超えてなお、師匠の熱は俺の右腕を火傷させた。
雷花の炎舞。火属性と雷属性を融合させるという、現代式詠唱ではなし得ない、2つの属性による身体強化魔法である。
属性融合、それは古式詠唱だからこそなし得た奇跡の技だ。あの朱い電光は雷であり、炎でもあるのだ。
本来であれば、この魔法は長ったらしい古式詠唱を用いなければならないのだが、師匠ともなればその魔法に刻まれた銘を呼ぶだけで発現を可能とする。
『光風霽月』
師匠は魔法を維持しながらさらなる魔法を発現させた。右手から師匠が天井へと向けて2つの光球を放出する。
一つは太陽のように眩しく、もう一つは日中に見かける月のようだ。
辺り一帯に暖かな風が吹き、俺の荒々しく猛る魔力を優しく包み込んでいく。
光風霽月は光と風の属性融合であり、魔法の発動範囲内を支配する環境魔法だ。
聞いたところによれば、この魔法の影響下では幻術などの術者以外の認識を書き換える魔法の類は一切無効化されるらしい。
らしい、というのも、門下生の間で時折話題になることはあっても、実際行使されるのを見たのはこれが初めてだからだ。
ただ、俺がこの魔法について分かったのは、この環境魔法の影響下では魔力暴走は弱まるということだけだ。本来は幻影魔法に対する魔法なんだろうが、それを無効化するための原理が、魔力暴走に対しても効いてしまうようだ。
厄介な、俺はそう思いながら、さらに魔力を暴走させた。
勢いを増すほどに、制御が出来なくなる、まるで今にも爆発するのではないかという危うい魔力の流れに、我が事ながら冷汗が流れた。
「それでいい。」
師匠は何かに納得している様子でそう言ったが、こちらとしては結構ギリギリなのでふざけるなという気持ちになった。一泡吹かせることができるだろうか。
なんとかされそうだなぁという、湧きあがった雑念を無視して、俺は師匠に再度魔力を叩き込むべく、武道場を駆けた。
「うおおお!」
最早体の内側では制御することが出来ないほどに膨れ上がった魔力を、肉体に留めることなく、垂れ流しにしながら俺は拳を思い切り振るう。
それを師匠は無駄な動きのない足さばきによって最小限の動きで躱し、続けざまにカウンターを狙う。
それを避けれるほどの技量はまだ俺にはない。
だから、もしかしたらという直感で漏れ出る魔力に加えて、さらに魔力を解き放つ。
魔力を放つという動作だけなら誰にも負けない自信があった。
それがどういう結果を及ぼすのかということは何も考えずに、ただ愚直にそれを行った。
そして、その賭けは俺に軍配が上がった。
師匠が纏う雷花の炎舞の魔力と、俺が放出する魔力とがぶつかり合っている。
本来魔力とは実体化をし、その上で魔法として発現することで初めて世界に対して影響力を発揮するようになる力だ。
俺の魔力は実体化こそしているが、魔法にはなっていない。
言ってしまえば力業で魔法に対抗しているのだ。
「ははは、さすがにこれは驚いた。」
師匠は苦笑しながら魔力の奔流を受け流した。
「まだまだ余裕そうですねっ!」
がむしゃらに魔力を吹き出しながら、後先考えずに出鱈目に増していく膂力を惜しみなく発揮し、距離をとった師匠へと襲い掛かる。
一撃、二撃と当たればきっと大けがをするだろうなというパンチを師匠は危うげながら、それでも余裕な態度を崩さずに躱していく。
さらに、ただ躱すだけではなく、師匠はパンチをした俺の腕に向けて、属性融合による痺れを伴った燃焼をまるで蜂が刺すかの如く、的確でいて繊細な技の冴えをもってお見舞いした。
攻めているのはこちらのほうであるはずなのに、一手ごとに追い詰められていく感じに俺は身震いした。
魔力流しをしようにも、当たらなければ師匠に対しては決定打にならない。
完全にジリ貧だった。
「うん、やっぱり君ならこの技を受けても大丈夫そうだね、」
「は?」
一体何をするというのか。嫌な予感が頭をよぎった。
俺のパンチを避けながら師匠は何やら説明を始める。
「雷花の炎舞は強力な身体強化魔法だけど、あくまでこれはある技の下準備に過ぎない。これを発現させたうえで、雷でありながら炎でもあるという状態を極限まで高める。その状態で魔力を込めながら掌底を放ち、それがぶつかる寸前に一息に魔力を前方へと流し込む。魔力による抵抗を雷炎によって削り、その直後に繰り出される、身体強化魔法によって高められた掌底をお見舞いする。」
「まさか、俺にそれを使うつもりですか?」
きっと師匠の言う通り大丈夫ではあるのだろうが、この説明を聞いて必死にならない人間がいるだろうか。俺はこれまで以上に師匠に攻撃を仕掛ける。
「まぁ、そういうわけだから、いくよ」
「ハハ・・・。」
絶対に避けられないのを悟って、俺は攻撃を諦め、受け身をとることに全神経を集中した。最早乾いた笑いしかでなかった。
『花舞踊』
それは師匠が説明したとおりに俺の魔力抵抗を轟音とともに消し飛ばした。
ただ、幸か不幸か、消し飛ばされようとも、魔力暴走によってすぐに魔力抵抗は回復した。
しかし、回復したとは言っても、最低限その掌底を受けても軽いけがで済むだろうという程度だ。ただ、気休めにはなるだろう。
そして、掌底が俺の腹部の中心を打ち抜いた。
なんとか後方に飛ぶことによって威力を殺したが、あまりの痛みに俺は自分が気絶するだろうということを悟った。
やっぱり、師匠の言うことは聞くもんじゃない。そう思いながら俺の意識は途絶えた。
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