第4話 二重顕現
大地の化身、それは土属性の「属性句」だ。先ほど未玖さんが唱えた大地の子という属性句よりも強い効果を発揮するが、その代わりに魔力のコントロールが格段に難しくなるというデメリットがあるより上位の魔法使いしか使えない強力な詠唱句だ
さらに、これはただの属性詠唱ではない。師匠が行ったのは身体強化魔法の属性転換。それも属性句を一言唱えただけで成立させたのである。それは俺の行っている属性顕現よりも遥かに難易度の高い技術だ。
属性の魔力を伴った状態で魔法を行使するのはそれほど難しいことではない。しかし、既に魔法として発動してしまったものの属性を変更するのは並大抵の技量では実現できない。
少なくとも、今の俺では同じことをすることはできない。
俺にもいつかはできるだろうか。拳が師匠へとたどり着く一瞬、俺の脳裏にかすかな思考が走った。
そして次には俺の拳は師匠の鳩尾に迫った。
各日に入ったと思われたその一撃はあえなく師匠の掌に受け止められてしまった。
まだまだ本気であるとは言えないが、それでも全力の一撃だった。しかし、師匠は俺の全力を受け止めながらも一切表情を崩さない。そして、何も痛痒も感じていないような瞳と目があった。揺らぐことのない双眸は不動の神を思わざる。
(全力だったのにびくともしない。これは土の堅牢か。)
堅牢、それは土属性の属性顕現の一つ。読んで字のごとく、魔法に堅牢さを与える特性を持つ。障壁魔法であればあらゆるすべてを防ぐ鉄壁と化し、それが身体強化魔法であったのなら、あらゆる攻撃を受け止める頑丈さを与える。
さらに、土属性は雷属性に対して無類の強さを誇る。それは属性相克と言われる魔法の相性。よほど魔力に差がない限り、雷属性は土属性の魔法に対して弱い。
師匠が俺の拳を無防備に受けたにも関らず平気な顔をしているのも、属性相克によるものだろう。それに加えて、土の属性顕現である堅牢の効果もあり、俺の打撃によるダメージをほとんど無効化されているのだ。
防がれたことが分かった俺はすぐさま師匠との距離をとろうとした。
後退しようとして両足に力を込めるが、後ろに下がることができたのは3メートルほどだった。
明らかに身体の動きが鈍いが、とっさのことに俺は対応できなかった。
そのまま師匠は俺に追撃を加え、俺の胸に掌底を叩き込む。咄嗟に両腕をクロスして受け止めるが、あまりにも思い一撃に身体は宙を舞うようにして吹き飛んだ。
(これは堅牢に続いて束縛…。土属性の二重顕現か。)
文字通りの力を持つ堅牢に、相手の身体能力や魔力などを低下させる束縛。2つの属性顕現を師匠は魔力を乱すことなく使いこなしていた。
二重顕現、2つの顕現を同時に行使する属性顕現の秘奥。俺は雷の属性顕現をそれぞれ行使できるが、2つ以上同時に行うことはできない。
二重顕現に関しては、それを扱えるようになるために修練に励んでいるため、それがどれほどでたらめな技術なのかは肌に触れるように理解できた。
「束縛と堅牢。たしかに、厄介な性質だ。でも」
俺にとっては越えられない魔法じゃない。
「此方に宿りて顕現しろ」
唱えると同時に雷の魔力が体内を夥しく駆け巡り、俺の全身を捕らえていた土属性の魔力と拮抗する。
普通なら土属性の魔力に対して雷属性の魔力では相性が悪い。隙を見て他の属性に切り替えるか、魔力をニュートラルな状態に戻す必要がある。
しかし、美玖さんが結界を融合させたように、俺にも奥の手がある。
魔力暴走のせいで満足に魔法も使えなかった頃に副産物的に生み出された俺にしかできないオリジナルの魔法だ。
「雷の子よ」
属性句の"過剰詠唱"。本来なら詠唱に同じ詠唱を掛け合わせようとしても既に完成されている詠唱効果が持続されるだけで何も効果はない。
しかし、俺の場合魔力暴走という魔力が不安定だった時期に偶然詠唱を重ね掛けすることに成功したのである。
二度詠唱することで無理やり安定させていた属性の詠唱が、魔力を制御できるようになったことで進化した、現状俺の最強の奥の手である。
この技法には属性の相性など通用しない。
師匠が土属性の身体強化を使ってみせたのは、俺にこれを使ってこいという誘いだ。
魔力暴走に耐え抜いた俺の体は常人を遥かに凌駕する頑強さを身に着けたが、過剰詠唱による属性顕現を使用は無視できないほどの負担がかかるのである。
今でこそ全身がひどい筋肉痛になる程度で済んでいるが、初めて過剰詠唱状態になった時は身体のあちこちの骨にヒビが入ったり折れたりした。
なのであまり使いたくないというのが本音であるのだが、師匠相手でもなければこの力を試すことはできない。
俺も魔法使いの端くれであるのだから、そのちょうどいい機会を逃すことは絶対にできなかった。
詠唱を増やせば負担も増えるが、その分身体能力は爆発的に強化される。
増幅された身体能力に物を言わせ、師匠の追撃をすんでのところで躱し、俺は拳に雷の魔力を集中させた。
溢れんばかりの雷の魔力が一点に凝縮されて、途方もない存在感を放つ。
その魔力の流れは暴走した魔力によく似ていた。
しかし、俺の手によってその魔力は完全に制御され、かつての魔力暴走とは似て非なるものだ。
無差別に周囲を破壊した魔力暴走とは違い、その暴虐は触れたもののみを蹂躙するのである。
俺の使える魔法の中でも周辺の被害を減らしつつ、絶大な威力を放つことができる貴重な魔法だった。
その魔法を俺は師匠に一泡吹かせてやるつもりでその一撃を全身全霊を込めて振るった。
さすがの師匠と言えども雷属性で過剰詠唱を行った俺の速さには反応できずに、ガードも間に合わずに吹き飛ばされた。
俺は続けざまにさらなる一撃をお見舞いしようと、吹き飛んだ師匠に接近するが、師匠の素早いリカバリーによって躱されてしまった。
速さでは俺の方が明らかに上だったが、戦闘経験の差で師匠に軍配が上がるということだろう。
師匠は速さで劣りながらも、たった一撃を受けただけで俺の動きを見切っていた。
2撃、3撃と続けざまに師匠に追撃を書けるが、彼は俺の動きを先読みすることで対応した。
この状態ではうまくフェイントをかけることが出来ないから、却ってどう動くのかを読みやすいのかもしれない。
けれど、そんなことには構わずに、師匠に新たな魔法を使わせまいと、俺は素早さを活かして猛攻を続けた。
電光石火の勢いで続けられる俺の猛攻に、さすがの師匠もすべてを捌き切ることはことはできなかった。
雷属性を使えば使うほど、素早さを増していく俺の動きに師匠の反応が遅れたのを俺は見逃さなかった。
ここぞというときのために溜め込んでいた濃密な雷属性の魔力の全てを込めて師匠に全力の拳を打ち込んだ。
普通なら致命傷になっても不思議ではない強力なパンチだったが、師匠は吹き飛ばされても倒れることなく華麗に着地した。
「やるじゃないか。」
師匠は笑みを浮かべながら、構えの姿勢をとった。
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