第4話 二重顕現 編集中

アスラ、それは土属性の「属性句」だ。そして師匠が行ったのは身体強化魔法の属性転換。それも属性句を一言唱えただけで成立させたのである。それは属性顕現よりも遥かに難易度の高い技術だ。


魔法の詠唱には順番というルールが存在する。魔法の属性を指定する詠唱の順番は3番目だ。


師匠のような熟練の魔法使いは詠唱を省略することが多いが、本来は属性の指定を行う詠唱句を唱えるよりも前に詠唱しなければならない詠唱句が2つあるのだ。


一番目は眠っている魔力を活性化させる詠唱句。


二番目は魔力の実体化を行うための詠唱句だ。


魔法を使う前提として、魔力が世界に影響を及ぼすためには、魔力自体が実体化していなければならない。さらに、魔力を実体化するためには普段は体の中で休眠状態で蓄えられている魔力を活性化させる必要があるのだ。これらの重要な魔力の操作を行いやすくするのがこの2つの詠唱句であり、併せて起句と言う。



詠唱句の順番を守らなければならない理由は、それに従わずに順番を無視したときに魔法の制御が上手くいかなくなってしまうからである。ルールを従うことで魔法は行使しやすくなるというわけだ。


詠唱破棄や無詠唱はそのルールから逸脱した手法であるため、魔法の発現が難しくなるのは当然の結果である。だからこそ、詠唱破棄という技術は習得が難しい。無詠唱となればもっとそうだろう。


ただ、いくら詠唱破棄が出来るとは言っても、既に発動している魔法を引き継いだうえで属性を変えるということは困難な芸当だ。普通だったら魔力の制御が上手くできずに暴走してしまうだろう。加えて、失敗すれば既に発動できていた魔法まで霧散してしまうはずだ。だから、熟練の魔法使いでも属性を転換させるときは、再び魔法を発動しなおすのだ。


しかし、眼の前で実演してみせた師匠を見るに、困難であれど不可能ではないのだろう。



俺にもいつかはできるだろうか。拳が師匠へとたどり着く一瞬、俺の脳裏にかすかな思考が走った。


そして次には俺の拳は師匠の鳩尾に迫った。




各日に入ったと思われたその一撃はあえなく師匠の掌に受け止められてしまった。

まだまだ本気であるとは言えないが、それでも全力の一撃だった。しかし、師匠は俺の全力を受け止めながらも一切表情を崩さない。そして、何も痛痒も感じていないような瞳と目があった。揺らぐことのない双眸は不動の神を思わざる。


(全力だったのにびくともしない。これは土の堅牢か。)



堅牢、それは土属性の属性顕現の一つ。読んで字のごとく、魔法に堅牢さを与える特性を持つ。障壁魔法であればあらゆるすべてを防ぐ鉄壁と化し、それが身体強化魔法であったのなら、あらゆる攻撃を受け止める頑丈さを与える。


さらに、土属性は雷属性に対して無類の強さを誇る。それは属性相克と言われる魔法の相性。よほど魔力に差がない限り、雷属性は土属性の魔法に対して弱い。


師匠が俺の拳を無防備に受けたにも関らず平気な顔をしているのも、属性相克によるものだろう。それに加えて、土の属性顕現である堅牢の効果もあり、俺の打撃によるダメージをほとんど無効化されているのだ。


防がれたことが分かった俺はすぐさま師匠との距離をとろうとした。


後退しようとして両足に力を込めるが、後ろに下がることができたのは3メートルほどだった。


明らかに身体の動きが鈍いが、とっさのことに俺は対応できなかった。


そのまま師匠は俺に追撃を加え、俺の胸に掌底を叩き込む。咄嗟に両腕をクロスして受け止めるが、あまりにも思い一撃に身体は宙を舞うようにして吹き飛んだ。


(これは堅牢に続いて束縛…。土属性の二重顕現か。)


文字通りの力を持つ堅牢に、相手の身体能力や魔力などを低下させる束縛。2つの属性顕現を師匠は魔力を乱すことなく使いこなしていた。


二重顕現、2つの顕現を同時に行使する属性顕現の秘奥。俺は雷の属性顕現をそれぞれ行使できるが、2つ以上同時に行うことはできない。


二重顕現に関しては、それを扱えるようになるために修練に励んでいるため、それがどれほどでたらめな技術なのかは肌に触れるように理解できた。



「束縛と堅牢。たしかに、厄介な性質だ。でも」


俺にとっては越えられない魔法じゃない。


「アルテ」


唱えると同時に雷の魔力が体内を夥しく駆け巡り、俺の全身を捕らえていた土属性の魔力と拮抗する。



放出句に属する《アルテ》は魔力を体内に魔力を循環させる効果がある。



単に魔力を全身に巡らせただけなら師匠の束縛から逃れることは不可能だ。それに加えて、今俺の身体にある魔力は雷属性だ。


土の魔力は雷の魔力に優越する。土の魔力の影響を強く受けた状況で雷の魔力を循環させるというのは悪手だ。


属性優劣というのは魔法戦において忘れてはならない鉄則。


しかし、今回俺はその鉄則を敢えて無視した。


美玖さんが結界を融合させたように、俺にも奥の手がある。


魔力暴走のせいで満足に魔法も使えなかった頃に副産物的に生み出された俺にしかできないオリジナルの魔法だ。


「サンドラ」


属性句の"過剰詠唱"。本来なら詠唱に同じ詠唱を掛け合わせようとしても既に完成されている詠唱効果が持続されるだけで何も効果はない。


しかし、俺の場合魔力暴走という魔力が不安定だった時期に偶然詠唱を重ね掛けすることに成功したのである。


詠唱したときに発動しなかったと勘違いしてもう一度詠唱していなければ実現することはなかった技法だ。


二度詠唱することで無理やり安定させていた属性の詠唱が、魔力を制御できるようになったことで進化した、現状俺の最強の奥の手である。


この技法は属性の相性など通用しない。


師匠が土属性の身体強化を使ってみせたのは、俺にこれを使ってこいという誘いだ。


魔力暴走に耐え抜いた俺の体は常人を遥かに凌駕する頑強さを身に着けたが、過剰詠唱による属性顕現を使用は無視できないほどの負担がかかるのである。

今でこそ全身がひどい筋肉痛になる程度で済んでいるが、初めて過剰詠唱状態になった時は身体のあちこちの骨にヒビが入ったり折れたりした。


なのであまり使いたくないというのが本音であるのだが、これを使わなければ万が一にも師匠に勝つことはできないので、背に腹は代えられないのだ。



詠唱を増やせば負担も増えるが、その分身体能力は爆発的に強化される。


増幅された身体能力に物を言わせ、師匠の追撃をすんでのところで躱し、俺は拳に雷の魔力を集中させた。


溢れんばかりの雷の魔力が一点に凝縮されて、途方もない存在感を放つ。


その魔力の流れは暴走した魔力によく似ていた。


しかし、俺の手によってその魔力は完全に制御され、その秘められし暴虐の一切を漏らすことはない。


その暴虐は触れたもののみを蹂躙するのである。


俺の使える魔法の中でも周辺の被害を減らしつつ、絶大な威力を放つことができる貴重な魔法だった。


身内に向けて使っていいような魔法ではなかったが、俺は師匠に一泡吹かせてやるつもりでその一撃を全身全霊を込めて振るった。




俺もあちらもまだまだ本気ではないとはいえ、本気を出さないままに負けてしまうというのはあまりにもカッコ悪い。


それに、俺にだって切り札くらいあるのだ。模擬戦などでは危ないから使ったことはないが、師匠なら大丈夫だろう。


「ししょ〜〜っ!あれ使っても良いですか〜??」


大声で俺は師匠に一応許可を求めた。


「僕なら全然構わないよ。」


師匠は卓越した魔力操作で俺の耳まで自然な大きさの声を送り届けた。


許可を得た俺は放出句アルテによって体の内側に留められている魔力に意識を集中した。


あくまで放出句は補助の詠唱であって、使わなくても魔法は発動できるし、極論ではあるが、難易度は上がるものの体内に魔力を留める《アルテ》を使おうとも結界魔法などの体外に魔力を集中させる魔法を扱うことだって可能だし、身体強化魔法を体の外側に魔力を放出する《ヴァトス》を詠唱して行使することもできる。


あくまで放出句とは魔力の操作をしやすくするためのものでしかない。


しかし、俺にとってはまた少し意味合いが違った。






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