第3話 師弟対決
拳を向けあっただけだが、そこに生じる緊張感は一瞬前とは比べ物にならない。
師匠は軽く構えているだけなのに、全く隙が窺えなず、勝てるヴィジョンは全く浮かばない。
どう攻めるか考える。集中が徐々に高まっていく。先手を取るか取らないか。取られたらどう対処するのか。それを深く頭の中でイメージしていく。この勝負に始めの合図というものはない。普段から稽古では合図を用いない。
先に回るかも、先をとられるかも、すべては己の意思次第で決まる。
数秒、あるいは数十秒のにらみ合いの末に、俺は先手を選び取った。
「たあああああああ!」
声を上げることで意識と肉体の統一を図りながら、俺は師匠に向かって思い切り飛び掛かった。
数十メートルは離れていたが、2,3度の踏み込みで師匠の下へと届かせた。
俺の振りかぶった拳を師匠は素早く左によけることで躱しながら言葉を発した。
「身体強化もなしにその身体能力か。」
その見事な回避に対して俺は一切反応をせず、加速していた体にブレーキをかけることなく前へと飛んだ。
「やはり君は凄まじい。」
初撃は必ず躱すだろうと考えていたから、動揺は欠片もない。
ただ、余裕綽々と言葉を発する師匠に俺は小言の一つでも言ってやりたくなった。
しかし、俺には当然そんな余裕はないため、代わりに俺は詠唱を行った。
「魔力よ 励起しろ」
魔力の込められた声に反応し、体内の眠っていた魔力が活性化した。
体内で魔力が爆発的に膨れ上がり軽く脳が万能感に支配される。
しかし、そこに生じた隙を見逃す師匠ではない。
ただの一言もなく背後にいる師匠の魔力が高まり、その気配が強まった。
「器の限界を凌駕せよ」
後ろから師匠の声が耳を掠めた。
詠唱破棄、師匠はほとんどの詠唱を無視して魔法を発動した。
身体強化魔法の詠唱をたったの1句で詠唱を終えることは普通ならできない。
勝負とは一瞬の喰らい合いだ。どれだけ早く詠唱を終えることが出来たか、アドバンテージこそが勝敗を左右する。
このままでは背後で師匠の拳を受けることになることを想像した俺は、全力で師匠がいる背後に体を振り向かせる。
「行くよ」
その言葉とともに、師匠の拳が最小限の動きで俺の胸部へと迫った。
無防備に受ければただでは済まないような重たい打撃だ。
余りの素早さに回避をする余裕はなく、直接受けるしかない。
だから、俺は師匠の拳を受け止めることを選んだ。
「封を解け」
それは俺の魔力を実体化させる詠唱。
俺は魔力の暴走を抑えるために、魔力が実体化しないように封印を駆けている。
だから、活性化した体内の魔力をそのまま使おうとしてもそのままの状態ではあらゆる一切に影響を及ぼすことはできない。だから、魔力を活性化させた後に封印を解くという余計なプロセスを踏まなければならない。
しかし、俺の莫大な魔力は魔法として使わなくとも魔法が如き力を発揮できるほどに濃密だ。
詠唱によって封印を解くと、たちまち俺の中で魔力の気配が、存在感が高まったのが分かった。
封印状態では受けれなかった一撃も、今なら受け止めきれるだろう。
そして、師匠の右こぶしを勢いを殺す動作をしながら左腕で受け止ながし、寸前で後ろへと送っていた右腕を全力で前へと振りかぶる。
それと同時に、俺は詠唱を口にした。
「雷の子よ」
俺は魔力を雷属性へと変換させる属性句を唱えた。
通常の魔法使いならこの先に更に詠唱を続けなければならない。魔力に属性を与えられただけでは余り強い効果を発揮することはできないからだ。
属性を与えた魔力を用いた魔法を発動させることではじめて強力な効果を得る
しかし、これはただの一般常識だ。
かつて、自らの身体にさえ危険を晒した俺の魔力は、ただの属性詠唱であっても、魔法と言っても遜色ないほどの威力を発揮する。
雷の魔力が俺を起点として広がり、周囲に迸る。その存在感に身体が軽く全能感に支配される。
しかし、それだけでは終わらない。属性を付加したさらにその先を俺は目指す。
それは、属性に秘められた特性を顕現させる技術。属性顕現。
雷であれば、「殲滅」、「支配」、「超越」
その顕現特性はどの属性よりも攻撃的な性質を持つ。
その特性を俺が顕現させたとき、それは身体強化魔法を使わずとも、身体能力を大幅に向上させる。
「うおおおおお」
そして、俺は雷属性の特性を顕現させる。
俺が顕現した雷属性の性質は「超越」
あらゆる限界を強制的に突破する性質であり、雷属性の顕現である「超越」が肉体に作用した場合、筋力や反応速度などに関するあらゆるリミッターが外れることになる。
何倍にも膨れ上がった身体能力によって、振りかぶっていた拳に込められた力が膨れ上がり、時間が遅くなったかのように、世界がスローモーションに見える。自分だけがその世界で動けるという錯覚。
俺はその高ぶる精神を静めることなく、師匠に向けて最大の一撃を放つ。
_____捕らえた…!
俺の拳が師匠の腹部へと当たる直前、刹那の時に師匠は声を発した。
「大地の化身」
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