第2話 霹靂の間

霹靂の間は緩衝結界が用いられた本気の試合をするときに使われる武道場だ。


緩衝結界が用いられる試合場は一般的にはそれほど珍しくないものの、霹靂の間に使用されている結界は質からして段違いだ。国が定める基準では試合場には七重連結ななえれんけつの緩衝結界を設置していることが安全を考慮した上での最低基準である。大抵はそれよりも少し増えた十重連結とえれんけつが用いられることが多い。


実際に目にしてみれば分かるのだが、火や水の性質が加えられた結界が干渉することなく維持されているというのはある種芸術的なものだ。


その飴細工のような繊細さを可能としている技術が、連結と呼ばれる技術である。


連結とは、簡単に説明すれば同種の魔法を打ち消し合わないように重ね合わせるという技術だ。


その効果は単純無比で、結界であれば一つ重ねるだけでも合算以上の強度の増大が生じる。


十重連結ともなれば比べるのも烏滸がましいと思えるほどに、結界強度が桁違いのものに引き上げられる。


そしてなんと、霹靂の間の結界はそれよりも更に数の多い十五重連結の結界だ。


俺自身、十重連結が壊れるのを見たことはあるが、十五重連結は一度もない。普通は壊れない結界を平然と破壊する天道流の面々にはこれくらい念押ししたものではないと使い物にならないということだろう。


正直に言えば頑張れば壊せそうだよなあと考えてしまうのは天道流の思想に染まりすぎてしまったからだろうか。


だが、実際にそれをできないのは結界一つはじけ飛ぶだけで莫大な修理費用が掛かるためだ。


結界の保守運用にかかる費用はできれば考えたくないくらいに莫大なものになっている。


一度興味本位で十二連結の結界をぶち破った際に修繕費用を師匠から見せつけられたのは今でも残る苦い思い出だ。たぶん普通に働いたらあれは絶対に返せない金額だった、霹靂の間に続く廊下を歩くたびに妙な罪悪感に襲われるのはきの性じゃないだろう。


霹靂の間に入ると、純白の道着を纏った少女が正座をし、部屋の中心にて座禅を組んでいた。


「あれ?どうやら先客がいたみたいだね。」


師匠がそう言うと、正座をする少女の瞼が薄っすらと開かれた。


「師匠、それと朝宮くんですか。」


「邪魔だったかな?」


「いえ、本来ここは試合うための場所。今、場違いであるのは私の方ですから。それに、弟子が師匠の意を汲み取ることは義務のようなものです。察するに、朝宮君と試合をするためにこちらにおいでになさったのでしょう?良ろしければお手伝いをさせていただいても?」


「未玖は相変わらずだね。なら、結界の用意をしてくれないか。」


師匠がそう言うと、少女は立ち上がり「お安い御用です。」とドヤ顔で返事をした。


未玖と呼ばれた少女は俺と同じ日に弟子入りした、いわば同期生だ。顔を合わせれば雑談に興じるくらいの仲であり、また、師匠からよく雑用を押し付けられていることもあるため、俺は彼女に対して妙な親近感を抱いている。ただ異なるのは、彼女が率先して師匠の雑用をこなしていることだろうか。


未玖がゆっくりと一呼吸すると、その場に魔力の活性化した気配が漂った。


「アスラ・エリオ・ゼクス・クィント」



彼女がそう唱えると、たちまち周囲に結界が張り巡らされた。

魔法を使うには余程精通していない限り、詠唱が欠かせないのだが、修練を積むことで一部の詠唱を省略できる。それを詠唱破棄と呼ぶのだが、彼女は当たり前のようにそれを行った。

詠唱と結界の色から察するに彼女が使ったのは土属性の結界魔法だろう。

完成度の高い属性結界にはその属性特有の色が表れるのだ。

土属性の場合は黄色。それも彼女の結界は非常に色がはっきりしているから、よほど高度な結界を構築したのだろう。俺はさすがに師匠の雑用、じゃなくて、師匠が目をかけるだけはあるなと感心した。


以前目にしたときよりも結界の強度が大幅に向上しているのが見て取れた。


「ワルド・エリオ・ゼクス・クィント」


彼女の詠唱は続けられ、黄色の結界を覆うように、あるいは重なり合うようにして、漆黒に染まった闇属性の結界が展開される。結界の二重連結。異なる属性の結界を束ね、反発させることなく制御下に置く、結界魔法の極致。もはや見慣れたものであるとはいえ、彼女ほどの若さでこの魔法を構築するのは畏怖を抱かずにはいられない。魔法使い自らが構築する二重連結は魔法具で構築する十重連結の強度に匹敵するのである。


結界をぶつかり合わないようにして2つ発現させる結界魔法の二重行使は魔法使いとして1人前と呼ばれるようになったとしても実現が難しいのだが、その先を行く二重連結ともなれば言うに及ばない。それを若干17歳の少女が涼しい顔をして実現する光景は、魔法使いであるならば拍手の一つでも贈りたくなるだろう。


「アベル」


それは俺の知らない詠唱呪文だった。一体なんの呪文だろうかと俺は疑問に思ったが、その答えはすぐに顕れた。


俺の目の前にあった展開された結界魔法が混ざり合ったのだ。こんな魔法減少見たことも聞いたこともない。俺は説明を求めるようにして師匠の顔を見た。


「結界融合。美玖が研究していた結界連結のその先の魔法だよ。驚いたかい?」


「マジですか…」


彼女の結界魔法が凄すぎるのは知っていたが、自ら新たな魔法を生み出すほどの才能を持っているというのは流石に予想外だった。この結界なら俺の魔力暴走であっても余裕で耐えきれるのではないかという存在感があり、驚愕を禁じ得ない。


美玖さんは暫く結界の様子を確認するような素振りをしてからこちらへと振り返った。


「先生、用意が終わりました。」


「ああ。少し本気を出すから結界の外に下がっていて。」


「分かりました。」


そのまま彼女は一礼すると、武道場の角へと歩き始めた。


俺の隣を横切るときにがんばってくださいと彼女は応援の言葉を口にした。


この試合を彼女が観戦するのかと思うと、少しだけ緊張感が芽生えた。


未玖が結界から出るのを確認すると師匠は言った。


「さて、それじゃあ始めようか。ルールはさっきいったとおり。君が一撃を入れることができたら君の勝利だ。それ以外はいつもの稽古と同じにしようか。」



頷いて見せると師匠は俺から距離をとった。

普段の稽古では互いの距離をとってから開始するというやり方をしている。

実践に審判はいないということで、どちらかが仕掛けたタイミングが開始の合図だ。

いつものルールなら俺が一回、師匠が3回相手の緩衝結界を破壊したら勝利となる。


「いつもどおりの条件でいいんですよね?」


一応俺はルールについて師匠に確認をとった。


「うん、良いのを一撃俺に入れることが出来れば君の勝ちだ。」


「それじゃあ、やりますか。」


「胸を借りるつもりで来なさい。」




両者ともに構えの姿勢を取る







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る