オールドエッジ ~師匠の言いつけで魔法学校に入学することになったけど、学内ランキング最下位ってどういうことですか?~
べっ紅飴
眠れる獅子と海千の蛇
第1話 師匠からの呼び出し
これまでの人生で得た一番の教訓といえば、
彼の稽古はスパルタ式で、日々俺の体には生傷が絶えない。治癒力がどうとかで、大きな怪我以外は最低限の治療しかしない。まさに師匠は修行の鬼だ。
修行と称して俺を呼び出して、様々な無理難題を押し付けることは最早彼の日課といえよう。
今日もまた、俺にはそんな
「行きたくねぇな~...。」
これから何をされるのか、それとも、何をさせられるのか、そう考えると自然と内心が口から溢れてしまうものだ。
しかし、嘆いたところで、俺に行かないという選択肢は存在していない。
少なくとも、これまで彼の言う通りにしていれば着実に強くなることができているからだ。
________それにしても、相変わらず広い屋敷だ。
今、俺の目の前には、どこまで続いているのか見えないほどに横に広がっている塀とその門が佇んでいた。
これを目にするのは実に十数日ぶりのことだ。
久しぶりと言うにはまだ浅いが、それでも屋敷を出てから戻るまでを思い返せば不思議と懐かしいような気分になる。それこそ数カ月ぶりに屋敷へと帰ってきたのではないかと錯覚するほどであった。
________さすがに今回のはしんどかったな。
ここを発ってから戻るまでの日々を思い返して、俺は気が遠くなった。
2週間ほど前のことだ。
いつものように師匠は俺を呼び出すと、開口一番こう言った。
「今回の課題はその袋がいっぱいになるだけ状態が良く保たれているユニコーンの角を手に入れることだ。」
このときは師匠にしては随分と易しい課題だと思っていたのだが、蓋を開けてみればそんなことはなく、これまで課された中でも一番の無理難題と言っても良かった。
というのも、倒したユニコーンから切り取った角は、劣化して使い物にならなくなってしまったのだ。魔眼がそれほど得意ではない俺でもわかるほどに目に見えて角が有する魔力は減っていた。
どうやら、ユニコーンは傷を治癒するのに己の角に溜め込まれた魔力を消費するらしかった。
これでは数は集められても、状態の良い角を集めるという条件を満たせない。
そう考えた俺は、なんとかユニコーンを生け捕りにしようと作戦を練った。
そこで導き出されたのは、身体強化魔法を使ってユニコーンを追い回し、疲弊させて動けなくなったところで角を切り落とすという作戦だった。
休むユニコーンがいればちょっかいをかけ、あまりの執拗な悪戯に怒り狂ったユニコーンからは逃げ、食事をしてれば邪魔をし、眠っていれば起こして回った。
身体強化魔法はもちろん、探知魔法なども駆使し、俺はありとあらゆる手を使ってユニコーンを己の土俵へと引きずり込んだ。
最初は相手にしていなかったユニコーンたちも、最終的には自ら進んで俺に攻撃を仕掛けるようになった。
ときに追われ、ときに追い回しと、両者ともに眠りもせずに続けられた、一体数百の追いかけっ子は、およそ2週間に渡って続いた。
最終的に、もう好きにしてくれと言わんばかりに、数百匹のユニコーンが腹を見せて降参してきたのは武勇伝の一つとして語れるに違いない。
そうした紆余曲折があり、俺は無理難題を達成したわけだが、その反動は大きく、俺は森の奥で三日三晩眠り果てた。その末に漸く人里へと降ったのはまさに昨日のことだ。未だ疲労は抜けず、さすがにしばらくじっくり休息を取るべきだと考えながら予約をした豪華なホテルに向かっている途中で「そろそろ終わると思った」と言いながら、師匠が招集の連絡を寄越してきたときは無言で空を仰がずにはいられなかった。
思い返したことで余計に気が重くなったのを自覚しながら、俺は門戸の前に立った。
その傍らに天道流と書かれた立派な表札があるのは、此処が師匠の屋敷であると共に、師匠が当主を務める天道流の道場でもあるからだ。
門戸を開くと、その中には立派な屋敷がいくつも並んで建てられている。
相変わらず立派な住まいだが、使用人などは最低限にとどめているせいか、人の気配は少ない。
魔力を殺して、気配を断つというのは天道流の基本であるため、ここまで人の気配がしないと逆に誰かが潜んでいるかのように思えてくるものだ。
それにしても、今度は一体何をさせられるのだろうか。俺は胃を少しだけ痛め、戦々恐々しながら、師匠の住まう本邸へと足を運んだ。
本邸の中から薄っすらと感じる魔力の気配を辿り、俺は師匠がいる部屋を探る。
そして、いつもの部屋に居ることを確認すると、俺はその部屋へと向かい、ドアをノックした。
「師匠、俺です、朝宮です。」
「ああ、入っていいよ。」
「失礼します。」
そう言ってから扉を開け俺は師匠の居室へと入り、その前に正座をして座った。
「ユニコーンの角、香波から受け取ったよ。予想していたより質が良くて驚いたよ。」
「まぁ、苦労しましたからね。」
「苦労しなければ課題として与えた意味がない。だけど、それも今回ので最後だ。」
「最後ですか…?」
「ああ。」
師匠が頷いた。
てっきりいつも通りにさらなる課題を命じられるのではないかと身構えていたのに、いったいどういう風の吹き回しなのか。俺は師匠を訝しまずにはいられなかった。
_______それにしても、最後ってどういう意味だ?
俺は疑問に思いながら師匠の言葉を待つ。
「代わりに、今日から君には魔法学校に通ってもらうことになる。」
「学校?俺がですか...?」
予想だにしない展開に俺は戸惑いを隠せなかった。
「ずっと前から決めていたことなんだ。君が君自身の魔力を十分に制御できるようになったら魔法学校へと入学させることをね。」
懐かしむように師匠は目を閉じた。
「でも、今更学校に行けなんて困りますよ。通ったこともありませんし。俺には学校なんて必要ないですよ」
「そんなに嫌なのかい?」
「嫌では、ないですけど。ちょっと…。」
俺は長いこと学校には通っていなかったし、通えない理由があった。幼かった頃、俺の魔力が突然暴走したことがある。それが起こったのは学校の授業中で、校舎は半壊、死人こそいなかったが、怪我人は数多く発生した。
医者によると、魔力増大症という、世界でも極めて発症例が少ないものであり、魔力量が突如として自身の力で制御できないほど急激に増大することで魔力暴走を起こし、強大となった魔力も相まって、周囲に甚大な被害を巻き起こしてしまうというなかなか厄介な代物だった。
治療ができたという事例はなく、薬で魔力を抑え込んだりするなど、対症療法を行うことでしか魔力暴走を抑える術はなかった。
しかし、俺の場合は薬が効くどころか余計に暴走が悪化したために、病院が半壊するなどという大惨事を引き起こしてしまったのである。
そのため、何度か魔法病院をたらい回しになったりと、腫れ物扱いを通り越して危険物のような扱いを受けていた。
実際そのとおりであるのだが、幼い自分はなかなかそんな扱いに傷ついたものである。
最終的にたどり着いたのは病院ではなく、とある研究施設の一室だった。
そこで説明を受けたのは当時はまだ実用化されていなかった魔力を吸い取る魔法具で、魔力を吸い取れば、魔力暴走を抑え込めるかもしれないという話だった。
まだ実験段階にあったその魔法具は一時的に魔力暴走を抑え込むことに成功したが、しかし、日を追うごとに増え続ける魔力を次第に吸い取りきれなくなってしまった。
それでも、研究者たちはトライアンドエラーを繰り返し、何度も魔力を抑えきれなくなるギリギリのところで装置をアップグレードさせていったのだから驚きである。
その甲斐もあって、半年くらいは魔力を暴走させることもなく過ごせていたのだが、寝る間も惜しんで働き続けた研究者たちの体力が俺の魔力の成長速度に追いつけなくなってしまったのだ。
日を追うごとにゾンビのように顔の色が真っ青になってあった研究員たちは、一人、また一人と倒れていった。
とうとう最後の一人となった研究所長もまた顔を真っ青にしながらも装置の改良を続けたが、その過酷な労働に耐えきれずに倒れてしまった。
その研究施設は総合魔法研究局、通称総魔研といったのだが、最終的にその局長が僕の対応をすることになった。
彼は方々に顔が利くらしく、俺の魔力暴走をなんとかできる人物に心当たりがあるらしかった。
その紹介で出会うことになったのが、師匠こと天道宗光だった。
彼は俺が居た研究室に現れると、自己紹介もせずに処置を行い、神業といえるほどの魔力操作によって、いともたやすく俺の魔力の乱れを正してしまった。
局長の見立ては今の魔力量に応じた適切なチューニングがされたために魔力暴走を抑え込むことに成功しているが、魔力量の増大が止まらなければ再び魔力暴走を引き起こすことになるということのようだった。
それを聞いた師匠はこのときに俺が自分で暴走を抑え込めるようになるために弟子入りを提案し、俺はそれに同意した。
それから魔法の研鑽に励むことになるのだが、数年のうちは魔力の暴走を抑え込むことができなかったことや、俺自身あんな事件をまた起こしてしまったらという不安もあり、学校へ再び通うことはなかった。
もはや自分にとって学校と言うのは無縁のものと割り切っていたのだが、いざ、もう一度学校に通わなければならないのかと思うと積極的な気持ちにはなれず、自然と歯切れが悪くなった。
「君が消極的に思うのも無理はない。いくら魔力を制御できるようになったとはいえ君のトラウマが癒えるほどの時間はまだ経っていない。けどねレイジ、君が魔法を研鑽していくのなら、そろそろ暴走を抑えるためじゃない君自身がなぜ魔法を学び研鑽するのかという理由を見つけていくべきだと思うんだ。」
「…。」
どう答えていいのか分からず俺は黙り込む。
「そんなに嫌なら、そうだな...。」
少し考えこむように師匠は目を閉じた。
「一つ試合でもしようじゃないか。勝てたら魔法学校の話は取り消しにしてあげる。」
「実質強制じゃないですか...。」
「そんなことはない。君はもう少し自信を持つべきだな。」
「ハイハイ。で、武道場は空いてるんですか?」
天道流は弟子の数がとにかく多いので、武道場がすべて使われているということが割とあるのだ。
「この時間なら霹靂の間が開いてると思いますが」
「じゃあそこに向かおうか。」
師匠はそう言うと立ち上がり部屋から出ていった。
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