第13話 歌声の衝撃
心結からメッセージを受け取り、怜は図書館の傍のベンチで声もなく微笑んだ。
文学部や経済学部を擁するこのキャンパスにある図書館は、他のキャンパスよりも書籍数が多い。怜のみならず、院生の多くは調べものをする時にこちらの図書館を利用する。
学祭ということで、図書館は通常営業ではない。それをうっかり忘れていた怜は、図書館に入れないことに建物の前で気付いた。折角の学祭だからと気分を切り換えて歩いていた時、まさか響を探す女子高生に出会うとは。
「順平さんなら、きっと僕よりも頼りになる」
呟かれた言葉は、ある種の確信を持って。順平と連絡を取ると、必ずと言って良い程音楽の話になる。そして、響とメッセージをやり取りしたという報告を受けるのだ。
それは七瀬も同じで、怜だけが響を遠く感じている。
最初に響を見付けたのは、怜ではなく順平だった。彼の弟の通う高校の文化祭に行かないか、と誘われたのは開催日の一週間前。特に用もなかった怜は、二つ返事で了承した。
怜、順平、七瀬の三人でバンドを組んでから半年が経過した頃のこと。馴染みの店でライブをすることくらいしか経験していなかったが、それが楽しくて仕方がなかった頃のことだ。
「昼過ぎから、高校生バンドのライブがあるらしいぞ」
「順平先輩、行きたそうですね?」
「まあな。もしかしたら、掘り出し物があるかもしれないだろ?」
「掘り出し物って……。そもそも、高校生を大学生のバンドに入れようっていう魂胆が良くないと思いますけどね」
三年前のあの日、怜は忘れられない出逢いをする。
ライブの会場は、高校の体育館。そこにはパイプ椅子が並べられ、開演二十分前にはほとんどの席が埋まっていた。立ち見の生徒も多く、ライブに対する期待値の高さを窺わせた。
ざわざわと落ち着かない客席にあって、順平は苦笑をにじませた。
「凄いな、熱気か?」
「生徒たちの、お客さんたちの気持ちが高ぶっているんでしょうね。それだけ待たせるバンドって一体どんな……」
その時、開演を告げるブザー音が鳴った。さっと会場は静寂に包まれ、一組目のバンドが登場する。
今回の文化祭ライブ、出場バンドは三組だ。
一組目、二組目と会場のボルテージは上昇していく。高校生だと少しだけ
(今の高校生って、こんなにパワフルなんだな)
ギターを弾くのは、子どもの頃から好きだった。
最初は、おもちゃのギター。それから貯めたお小遣いと親からの援助で本物のギターを買い、まずは覚えたコードを自分の手で弾くところから。更に手慣れてくると、一曲弾くことにチャレンジした。
しかし誰かの前で弾く、発表するのは怖かった。上達する度に両親や従兄が聞かせて欲しいと言てきたこともあったが、断り続けた。ギターを弾くのは好きだったが、誰かに聞かせるためではなく自己満足。
自分さえ満足していれば。そう思い続けて来た怜を表へと引っ張り出したのは順平と七瀬だった。
「お前、ギター弾くんだって?」
「私たちと一緒に、やってみないかな?」
大学近くの河川敷で、時々練習していた。言い方は良くないが、それが仇になったのだと思う。
もしも二人に出会わなければ、怜は本当の音楽の楽しさも仲間と奏でる最高の気持ちも知らずにいたはずだから。
順平と七瀬に背中を押され、怜は初めて誰かと共に練習した。練習した楽曲を他人の前で演奏した後の、喝采が忘れられない。恥ずかしくて、嬉しくて心が震えて、裏に戻った後泣いてしまった。
それから時が経ち、響の声に出逢った。
緊張で固くなってはいたが、その爽やかな歌声は遜色ないもの。順平と共に聞き惚れ顔を見合わせた時には、既に響に声をかけることを決めていた。
「……さて。あの子たちに任せっぱなしにしてるわけにもいかないよな」
スマートフォンを取り出し、怜はメッセージアプリを起動する。登録された名前の中から『南条響』の名を探し出す。最後に連絡を取ってから、もう一ヶ月が経過しようとしていた。
♪♪♪
大学では昨日から学祭が開かれているが、響は呼ばれない限り行くつもりはなかった。ゼミの発表も回避したため、必要性を感じない。
──ピロンッ
ベッドに放置していたスマートフォンが着信を告げ、机に向かっていた響は振り返った。立ち上がって近付き、電源を入れる。
「……怜さん?」
通知バーが示す名前とメッセージ。響は既読すら付けるのを拒否しようとしたが、ふと思い浮かんだ顔に驚きアプリを起動させてしまった。
(どうして、心結の顔が浮かぶんだ?)
首を捻るが、明確な答えはない。響は仕方なく怜からのメッセージを読み、そして息を呑むことになる。
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