第12話 ストーカーはダメ

 怜がいなくなってから、心結と友恵はしばらく無言でジュースを飲んでいた。しかし缶の中身がなくなれば、嫌でも顔を見合わせる。


「どうして、響さんが裏切ったんだなんて言うんだろ……?」

「わかんない。だけど、怜さんは『信じている』とも言ってたよね。信じてるけど、裏切られた気もしてる……本当に憎いわけでも、許してないわけでもないんだと思う」

「だよね、私もそう思うよ。少なくとも、怜さんはとってもいい人、優しい人だ」


 怜さんに連絡しないの? 友恵にせっつかれ、心結は早速スマートフォンを取り出した。アプリを起動し、アカウント名を入力する。するとすぐ、怜のアカウントが見付かった。


「これだね」

「うん。えっと……『先程はありがとうございました。花岡心結です』」


 心結は話が出来たことに対する感謝と、アカウントの主の名を名乗る。そして、簡単な挨拶を送信した。

 響についての情報をもう少し貰えないかと訊こうかとも思ったが、流石にそれは図々し過ぎるだろう。そう思って自重した心結だが、怜には筒抜けだったらしい。五分後に来た返信には、響の学部が記されていた。


「……えっと、『響は経済学部だ。各ゼミでの発表会はあるが、あいつは出ていない。学部の場所は、地図を見たらわかると思うから行ってみるのも一つの手だと思う』か。行ってみても良い? ともちゃん」

「ダメだと言っても、行くつもりでしょ? どんな手掛かりでも、今は欲しいから」

「ありがと、ゆうちゃん」


 学祭を楽しみたいであろう友恵に反対される可能性を考慮していたが、杞憂だったらしい。心結は安堵して、友恵と自分の空き缶を手に取ってごみ箱に捨てた。


 経済学部の展示発表は、四つある校舎の一つで行われていた。

 ちなみに早苗塚大学は文学部、経済学部、経営学部、社会学部、農学部の五つの学部を併設している。その中でも社会学部と農学部、大学院が少し離れた山間にあり、前半三学部はここにある。

 つまり怜の通う大学院はここから離れているのだが、何か用事でもあったのだろうか。それともただ学祭を楽しみに来たのか、それはわからない。


「こんにちは。きみたち高校生?」


 目当ての経済学部ゼミの展示室は、校舎A棟の三階にある。ゼミの学生らしき青年が受付に座っており、名前と学年を書いて欲しいとペンを渡してきた。

 そのペンを受け取った心結が紙に名前を書いていると、友恵と学生との会話が聞こえる。


「はい、高校二年です」

「高校生がこの展示を見に来るなんて珍しいな。是非、ゆっくりと見て行ってください」

「ありがとうございます!」


 心結の背を押し、友恵は営業スマイルを浮かべて展示室となっている講義室へと入った。

 部屋の壁には、ゼミに所属する学生たちの研究成果をまとめた紙が貼り出されている。それぞれ、カラフルなペンを使ったり図形や表を多用したりと試行錯誤された作品ばかりだ。

 心結と友恵は経済学には疎いものの、学生たちの熱心さが伝わったのか集中して読んでいた。学校の授業だけではわからない単語や専門用語が多いが、それらもきちんとわかりやすく解説されている。


「熱心に読んで下さって、ありがとうございます」

「あっ……。なんか、没入してました。皆さん、凄く工夫されてて読みやすいですね」

「嬉しい褒め言葉ですね」


 展示室に立っていた女子大生が、にこやかに二人に話しかけてきた。心結が応じると、嬉しそうに目を細める。


「経済学部の講義ってなかなか難しいですけど、興味を持つと面白く感じることも多いです。お二人共高校生なら、是非進路の一つとして考えてみて下さいね」

「とても勉強になります。……あの、お訊きしたいことがあるんですが」

「? 何ですか?」


 女子大生に見詰められ、心結は一瞬迷った。しかしここで訊かなければ一生訊けない気がして、勇気を持って顔を上げる。


「このゼミに、南条さんって方はおられますか?」

「南条……? ああ、他のゼミだけどいますよ。今日は大学に来てないみたいだけど」


 自分の答えを聞いて明らかに落胆した様子の心結に、女子大生は「どうして?」と問い返す。


「もしかして、南条くんの知り合い?」

「そうなんです。いつもお世話になっているんですが、通っている大学で学祭があるからと誘って下さって。でも驚かせようと思って来る日を言わなかったんですけど」


 半分嘘で、半分は本当だ。心結は取り繕ったことがばれてしまわないかとヒヤヒヤしながら答えた。しかし女子大生は半分の嘘に気付く様子もなく、微笑ましいものを見る目で心結たちを見た。


「そう、残念でしたね。よかったら、南条くんのゼミの発表がある部屋、教えましょうか?」

「是非、お願いします!」

「そうしたら……」


 食い気味の心結にも、女子大生は動じた様子を見せなかった。その態度に、彼女は響の過去を知らないのかと心結は内心安堵する。

 教えてもらった展示室には、勿論響はいない。しかし、同じゼミの学生から彼は休まずに講義に出席しているという情報を得ることが出来た。


「つまり、昼間に来れば会える可能性があるってことだね?」

「あ、あんまり張り付くのもどうかと思うけど……」


 それではストーカーみたいではないか。心結が言うと、友恵は「確かに、そうだね」と苦笑した。


「毎日大学に通ってることはわかったし、来週末に順平さんに会いに行ってみようか。丁度、出演するイベントがあるみたいだよ?」

「本当!?」


 学祭からの帰り道。信号待ちをしていた心結は、友恵の手元に身を乗り出した。友恵のスマートフォンの画面には、『ジュンペイ』で検索しヒットしたイベントのホームページが映し出されている。

 来週末、市内の大型ショッピングモールでのライブイベントだ。


「会いに行こう!」


 心結は友恵と別れた後、怜に来週末順平に会いに行くことをメッセージで伝えた。

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