明るいドラマー
第14話 DVD鑑賞会
城崎順平と会えるショッピングモールのイベントまで、あと二日。心結は友恵の頼みで、Re,starTのライブDVD鑑賞会をすることになった。
木曜日の放課後。部活のなかった友恵と教室を出た心結は、自転車を押しながら歩いて行く。
いつもは電車に乗る友恵は、普段より新鮮な気持ちで歩いていた。高校最寄り駅の前を通り過ぎ、今日学校であった出来事を中心に会話が弾む。しかし少しずつ、話は核心へと近付く。
「あれから、カラオケボックスには行ってるの?」
「毎週水曜日だけ、響さんが来てないかおじさんに確認しに行ってる。ただ、会えたことは一回もないけどね」
「会えてたら、バンドメンバー一人一人に会いに行こうなんて言わないもんね。私は心結が大好きだっていうRe,starTの活躍を何となくしか知らないけど」
だから、知るためにDVD鑑賞会をするのだ。友恵はそう言って笑うと、信号待ちでスマートフォンを取り出した。
心結が友恵の手元を覗くと、インターネットで『Re,starT』を検索している。幾つかのサイトがヒットし、その中から公式サイトを開く。
「あ、これだ。更新はされていないけど、メンバー紹介と彼らについての簡単な説明文が書いてある」
「公式サイト残してあったんだ……。もう二年も前だからとっくに消されてると思ってたな」
歩行者側の信号が青に変わり、二人は一旦スマホを仕舞う。それからシャッターの下りたカラオケボックスの前を通り過ぎ、心結の自宅へと到着した。
心結の家は借家の二階建て。父はサラリーマンで、母は食品工場でパートをしている。今日は二人共帰りが遅いため、友恵と二人で騒いでも問題ない。
自転車を玄関前に止め、鍵を開ける。ポストを確認したが、特に何も入っていなかった。
「お邪魔します」
「どうぞ~」
「久し振りに来たけど、綺麗に片付いてるね~。玄関先の鉢植えも綺麗だし」
「あはは。お母さんが聞いたら喜ぶよ。さ、上に行ってて」
「了解」
玄関先の鉢植えには、黄色や紫のパンジーが咲いている。時々蝶がやって来て止まっていく。
友恵を先に二階に上げ、心結はキッチンの冷蔵庫からオレンジジュースのペットボトルを出してコップへと注ぐ。それからポテトチップスの袋をトレイに乗せ、自分も階段を上った。
心結の部屋は、二階の南側にある。日当たりの良いその部屋には、クローゼットと勉強机、それに本棚などが配されていた。落ち着いたオレンジを基調としてまとめられた室内には太陽をモチーフにしたラグが敷かれており、友恵はその上に座っていた。
友恵の手には、カラーボックスに仕舞われていたはずのDVDがある。そのタイトルを見て、心結はパッと顔を明るくした。
「ともちゃん、それRe,starTのファーストライブのDVDだよ!」
「わっ!? 急に大声出さないでよね……。じゃあ、これ?」
「うんっ。ジュースもお菓子も用意したし、プレーヤー準備するね」
心結はテレビの下に置いているDVDプレーヤーの電源を入れ、次いでテレビもつけた。プレーヤーの準備が終われば、ディスクを入れてしばらく待つ。
その間に、友恵がポテトチップスの袋を開けてくれていた。そこから一枚摘まみ、友恵はひょいっと口に入れる。
「Re,starTって、何度もライブしてたんだね。今更だけど知らなかった」
「本格デビュー前から、何度かしてたんだけどね。小さなライブハウスでの生演奏だったから、映像に残ってないんだ。だけどこれはCDショップとかに売ってたのだし、スタジアムとかで単独ライブやったこともあるんだよ! ファーストライブは、大きめの野外ステージでだったんだけど……あ、始まった」
心結が身を乗り出し、目を輝かせる。その様子を見て微笑んだ友恵もまた、じっとテレビ画面に釘付けになった。
芝生を埋め尽くす観客は、男女関係ない。カメラはぐるっと客席を映すと、ペンライトやうちわをかざして今か今かと待ち構える彼らの表情を映した。会場にはバンドの楽曲が流れており、それが客席の興奮に拍車をかける。
やがて、野外ステージの大画面に『Re,starT』の文字が浮かぶ。すると観客は黄色い歓声を上げ、メンバーの登場を予感する。
音楽が止み、静けさに包まれた。夕闇が近付き、西日が淡くステージを照らす。そして次の瞬間、ドラムの爆音が鳴り響く。
『皆さん、こんばんは。Re,starTです!』
響の声がして、ライトが一斉にステージを照らす。そこには、先程まではいなかったはずの四人の姿が楽器と共にあった。
中央にボーカルのヒビキ。向かって左にレイ、右にナナセ。そしてヒビキの後ろにはジュンペイの姿がある。彼らの衣装は少しずつ違うが、夜空をモチーフにしたという点については一致している。漆黒に近く、わずかに青のにじむ色。そこに黒いベルトや白い星のバッジ、青のペンダントなどが散らばっているのだ。
『まずは、一曲目。デビュー曲でもある――“宵闇を突っ切れ”』
曲紹介が終わった途端、レイのギターが唸り声を上げる。大学で出会った怜は物静かな印象が強かったが、ステージでは違う顔が覗く。本当にギターが好き、音楽が好きなのだと伝わって来る。
ベースのナナセは、決して目立たない。しかし、このバンドを支え包み込む低音が確かに曲を導く。
ドラマーのジュンペイは、本当に楽しそうにスティックを操る。カメラもしっかりと視界に収めながら、どんどんと会場を盛り上げていく。
「この人が、ジュンペイさん?」
「そう。バンドで一番ファンサ旺盛な人で、明るくってファンも多いんだ」
心結は友恵の質問に答えながら、意識の半分以上を画面に取られていた。画面では、響がマイクを口元に持って行くところだった。
――明けない夜はない
そう言った奴は、きっと明けない夜を知らない
降り続く雨に濡れながら、倒れることすら許されない
宵闇が僕らを押し潰そうとして、それでも明星を目指して走り続けるんだ
ヒビキの歌が始まった途端、心結の隣で友恵が息を呑む音がした。それまでも食い入るように画面を見詰めていた彼女が、瞬きすらも忘れている。
(そうだよね。……Re,starTは、四人全員の音が揃ってこそなんだ)
レイのギターだけではいけない。ジュンペイのドラムだけでも駄目だ。二人にナナセのベースを合わせ、ヒビキの歌声を足して初めて誰も寄り付かせない迫力と魅力を生み出す。
心結はドクドクという心臓の音を抱えたままだ。本当に嬉しそうに、楽しそうに歌を歌う響を目にして、彼女の中に何度も浮かんだ疑問が浮かぶ。
(どうして、バンド活動を止めちゃったんだろう……)
二曲目に入り、今度は一転して落ち着いた曲調へと変化する。
――きみの横顔は、僕をやわらかくしてしまう
その儚くて優しい心に触れて、世界はきっと美しい色彩を取り戻す
まるでラブレターのようなその曲を歌う時、ヒビキはわずかに目を伏せる。その表情に、心結はライブの興奮とは違う緊張を覚えるのだった。
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