第10話 学祭当日

 早苗塚大学学祭当日、爽やかな風の吹き抜ける晴天となった。

 心結は十分程早く待ち合わせ場所のバス停に着き、友恵を待っていた。彼女の前を、同じ目的を持つのであろう人々が通り過ぎて行く。それは大学生や高校生らしきグループであり、小さな子どもをつれた家族でもあった。

 待ち合わせ五分前、友恵の姿が見えて心結は手を振った。


「ともちゃん!」

「お待たせ、心結。待たせてごめんね」

「全然。むしろ、わたしが早く来ちゃったから……ごめんね」

「ふふっ。心結、服かーわいい!」

「なっ……」


 ぼんっと音がしそうな程の勢いで顔を赤くした心結に、友恵は笑みを向ける。

 心結はボブの髪に月と星をあしらったピンを付け、爽やかな水色のワンピースに薄手の白いカーディガンを羽織っている。小さめのリュックはブラウンで、清楚で可愛らしいコーディネートだ。


「よく似合ってるよ。流石私!」

「うん、ともちゃんに服選んでもらってよかったよ。こういうの、まだよくわかんなくて」

「心結は可愛いからね。また一緒にコーディネートしよっ」


 そう言って笑う友恵は、心結とは反対にスポーティーなファッションだ。キャップを被り、いつものポニーテールを解いている。ジーンズのトップスにTシャツと薄手のキャミソールを合わせ、動きやすさを重視したコーディネートだ。ショルダーバッグからは、ペットボトルが覗いている。


「と、ともちゃんのセンスが良いんだよ……。でも、また色々教えてね」

「勿論」


 可愛いと褒められて照れた心結だが、友恵に「行こっ」と手を引かれて駆け出した。

 待ち合わせをしたバス停は、早苗塚大学前という名前だ。そこから歩いて五分も経たずに、大学の正門へと辿り着く。

 早苗塚大学は、文学部や経済学部、社会学部など幾つもの学部と学科を置いた国立大学だ。サークル活動や部活動も盛んで、校舎の垂れ幕からもそれは窺える。幾つかの全国大会の覇者がいるらしい。

 正門周辺は人でごった返し、華やかな飾りが心結たちを出迎えた。

 心結と友恵は人混みを避け、大学の敷地内に足を踏み入れた。そして傍にあったインフォメーションセンターと書かれたテントで学祭のパンフレットと地図を貰うと、早速歩き出す。


「最初、何処に行く? このクイズスタンプラリーっていうのも楽しそうだし、この展示も面白そう。……あ、バスケの簡易ゲームも出来るみたい」

「……ともちゃん、本来の目的忘れてない?」

「忘れてないよ? 響さんを探すにしたって、ある程度この大学の構造とか知っとくべきでしょ? あ、まずは腹ごしらえしながら順路を決めるのも良いね」

「……はぁ」


 わくわくと普通に学祭を楽しみ始めた友恵の背を追いながら、心結は思わず息をつく。それから焼きそばの屋台に並ぶ友恵を見付け、彼女の傍に駆け寄った。


「――うん、学祭の屋台とはいえ美味しいね」

「肉の代わりにちくわで、もやしとソースの相性も……。うん、おいしい」


 五分後、心結たちの姿は広場の端にあるベンチにあった。彼女たちと同じように屋台で買い求めた食べ物を食べている人は多く、そこかしこから感想を言い合う声が聞こえる。

 心結と友恵は、焼きそばの他にもたこ焼きと天ぷらアイスを買っていた。それぞれ温かいうちにと感想を言い合いながら食べ終わると、友恵はバニラアイスのついた指を舐めた。


「さ、何処から行こうか? 心結は、響さんの手掛かり何か知らない?」

「手掛かり、か……」


 今更ながら、心結は響について何も知らないことに気付いた。最近まで赤の他人で声をかけることすら出来なかったのだから当然だが、そのことを改めて知る。

 響は何学部なのか、大学で何を学んでいるのか。当たり前のように知らないことを考えても仕方がない。心結は焼きそばなどの空容器を指定のごみ箱に捨て、友恵の元へ戻りながら手掛かりを頭の中で探る。


(せめて、響さんのことを知っている人に会えたら……。って、伝手もないのに無理だよね)


 ありもしない可能性に苦笑し、心結は半ば思考に落ちたままで歩いていた。そのためか、視界の端に誰かの姿を見た時には既に遅い。

 ぼふっという音が聞こえた時には、心結はもう尻もちをついていた。


「わっ」

「きゃっ。ご、ごめんなさい!」

「いや、僕こそ前方不注意だった。怪我はない?」

「は、はい……」


 差し出された手を掴み、心結は立ち上がる。幸い、地面は砂地であったためにそれ程の痛みはない。心結は改めて助け起こしてくれた誰かに礼を言うため、ぱっと顔を上げた。


(わ……)


 心結を見下ろしていたのは、綺麗な顔をした青年だった。線が細く、中性的な顔立ちをしている。少しだけきつい目元だが、そこに今は心結を案じる光が宿っていた。


「ありがとうございます。わたしも、よく見ていなくて」

「怪我無いならよかった。じゃあ、学祭楽しんで」

「はい。ありがとうございました」


 青年を見送る心結の背後から、飛びつくように友恵が抱き付いて来る。思わずバランスを崩しそうになった心結を支えてから、友恵は「大丈夫だった?」と心結を案じた。


「うん、大丈夫。さっきの人が助けてくれたし」

「そっか。――よし、じゃあ改めて響さんを探そう」

「うん」

「……ヒビキ?」


 友恵の言葉に反応したのは、心結だけではなかった。先程別れて去ったはずの青年が、こちらを振り返っている。どうしたのかと心結たちが顔を見合わせていると、彼はこちらへと歩み寄って来た。その表情は、何処か焦りが見える。


「ごめん。きみたちは……『ヒビキ』という名前の人を探しているのか?」

「そうですが……あの、あなたは?」


 心結が怖気付きながらも問うと、青年は「名乗っていなかったね」と肩を竦めた。


「僕は、霧島きりしまれい。きみたちが探しているのが『南条響』なら、僕も話が聞きたいんだ」

「あなたが『レイ』さん!?」


 思わず叫んでしまった心結の言葉に、怜は困ったように眉を歪めた。

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