第2章 過去を辿る
静かなギタリスト
第9話 彼を探して
一週間経ち、二週間が経った。その間心結は何度もカラオケボックスに足を運んだが、空振りばかり。どうしても響と接触することが出来ないでいた。
今日もいつもと同じく、放課後にカラオケボックスへと向かう。しかし店内に入った途端、貫太に
「すまないな、心結ちゃん。今日もあいつは来てないよ」
「今日もですか……。こちらこそ毎日のように来ちゃってごめんなさい、正田さん」
「構わないよ。私だって、南条くんのことは気になるからね。それこそ中学高校の頃から彼を知っているから」
貫太はそう言って微笑むと、受付の壁に飾られたポスターを見やる。そこにあるのは、この前偶然見付けた響のポスターだった。
マイクを手に、楽しそうに歌う響の姿。何処かのスタジオらしき風景を背に、今にも飛び跳ねそうな瞬間を写している。きっと彼の背後には、三人の仲間の姿があるのだろう。
心結はポスターを眺め、ため息をぐっと飲み込んだ。ため息をつけば、響と会える数少ない可能性すら消えてしまう気がして。
「おじさん、ありがとうございます。わたし、諦めないで待ちます」
「だが、ここに何度来てもあいつが来なければ意味はないだろう? こう言っては何だが……いつまでも続けられるものでもないだろうに」
「わかっています。だけど……だけどわたしは、どうしても諦められないんです」
どうして、それほどまでに固執するのか。他人なのだから放置すれば良い。それはその通りで、心結も何度も言い聞かせようとした。
しかし、駄目なのだ。何度目を背けようとしても、彼のあの目がちらつく。寂しげに微笑んだその表情が忘れられなくて、あの優しく強い歌声に焦がれる気持ちを抑えられない。
ここに友恵がいたならば、きっとその気持ちの名前を教えてくれたに違いない。残念ながら、ここには心結と貫太しかおらず、貫太は年頃の女の子にそれの正体を教えるほど空気を読めない大人ではないのだ。
「……じゃあ、南条くんの通う大学に行ってみてはどうかな?」
「大学に、ですか?」
心結が聞き返すと、貫太は頷く。受付の棚から折り畳まれた簡易地図を引っ張り出すと、それをカウンターの上に広げた。
貫太は人差し指でカラオケボックスの位置を示すと、そこからツツと指を動かす。指が向かう先には、広い敷地を持つ大学の名があった。
「
「で、でもまだオープンキャンパスの時期でもないし。高校生が入り込んだが変じゃないですか?」
不安げに瞳を揺らす心結に、貫太は「大丈夫だ」と笑う。更に彼が取り出したのは、『早苗塚大学学園祭のお知らせ』というチラシだった。
時は春から梅雨へと移り変わる手前の五月。来週の週末、早苗塚大学では年に一度の学祭が開催されるというのだ。受け取ったチラシを読めば、外部からのお客様も大歓迎だと書かれている。屋台や展示、ゲーム等のイベントが開かれるとの文面が目につき、心結の表情が明るくなった。
「学祭……!」
「これなら、別に身構えなくても良いだろう? それに、きみたち高校生は大学に行く予定ならば見てきて損はないよ」
「そう、ですね……。本人がもしもいなくても、彼を知っている人には会えるかもしれないですし」
「友恵ちゃんと二人で行っておいで。それで南条くんに出逢ったら、私が寂しがっていると伝えてくれ」
「はい、必ず」
わずかに潤む、貫太の瞳。心結はそれを見ないふりをして、彼の思いと共にチラシを受け取った。
カラオケボックスを出ると、そろそろ夕暮れだ。心結は早速、友恵にメッセージを送った。来週の土曜日、一緒に学祭に行こうという内容で。
――ピロンッ
部活が終わっていたのか、友恵からは五分もせずに返信があった。「オッケー」という文字と共に、ポメラニアンのキャラクターが目を輝かせるスタンプも送られてくる。
「――よし」
こちらからもメッセージを返し、詳しい待ち合わせの時間と場所を決めてしまう。それからスマートフォンを鞄に仕舞うと、心結はグッと拳を握り締めた。
(会えるかどうかはわからない。だけど、何もせずにただ待っているだけじゃ、きっと一生会えないから)
これで何も手がかりが得られなければ、もう諦めるべきなのかもしれない。そう思いながら。
自転車の鍵を外し、ペダルをこぐ。心結は少しだけ、絶望しかけていた気持ちが浮上しつつあるのを感じた。
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