第4話 青年の正体

 翌週、水曜日。心結みゆうはいつものように、放課後にカラオケボックスを訪れていた。

 しかも、時刻は先週と同じ時間。心結は遠慮したかったのだが、今日はそうもいかない。


「仕方がない。私も一緒に行くから、その人の名前を訊こう!」

「……はぇ!?」


 というわけで、隣には友恵ともえがいるのだ。

 このカラオケボックスには初めて来たというのに、すぐに店主のおじさんと仲良くなってしまった。今も、亡くなった奥様との思い出話を聞き出している。


「じゃあ、正田しょうださんの一目惚れで?」

「恥ずかしいことを言わせないでくれ。ただ……本当に綺麗な人だったんだ」

「へぇ……お写真とかあるんですか?」

「ちょっと、ともちゃん!」


 そんなにグイグイ行っては迷惑だろう。そう思った心結が友恵を止めようと肩を掴むが、貫太かんたは大楊に笑うだけだ。


「構わないよ、心結ちゃん」

「でもおじさん……」

「妻の話をすることなんて、ここ何年もなかったんだが。こうやって思い出すと、何だか嬉しくなるね。さて、この辺りに……」


 ゴソゴソと受付の奥にある棚を漁っていた貫太の手が、何かに触れる。それを引き抜いた直後、寄り掛かっていたらしいものが床にドサッとまとめて落ちた。


「わわっ!?」

「だ、大丈夫ですか!?」

「手伝います!」


 心結と友恵は慌てて腰の高さの引戸を開けて受付に入ると、貫太と一緒に書類等を拾い集めた。そのほとんどは店の運営に関わる書類の入ったファイルだったが、中にはイベント告知の広告や、近所の商店街のチラシもある。

 そんな中、心結はふとA4サイズより少し大きな紙を見付てひっくり返した。他の紙よりも丈夫なそれは、Re,starTのボーカル・ヒビキのポスターだった。


「これ!」

「ん? ああ、それは……仕舞ったままだったか」


 心結の声を聞いた貫太が身を乗り出し、わずかに顔をしかめる。その時だった。


「大丈夫ですか? なんか凄い音が……」


 そこへひょっこり顔を出したのは、あの謎の青年だった。眼鏡の奥で心配そうな顔をして、入口から顔を出している。


「あっ……」

「大丈夫だよ、南条なんじょうくん。棚の物をばらまいてしまってね、この子たちに片付けを手伝ってもらっていたんだ」

「そうなんですね、怪我がなくてよかった。……きみは、先週も会ったね」

「あ、はいっ」


 南条と呼ばれた青年の目が、心結に向けられる。色の濃い瞳に見詰められ、心結は声が上擦らないよう気を遣いながら首肯した。

 心結の隣では、にやにやと笑う友恵がいる。彼女は何を思ったか、放心状態の心結の肩を持って青年を見上げた。


「この子、花岡心結って言うんです。私は合澤友恵です。あなたのお名前、伺っても良いですか?」

「ちょっ、ともちゃん!?」


 流石に強引ではないか。心結が内心焦るのを他所に、友恵はにこにこと笑顔を崩さない。

 青年も少し驚いた様子だったが、そういえばといった顔で微笑んだ。


「名乗ってなかったね、そういえば。俺は、南条なんじょうひびき。この近くの大学に通ってるんだ。きみたちは高校生、かな」

「はい。近くの、第三高校に通ってます。ね、心結?」


 はきはきと受け答えする友恵に対し、心結はしどろもどろだ。友恵に背中を押され、ポスターを持ったまま響の前に押し出される。


「……っ、はい! あのっ、南条さん」

「ん?」

「わたし……」


 あなたの歌声の大ファンなんです。そう、勢いのままに言おうと思っていた。しかし、ふと声が喉につかえる。理由は、手元のポスターにあった。


「え……」


 眼鏡をかけているかかけていないかの差はある。しかしその目の力の強さ、歌っていない時の優しい笑み。そして歌っている時の懸命な声と表情。それら全てが、目の前の響とポスターのヒビキがそっくりな気がした。

 勿論、歌う響を見たわけではないが。

 手元の紙を見詰めて固まる心結を不思議に思ったのか、響が彼女の手元を見るために身を乗り出す。そして心結が何を見ているのかを知り、何とも言えない複雑な表情を浮かべた。


「……正田さん、まだこれここにあったんですか? 捨ててくれって言いませんでしたっけ?」

「すまない。捨てたつもりでいたんだが、一枚残っていたらしいね。私もさっき気がついたんだ」

「そうだったんですね、参ったな……」


 後頭部を掻き、響は苦笑いを浮かべている。その表情が示す意味を理解し、心結と友恵は顔を見合わせた。彼女らの顔には、驚きと喜びがない交ぜになっていた。


「南条さんはもしかして……」

「流石に、バレたよね」


 肩を竦め、響は眼鏡を取った。眼鏡だけでその容姿端麗さが隠せるわけもないが、印象が変わることは否めない。

 心結は響を上から下まで見詰め、驚きのあまり口を手で覆った。


「嘘……、本当にRe,starTのヒビキさん……?」

、だけどね」


 隠すことを諦め、響は頷いた。

 ポスターの中のヒビキは、マイクを持って歌う姿だ。その姿と目の前の響を見比べ、心結は確かに本人だと確信した。


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