第3話 音楽は魔性?
翌日、心結は学校に着くなり友恵の席まで突進した。初めての出来事に、友恵は目を瞬かせて固まっている。
「ど、どうしたの心結!?」
「ど、どうしようゆうちゃん!」
「……とりあえず、ちょっと廊下に出ようか」
「あ、はーい」
クラス全体の注目を浴びていることに気付いた心結は、素直に友恵に連行された。
二人が向かったのは、廊下の端。屋上へと繋がる階段である。ここはあまり人が来ない場所であり、ホームルームが始まる前にすぐ行き来出来る距離にあった。
階段に腰掛け、友恵は目の前に立つ心結を見上げた。
「で、何がどうしたの?」
「あ、あのね……っ」
ここにきて、心結は言い淀む。興奮が先に立ち、このままで要領を得ない話をしても良いのかと不安になったのだ。
しかし迷う心結に、友恵はあっけらかんとしたものだ。
「歌うまの人に会えたんでしょ?」
「なんでわかったの!?」
「なんでって、その顔見てれば?」
「えぇ……流石」
思わず脱力してしゃがみ込んだ心結に、友恵の苦笑交じりの言葉が降る。ぽんっと頭に手を置かれ、心結が顔を上げると楽しそうな友恵の顔があった。
「続きはゆっくりと昼休みに聞かせてもらう。今は、教室に戻ろう」
その時、タイミング良くチャイムが鳴る。キーンコーンカーンコーンという、ホームルーム開始を告げる合図だ。
心結と友恵は顔を見合わせ、先生に叱られない程度の速さで小走りに廊下を駆け抜けた。
それから、昼休みまでは妙に長く感じた。まだかまだかと思い続け、ようやく昼休みとなった。
友恵に腕を引かれ、心結は校舎二棟の二階同士を繋ぐ渡り廊下の端に到着した。そこには座るのに丁度良い段差があり、二人してそこに腰掛ける。
「よし、じゃあ聞こうか」
「あ、うんっ」
弁当箱を開けた直後話しかけられ、心結は慌てて箸を置いた。今日も甘めの卵焼きとハンバーグが入っている。しかしそれを我慢出来るくらい、話したくてたまらなかった。
「あの、ね。昨日帰るのが遅くなったから、お店に行くのも遅かったんだけど……」
それから、心結は青年との短い出会いを一気に話した。受付で出逢っての衝撃と、未知の感覚、そして焦りにも似た感情。
「いつもみたいに歌うのに集中出来なくて……って、ゆうちゃん? 何か、にやにやしてません?」
「ん? 気のせい気のせい」
気のせいと言いながらも、友恵の顔には笑みがある。それが面白がっているように見えたが、心結は気にしないことに決めた。
「と、兎に角。すっごくかっこよくてびっくりして、どうしていいのかわかんなくなって!」
「はいはい」
「……で、思ったんだよね。あれだけ凄い歌唱力持ってて、見た目の良くて。なんでこんなところにいるんだろうって」
「別に、見た目のいい人がみんな芸能人になるわけじゃないでしょ? 望む人はなるし、望まない人はならないし」
「そうなんだけど、なんかすっごく気になるんだよね……それに、誰かに似てるような」
「気にし過ぎじゃない?」
「そうだけど……」
友恵の言う通り、イケメンが全て某有名プロダクションに入るわけではないし、美女が全て女優になるわけでもない。それはわかっているのだが、心結は勿体ないと感じてしまう。
ぱくりと卵焼きを口に入れ、心結は考え込んだ。しかしわかるはずもなく、今度はプチトマトに箸が伸びる。
「そういえば、心結が昔好きだったバンド、解散して結構経つね」
「ああ……Re,starTでしょ? うん、凄く好きだったけど、何故か消えちゃったんだよね。ボーカルのヒビキさんの声、素敵だったな」
Re,starTとは、心結がずっと好きだったバンドの名前だ。主にJ-POPを歌い激しい曲調ではなかったが、若い女性に人気のあるグループだった。
しかし二年前、突然解散を発表してから消えてしまった。今や、もう話題に上ることすらない。
ボーカルのヒビキ、ドラムのジュンペイ、ギターのレイ、そしてベースのナナセという四人組だ。ヒビキとレイの方向性の違う容姿端麗さとジュンペイの豪快さ、ナナセの物静かな笑顔の魅力でそれぞれ熱心なファンがついており、心結はヒビキの大ファンだった。
「あの人たちは歌の世界から消えちゃって、あの人は歌の世界には入らない。全然別のことのはずなのに、真反対なんてね」
「それだけ、音楽って魅力的で魔性なのかもね。ほら、私もピアノ習ってたし」
友恵は幼い頃からピアノ教室に通っており、家にはオルガンがある。今でもピアノ演奏が好きで、合唱コンクールなどでは必ずと言って良い程クラスの演奏を担当してきた。心結も何度も音色を聞いているが、友恵は本当にピアノが好きなのだ。
軽く鍵盤を触る仕草をして、友恵はサンドイッチを手に取った。中身はたまごサラダとキャベツ。
「ま、音楽に関わることって別に仕事にする必要はないし? 心結はその人とお近づきになれるように頑張りなよ」
「お近づきって! もう、そんなんじゃないってば!」
「どうかなぁ?」
全力で否定する心結を笑いながら流し、友恵はいつの間にか弁当箱を畳んでしまった。それを見て、心結は慌てて最後のご飯を一口飲み込む。
心結が弁当箱を片付けたのを見計らい、友恵は立ち上がる。
「今日はカラオケ行かないでしょ? なら、一緒に帰ろうよ」
「うん」
帰りの約束をして、二人は次の移動教室の準備をするために少しだけ早く教室へ戻っていった。昼最初の授業は理科室でのものだ。
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