第13話 (胸糞注意)
別の世界。
街が破壊されていく。人が殺されていく。
ブラッドポピーはこの光景が奴に正義と称された事に我慢ならなかった。
1年前からこの世界は圧倒的な力に支配されていた。
それはこの世界に存在した化け物共を一掃し世界に平和を約束したのだ。確かに化け物という脅威からは解放された。だが、奴は平和を維持する事を条件に人類の滅亡を望んだのだ。もちろん政府はこの条件を飲む事は無かった。当たり前だ。守ってやるから自殺しろというのは矛盾が過ぎている。
そして奴はテレビの目の前で総理大臣の頭を握り潰した。
その映像は全国に流れ、その瞬間から奴は正義の味方から悪の権化となった。
『何故、君たちは死を望まないのでしょうか…永遠の休息を望まないのでしょうか…
ワタシは望んでも手に入らないのに…
死ねる内に死んでおけばお得ですよね♪』
次の日、アメリカから核ミサイルが日本に飛んできた。
先手必勝とばかりに何の宣告も無しに飛んできたそれを私達は文句一つ言えなかった。
次の日、北アメリカ大陸が世界地図から消えた。
奴は一日でカナダとアメリカを消してしまった事にあっけなさを覚えたのか、次のイギリスから2ヶ月にわたり痛ぶった後に地図から消す様になった。
ある時から彼女が正義で我々は悪だったからこそ滅ぼされるのではないかと言う人々が増えた。それが宗教となった。
その教徒達が避難所を襲い人間を殺し回る様になった。
私は唖然とその光景を見ていた事を覚えている。
大の大人数人がひとりの少女に襲い掛かり笑いながら鉈で身体を裂き、首を切り落として、犯すのだ。
彼女のことは知っていた。私と同じ魔法少女だった。
魔法少女C…コスモス。
犯されている首無しのその肉塊に彼女の面影は無い。その後、私は避難所の直ぐ近くに彼女の首を埋めてお墓を作った。
身体は残されていなかった事から奴らが持っていったのだろう。
泣きたくなった、死にたくなった。
国の改造で魔法少女は化け物相手にしか力が使えない。人間を相手に敵対の意思を持つと逆に力が抜ける様になっている。
こんなクソッタレな現実があるか。
こんなモノの何処が平和なんだ。
人間なんて守る価値があるのか…?
様々な考えが頭に浮かぶ。
この国はとっくに崩壊している。男が道を歩けば強盗に遭い、女が歩けば陵辱に遭う。人は人から物を奪うのは当たり前、その為なら殺しも厭わない。
これは…誰のせいだ…?
わかってる…奴のせいだ。
奴は総理を殺す際自分の事をガーディアンと呼んでいた。
英語で"守護者"と…ふざけてる。
奴は殺さねばならない。奴は生きてはいけない存在だ。
絶対に許してはならない。
軍を作る事にした。奴に対抗できるのは今のところ魔法少女のみだ。
再改造を施してあの教徒どもにも対抗できる様にしよう。
集まってくれたのは5人の魔法少女。以前まで600人近く居た魔法少女が今では5人まで減っている。
調べたところ、改造を知っていた人間が魔法少女を優先的に追い込んで殺していた。あのガーディアンに繋がっているのでは無いかと冤罪を掛けて殺していた。人ではないと食事も与えず壁に縛り付けて死んでもなおサンドバッグにしていた所もあった。
人間が醜かった。憎かった。
こんな事をする奴らと同じ姿をしているというのが酷く辛かった。
本当に人間は救う価値があるのかと何度も説いた。が、結局やる事は同じだ。
私が生きる為に奴は殺さなきゃならない。
作戦を練った。
準備も整えた。
訓練もした。
正直に言うと、この時が私の人生で一番楽しかった時だったと思う。
信頼できる仲間がいて、冗談が言い合える仲間がいて、
私の本音を…私を偽らずに言える仲間がいた。
『ギャァァァァァァァ!!!』
『辞めて!!辞めて!、や…グギャッ…』
『し、死にたくない!死にたくないよ!!死…に………た……』
『助けて!助けてよ!!ブラッドポピー!!!』
奴が仲間だった者たちを次々と肉塊に変えていく。
身体が硬直していた。戦うつもりだったのに…死ぬつもりだったのに…奴を目の前にして立ち上がれないでいる。
「可哀想に……こんなに歪んだお顔になるくらい怖い思いしちゃって…何の為に戦ったんでしょうねぇ〜?意味なんて無いのに…」
奴は一人一人の首を切断すると私の目の前に並べて置いた。
ゆっくりと顔を上げると苦しそうな、辛そうな、友人達の顔がそこにはあった。
「ウフフ、ブラッドポピーちゃん泣いてるんですかぁ?可愛いですね〜、食べちゃいたい♡」
奴は私の顎をクイっと自分に向けると割れたマスクから私の顔を覗いてきた。
「そんな可愛いブラッドポピーちゃんにはぁ〜?ご褒美で〜す☆
人類が絶滅するのを一緒に見届ける券プレゼント〜♡」
瞬間、奴は私の周りに何か透明な壁の様な物を作る。
「…なっ!?」
「人類が絶滅するまで傷一つ付かせないし、自殺なんかさせないよ〜?
私、君が気に入っちゃったぁ♡」
奴はニンマリと私の瞳を覗くと、静かにその透明な壁をすり抜けて顔を近づけた。
「君は今日から私のモノだよ♡
絶対に奪わせないから…誰にもあげない…
絶対に…絶対に!!」
空気が揺れる。辺りに立っていたビルがその迫力に飲まれたのか次々と倒れ、鉄骨と変わっていく。
10メートル先に居た女の子がジュッと燃え上がり骨を残して溶け出した。はるか向こうの避難所から次々と悲鳴が上がっている。
「ああ、食べちゃいたい。可愛い可愛い愛しい…ブラッドポピー……ちゃん♪」
それからの日々は地獄だった。
持っていた無線から消えた国の情報と悲鳴が交互に響いている。
目の前には仲間達だったものが私に目を向けて奴を殺せと訴えてくる。
嗚呼、もちろん私だって奴を殺したい。
奴の内臓を生きたまま捌いて、四肢を切り落として、殺した人間一人一人に謝らせながら、心臓を握りつぶしてやるんだ。
壁から出られない…奴を殺しに行きたい…
数日後。私の近くに一台の自動車が止まった。知っている車だった。小学生の頃から母親が私を乗せて学校に連れて行ってくれる車だ。
そちらに目を向けると服の継ぎ接ぎ感は否めないが一人の美女が立っている。
「……ア……ストレア…?」
いつもメイド服を着ていたので一瞬では分からなかったが、その顔は正真正銘私の姉とも呼ぶべきアストレアの優しい顔だった。
「お嬢様!!」
「アストレア!?どうして此処に!!」
「やっと…!見つけました!!
本当にっ…!無茶ばっかりして…!!」
「早く逃げなさい!!あいつが来るかも知れない!!」
「大丈夫ですわ。ガーディアンは今アラスカに居ます。
それより、お嬢様。お食事を…
何日も何も口にしていないのでしょう?」
するとアストレアは車からお弁当を出してくる。いつもの重箱だ。
それを広げるとゆっくりと透明な壁をすり抜けて私の元へ入ってきた。
「……なっ!?」
「このシールドのことは知っていました。あちこちで奴が同じ様な物を張っていたので何かと調べましたの。そうしたら……とある物質に反応して避ける様に出来ている事がわかりました。」
重箱の上に縛られている銀色の小さな粒をアストレアは指差す。
「アンチマナ…これと魔力とぶつかると拒否反応を起こして避ける様になる…この物質が奴を倒す鍵ですわ。」
「アンチマナ……」
「しかし、今の状態ではこれしか採取出来ませんでした。今もみんなが必死になって探しています。」
「…………」
アストレアは希望を提示してくれた。
「これだけでは奴は殺せません。奴を殺すには少なくともこの倍は必要でしょう。ですが、見つかるのも時間の問題です。」
目の前にあるこの小さな金属の粒…これが倍…少し考えれば少ない気もするが、それでもこの倍を見つけるのにどれだけの時間がかかるか、
現実はかなり遠く感じたが…それでも少しは希望が……
ザシュッ……
「……………………………………………………………………………………………………え…?」
目の前でアストレアの背中から血が吹き荒れる。
「奪わせない…誰にもあげない…」
空からそんな虚な声が響いた。
倒れたアストレアの方を見るが、奴も激昂していたのか、攻撃にキレがなく傷が浅い。
「アストレア…?アストレア…!!アストレア!!」
必死にアストレアに呼びかける。まだ、大丈夫。まだ生きていると自分に言い聞かせて。背中から血を流しているけど、大丈夫!まだ直ぐに手当てすれば…
「私のモノに触れないで、私の家族を奪わないで、私の……おにぃを返して…」
奴を目の前にどうやっ…て?
そこまで言ってから気がつく。手元にある小さな金属に目が向く。
「これだけあれば……殺せなくとも、アストレアを連れてせめて逃げるくらいは…」
アンチマナ…少ないが、これを使い奴の魔力を跳ね返して車に乗れば少しの間くらいは時間を稼げるのでは無いか。
時間はかけられない。勝率は二割無いだろう。
「やるしか…ない!」
ゆっくり一歩ずつ一歩ずつ、ガーディアンがアストレアに近づいてくる。
その命を奪おうと近づいてくる。
「じゃあ、さようなら…」
奴はそう言うとステッキを掲げた。
それと同時に私はアンチマナを抱えて透明な壁に穴を開けると奴に向けて一発ブチ込んだ。
「…うグッ…!?」
やった…!成功した!
心の中で歓喜する。しかしそれは束の間だ。早く逃げないと。
「う…ぐっ……なっ、力が…抜ける…?」
ステッキから溢れていた光が燻んでいく。
やはり明確なダメージを与えるのは無理かと走りでアストレアを背負い車に乗った。
車のエンジンをかけて、走り出す。
何十分走っただろうか。
ハンドルを持つ手のひらの上でアンチマナが溶けて熱を発している。肉が焼ける匂いが鼻についた。嫌いな匂いだ。
アンチマナも消耗品か…
これで最初からやり直しだ。
隣のアストレアを見る。背もたれにぐっちゃりと付いている血に目を向けて目を細めた。確かこの先の避難所に病棟があった筈だ。医者も何人か…
死体しか無かった。
瓦礫の中にあるであろう医療品を探す為に手で掘り起こそうとしても指の皮が剥けるだけ。
じゃあどうすれば…どうすれば…
泣き叫びたくなった。何故こんなにも世界は絶望に満ちているのかと、
奴への殺意は増していくばかりだ。
「……お嬢…様…」
車から声がする。
アストレアの声だ。
「お嬢…様…こちらに…」
私はヨレヨレと彼女に近づくと手を彼女の手を取り、泣いた
謝ることしか出来なかった。ごめんと、助けられなかったと、
「大丈夫…ですよ…。貴方が生きていれば……それで…」
「嫌だよ!死なないで…!死なないでよ!」
「私は…ゴホッ……死にませんよ…貴方が生きている限り絶対に…」
私の頬にゆっくりと触れるとアストレアは言葉を紡いだ。
「あ……い…し……て…………」
最後まで聞こえなかった。涙で目の前が歪んで見えた。
私はこの世界でたった一人になった。
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