第12話
月の裏。
地面に大穴があるくらいしかない様なこの場所で一つ、ぽつんと長方形の四角い板の様な物が立っている。大きさは人間二人分程であろうか、表面が艶消しの黒で塗られており、まるで人が手を加えた物にしか見えない。
そこにたった一人、少女が立っていた。
しかし、それは異常である。ここは宇宙。宇宙服などのゴツい装備を着ない以外に生物が決して生きていられる場所ではない。
しかし、彼女は一般で言うゴスロリ衣装たった一つでこの場所に君臨し、目の前の長方形……モノリスを覗いていた。
「モノリスは並行世界を覗く窓…」
いつかどこかの時代の先代の言葉をポツリと呟くがその音はあたりに響かない。音は空気の振動だ、この場に空気は無い。
しかし、呟かざるえなかった。良く聴くとモノリスが鼓動を始めている。空気がないこの場でだ。
トクン、トクンと心臓の様に跳ねている。
「どう見ても無機物なのに……まるで生きてるみたいに…」
鼓動音が辺りに響いている。
あり得ないと思いつつも僕はそのモノリスの表面に魔力を込めた。
この状態がまるで私が持っているステッキの魔力供給時の様に見えたのでこれを大きなステッキと見立てて魔力供給を行ったのだ。
たしかに魔力が吸い取られている感覚はある。しかしこのモノリスは一つの魔法を使う事しか出来ないようになっていると別途に行った解析で確認できた。
……だが、これを使うに当たる魔力の消費量が尋常じゃない。一般人なら触っただけで死に至るだろう。
だから、月なんかにあるのか…
魔力が段々とそのモノリスに溜まって行っては消費されていくのを感じる。
だが、此処から感じる雰囲気は決して悪い物では無いと長年の勘が言っている。決して害がある物ではないと解析からも分かっていた。
これは扉だ。
誰かがこちら側に来ようとしている。死を運ぶ何かではない。知っている気配だ。
確かに知っている。何の気配かは今のところ思い出せはしないが、私は…僕は…この気配を知っていた。
瞬間、モノリスから光の粒子が現れ、辺りに散りばる。まるで星の様に現れた光の粒子は次第に一つに固まって行き、
一つの人型に変わっていった。
知り合いの平行同位体(並行世界に存在する。全く同一の存在の事。なお、初出はウルトラマンである。ウルトラマン良いよね。カッコいいよね。)であろうか。
例えそうであろうと生物は空気が無くては生きてはいけない。
仕方ないと、その光の粒子の周辺にバリアを展開し、その中を地球と同じ様に空気や重量を足していく。
最後に温度を足した時にそれは起こった。
人型になっていた光の塊が拡散し、中から人の様な何かが現れたのだ。
それは少女であった。
身体を装甲に覆われて、のっぺらぼうのマスクをしているせいか女性らしさは一切無く、知らない人が見れば性別不明…もしくは男性と言われた場合もあっただろう。
だが、確かに僕は彼女が女の子だと言う事を知っていた。
『魔法少女B ブラッドポピー』
私の目の前に…推しが現れた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
何故こんな事になっているかと問われれば昨夜のサキュバスの件が挙げられる。
昨夜、私こと魔法少女A アルタイルは魔法少女C-2 コスモスの援護に入り、敵であるサキュバスを戦闘不能までに追い込んだ。しかし、奴は思ったよりも進化を遂げており殺せば大惨事となる危険な存在になってしまっていた。その為、私は奴の手足を捥いで持ち運びがしやすい状態にし、魔力封印をしたのだ…が、封印したは良いが後になって地球上に奴の身体を置く場所がない事に気がついたのだ。奴は人間が触れない限りは半永久的に復活する事はない…が、逆に地球上に置けばいつかは復活してしまうかも知れない。
だから態々、家にサキュバスの手足で作った僕そっくりの肉人形を置いて4時間ばかりかけて地球から月に移動し、しばらくは人間があまり触れないであろう月の裏に宮殿を建てて封印したのだ。
あ、今宇宙で殺しちゃったら良かったんじゃ?と思った人も居るだろう?
そー言う訳にも行かない事がたくさんあったのだ。
その中で特別面倒な案件の一つが奴のMCOだ。
このMCO。誰の物か分からないが、どうも品質が良い。しかも奴と異常な程に相性が良いらしく、私が見る限り魔力の供給量的に一番の効率となってしまった。
そのせいで自動的に地球というとてつも無い魔力媒体にしがみ付いて離さないのだ。つまり、奴を殺したら面倒な事この上ないと言う事だ。
新たなMCOのせいで地球からの無限の魔力供給によって私が思っているよりもずっと面倒な存在となり果てていたのだ。
正直、封印はあまり使いたくなかった。
あのクソ野郎が復活する可能性があるからだ。
しかし、サキュバスは封印以外の手が無かった。殺すわけにも、生かすわけにも行かない。その中間でしか奴の処遇が決められない。
だから通常の半分の封印となった。
私がこの封印を魔力封印と言うのはそう言うのも関連している。
奴の封印もサキュバスの封印も半分ずつ行う。正直、薄氷を渡っている気分だ。
そして無事、封印を完了して帰ろうとした時に鼓動がしたのが聞こえたのだ。
そしてその鼓動に向けて歩き続け、奴を封印した宮殿が遠のき、周りがクレーターまみれになった所でこのモノリスを見つけた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
と、まぁ、私とこのモノリスの出会いはこんな感じだ。
まぁ、モノリスはもうどうでも良いや。今は…えっと………
あれ?やっぱ…なんでこんな事になってるんだ?
光の中から現れたブラッドポピーを目の前に狼狽える。この狼狽様には自分自身苦笑いせずにはいれなかった。
推しが!なんか出てきた!!
いや、まぁ、僕が知っている奴が出てくるのは知っていた。
私の方の知っている奴だったら死んだ奴も含めて沢山いるが、僕の方の知っている奴というと本当に私と比べれば一握りしかいない。そんな僕の知っている人間が来るのだ。
もう、家族とか本当に少ない友人やらが出てくるんかと思ったけど、なんか推し出てきた。
正直意味がわからない。テレビやゲームくらいでしか面識なかったと思うんだけど、どうなんだろうか。
……アレか…?金魂編で金さんが言ってたアレなのか…?
憧れが大きくなりすぎて知り合いと錯覚したとか言うアレ…?
…え、僕ってそんなに痛い奴だったの…?
自重しよ。
光から現れた推しを目の前にそんな風に戸惑っていると、ゆっくりと光が収まり彼女が光から押し出される様に弾き出されて地面に転がった。
ドゴっ、ゴガッ、
とあまり女の子が出しちゃいけない様な音を立てて転がるのを見て若干心配になるが、あの装甲なら傷なんかつく方が稀であろうと少し安堵した。
遠くから観察する限りはどうやら意識が無いらしく寝てるというよりは気絶といった感じであろうか。あれだけの音を立てても気付かないあたりだいぶやられたのが分かる。
近づこうと彼女に貼ったバリアを私のバリアと中和させて中に入り込む。
平行同位体とは言え僕の推しであるブラッドポピーが目の前にいる光景に少し感動すら覚えるが、気絶してるのでそれどころではない。流石に推しが怪我してる所を見て興奮するほど変態ではないのである。
よし、地球に帰ろう。流石に部屋に置いてある肉人形をあのまま放置する訳には行かない、汚いし。目覚めない僕を明美はめちゃくちゃに心配するだろうし、早く帰らないと…。
私はブラッドポピーを背中に背負ってステッキを空に向けた。すると、ステッキは光輝き私達の身体を覆って四畳ほどのスペースを作ると宙に浮かんだ。
地球から月に行くには4時間ほど時間がかかると言ったが月から地球に行くのにはそれ程時間は掛からない。というのも地球から出るのには重力が足枷になっていたが、逆の場合むしろ重力が手助けしてくれるからだ。そのおかげか帰りは2時間ほどで地球に着く予定だ。
私はブラッドポピーを部屋の端に下ろしてからこの後の事を考える。
平行同位体とは言え一般人とかだったら扱いも楽だっただろう、戸籍とかも私の魔法で楽々偽造出来るし、とりあえずの生活は保障できたろう。だが、魔法少女ともなれば彼女自身の知名度がそれを邪魔する。似ているでは済まないのだ。それに平行同位体同士の接触とかもう嫌な予感しかしない…いや、魔法少女ならワンチャンアリかもしれん……後でこの世界のブラッドポピーに引き渡して見よう。金持ちそうだし一人くらい増えても問題ないよね。
さて、気がつくまではどうしようか、家に置いておくとか言うのは却下だ。ただでさえ黙って家から出てる上に騙す様な事になっている。というか辻褄をどうしても合わせられる自信がない。
と、そんなこんなで1時間くらい悩んでいると呻き声が聞こえる。
ああ、目覚めたか…そう思いブラッドポピーの方へ目を向ける。
瞬間、私の目の前に投げナイフが飛んできた。
「ふぁっ…!?」
と驚きつつ、飛んできた投げナイフを右手の指の間で挟むと次に蹴りが飛んできた。それはナイフに向けた蹴りで、指の間に挟んでいたナイフが急に私の胸に飛んできた……が、私はその脚を左手で掴み勢いを殺していく。
「……どう言うつもりですか、ブラッドポピー、私は貴方を助けたつもりですが。」
「五月蝿い!!アストレアを殺した癖に…!!」
「何を言っているか分かりません!」
「死ね!!ガーディアン!!」
話が通じない。
いつもの彼女なら情熱的な所はあれどもう少し冷静さがある筈だ。何があった…?分からないがかなりの恨みを持っているに違いない。
それに私に向けたガーディアンという名…それは先代までの私の固有名称であった筈、決して彼女たちが知っているはずもないのだ。
並行世界で何があった…?
ふと、彼女が腰に付けたガジェットを左手で弄り出す。私でなければまず気付かないだろう繊細な動きで私の視線から外そうとしている所を見ると次の攻撃への布石であろうか、やはり左手は見て欲しくないのか右手で拳を突き立てて私の顔面を狙うがそれを回避して右手を掴むと私の手はどちらも彼女の脚と手を拘束する為に使えなくなった。
考えたな…見事…と自分から手を拘束させる事に成功したブラッドポピーを賛美したい。
瞬間にブラッドポピーの体に電流が走った。彼女の腰に付けていたのは身体中をスタンガンの様にする機械らしく、バチッとブラッドポピーに触れていた手に火花が走る。
「なっ…!?」
しかし、あまりダメージはない。
それもそうだ。アルタイルとなっている間は受けうる全てのダメージにそれなりの耐性が付いている。これは初代から持っていた能力ではないが、4代目の時代にはもう習得していた程序盤から持っている能力ではあるのだ。この程度の電気ではダメージにもなりはしない。
「…強いっ!私が戦った時よりも明らかに強くなっている…!」
この程度の攻防で力量差を測った上で比較を完璧にこなすのかと戦々恐々としながらも、私は彼女の手脚を離した。
それに彼女は少し動揺を見せたがさっきよりかは冷静さを取り戻したらしく、次の攻撃の為に準備していたであろう左腰のガジェットから手を外した。
「貴方は誰?」
ブラッドポピーがそう私に問う。
顔は見えていない為、分からないが怪訝な雰囲気だ。
「魔法少女A アルタイル。」
「魔法少女…?貴方が…?あり得ないわ。」
「しかし、そう言う事になっているので」
僕がそう言うと彼女はワナワナと震え出す。
「魔法少女は正義の味方よ!!
悪を断罪し、人々を守る!!貴方が魔法少女な筈ないわ!!貴方は悪の化身!!
正義と称して何千人もの人間を殺し、私の唯一の家族まで奪った化け物!!
決して許さない!!」
…本当に何をしているのだろうか、並行世界の私は…
「確かに正義の味方ってガラじゃない事は理解しています。ですが、貴方の怒りの矛先は私ではありませんよ。」
「何を言って…!「マルチバース理論。」………何?」
「貴方は頭が良いからそろそろ気付いているのでしょう?ここは貴方の世界ではないという事に…」
「…知らない………知らない!知らない!知らない!!」
頭を抱えてそう叫び出す。理解を拒んでいる。私を殺したいと叫んでいた。
何の為に…私は何をしたのか…
「私は仲間の為に、アストレアの為に貴方を殺す!!」
私は彼女の脳に語りかけた。
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