第11話
今日は金曜日。
週末という事もあり瞼が異様に軽い。欠伸をしながらベッドから降りて窓へ近づくとカーテンの隙間から青い空が見えてくる。
瞬間、パサァっとカーテンを勢いよく開き先程まで暗かった自室に光が差し込んだ。
「うん、今日も良い天気!」
雲一つない真っ青な青空、太陽が私に向けて挨拶をしてくれている。
この朝焼けの雰囲気こそ私の名前である"田中明美"のルーツである。
明ける日が美しかったとかそんな理由だった気がする。まぁ、キラキラネームじゃないだけマシだろう。
私は自室の扉を開き、少し行った先の階段を降りた。
朝食の準備は基本私がしている。兄は昼食。なんたって天才である私は料理も得意だから一定のクオリティで家族に供給できるから朝食は私、昼食つまり弁当は変えが効く兄が担当してるの、休日は逆になるけどね。
包丁を握りながら台所に立っていると、ふと、なんとなく喧騒が欲しくなりテレビを点ける。別にニュースが見たいわけではないのでそれを横目に再び包丁を握る。
『昨晩、ネットに流出したこの画像。少々荒いですが6年前に秋葉原に現れたと言う未確認生物 魔法少女タイプA"アルタイル"との類似点が見られます。本人だとは今のところ言い難いですが、その可能性も大いにあるでしょう。』
『ネット上ではコスプレだとする意見も見られますが』
『その可能性は無いとは言えません。現在、魔法少女以外にも凄まじい力を持つ少女が多数見られています。これを異人間とするなら、その異人間達のおふざけ…な可能性も正直ありますね。』
トットットット…とまな板と包丁が打つかる音が響く。瞬間にはジュウッッ…と油の跳ねる音。
うん、今日も上手く行ったな…
私はそれを確認すると私の部屋の向かいの部屋で寝ているであろう兄の部屋へ特攻する。
「おにぃ、朝だよ。」
兄は朝に弱い。
目を覚ませばかならずそこらにある本棚やフィギュア棚に小指をぶつけるし、その後1時間は意識がハッキリとしている様子はない。しかもだ。寝かせたら寝かせたで来週の金曜日までぐっすりだろう。だから私がおにぃを起こさなくちゃならないのだ。
「おにぃ?」
仕方なくおにぃの瞑っている瞼を開いてみる。まだ意識がない様で目玉が泳いでいる。
(あれ…?なんか熱い?)
ふと、額にふれてみると熱が手に広がって行く。
異常な熱だ。
「…おにぃ、おにぃ!」
そう肩を揺すったが、目は覚めなかった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ホームルーム後の5分の休み時間…
白石舞は思い悩んでいた。
昨夜の大統領誘拐事件。あれは確か一般の大学生の犯行だった筈だ。モデルガンを改造してお金欲しさによりにもよって大統領を脅すと言う馬鹿な犯行。
しかし、結果は想像より酷かった。大学生グループ全員死亡
米国大統領死亡。
魔法少女達もかなりの被害を被り、マーキュリーに関しては両足が欠如していた。
帰ってきた時にはなぜかは分からないが治っていたので本当かどうかは分からないが、extraterrestrial being(地球外生命体)も敵に腹部を貫かれ死にかけたらしく、血塗れのパイロットスーツを見せられた時には珍しく心臓が飛び出ると思った程だった。
他のみんなもそれぞれ大きなダメージを受けたらしく怪我はある程度治癒したが、珍しく致命傷が1人もいなかった事が少し引っかかる。
「…はぁ、アルタイルか…」
いや、そうだ。引っかかる…ではない。原因は分かってる。
また出現したとされるアルタイルだ。
もう存在自体はとうに知られていたがエレクトロダークネスから提出して貰った映像を観て再確認できた。
アレは人間がどうこうできる存在じゃ無い。
アレが敵に回ったらもうどんな魔法少女だろうと両手をあげて降参するしかないだろう。
今は敵では無いが、今後はどうだろうか。私も正義が悪に塗り替えられた場面を何度も見たし、私自身そうなり掛けた事もある。
人間の裏表なんて均衡による水準の違いでしか無い。片方が飛び出したらそれはもう脅威だ。
しかもコスモスの話によるとどうやら彼女は残虐的な側面を持ち合わせているらしい。それが今までにああいった存在と戦い続けてきたが故に押し出された物なのか…正直、今は議論の余地なく『わからない』と言う事しか言えない。
敵になるか、味方になるか、少なくともこれまで味方としていたのは事実。それを顧みても…彼女には未だわからない事が多すぎる。
どうしてそんな力を持ち合わせているのか、どんな思想の持ち主なのか、目的はあるのかどうか。
情報が少な過ぎるなかで白黒ハッキリ付けようとするのは愚策だが…
いや、そんな事より、今直面すべきは米国への対応だろう。
なんでもアメリカの魔法少女を日本へ調査の為に派遣するとか公表したらしい。
どうせそんなの建前でしか無く主な理由は日本への報復措置…またはアルタイルの研究、あわよくば捕縛といった感じだろうか。
あの国は自国の魔法少女に圧倒的な自信を持っている。むしろアルタイルに勝てると豪語していた。
確かに、我が日本より国土も人口も多い国である為に500人近い魔法少女を保有してしかもそれが全て米軍の戦力下となっていてそれら全てが国の采配で動かす事が出来るのだ。慢心してもしょうがない。
まぁ、日本みたいな魔法少女達を野放しにしている国は珍しいし、他では奴隷の様に扱っていると言う国もあるから、尚更であろう。
何はともあれあの国の魔法少女の愛国精神とやらは異常だ。例え、日本を攻撃しろと命令されたらなんの戸惑いもなく攻撃し、責任をとって死ねと言われれば本気で自害するだろう。
「……面倒な…」
「何が面倒なの?」
ふと、隣の方から声が聞こえた。
その声に反応するように私は声の主に目を向ける。知っている顔だった。まぁこのクラスの人間で知らない人間は居ないが。とはいえ、いつもならば誰がどんな行動をすると、早めに気付くのだが、今回は気を抜き過ぎた様だ。独り言を聞かれてしまった。
「…白石さん。今日ずっと怖い顔してるよ。疲れてる?」
「い、いえ、大丈夫ですわ。昨夜、少々寝付けなくて、今になって眠気が来てしまって。それで少し機嫌が悪いだけです。」
慌てて作った言い訳を頭に並べる。まぁ、普通と言えば普通のいい塩梅の言い訳だと思う。
それを伝えると相手の女子はなんか残念そうな顔をした。
「…あー、そっかー。そう言う事あるよね。
なぁ〜んだ。今日田中くんが休みだからとかそう言うんじゃないんだ。」
「え、田中くんが休み…?」
急の情報に鳩が豆鉄砲を食らった様な顔になる。
「うん。今朝日直で先生に会ってそこで聞いたばっかりなんだけど、妹さんが慌てた様子で電話をかけて来たって。
恋人同士なのに連絡無かったの?」
「ええ、ワタクシ、田中くんの妹さんとは未だ面識がありませんの…」
「あ〜、そっか。じゃあ仕方ないね。
なんでも朝から意識が戻らないらしいし。」
「意識が…!?」
「うん、すっごい熱を出してて、死ぬんじゃないかって妹ちゃんが泣きながら話してたらしいよ。」
思ったより重症なのではと少し心配になる。意識が戻らないとはどう言う事だろうか、彼の身に何があったのか…
ふと、昨日の事が頭に浮かぶ。魔法少女Aの件だ。
奴が…何かの要因で彼の身体に何かを起こしてしまったのではないか?ふと、そう思ってしまう。昨日の今日なのだ、可能性は0じゃない。
しかし、私の頭は冷静に考えすぎだと判断した。
彼は聞けば聞くほどただの男子高校生だ。
一貫の男子高校生程度に、何かあったとは言えあの"A"が関与するだろうか…と。
「…考え過ぎか…」
「考えすぎ?」
「え…あ、ああっと…えっと、彼の事を考えていました…」
「なになに〜、そぉ〜んなに心配なの?」
「…それは、心配ですわ。恋人ですもの。」
とりあえず、関係ある無しに関わらず。今日は田中さんの家に行こう。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
おにぃが死んだ。
『おにぃ!大きくなったら結婚しよ!』
おにぃが死んだ。
『おにぃ!だいすきだよ!』
おにぃが死んだ。
『おにぃ……目を開けてよ…おにぃ…』
おにぃが死んだ。
おにぃが死んだ。
父が死んだ。
ママが………死んだ…
空っぽになった家の中で一人、着ていた服を脱ぎ捨てる。
手首に沿う様に刃が通り、そこから血が滴り落ちた。
ゆっくりと水を張ったお風呂の中で横になる。
背中が冷えて、体が重い。
いつしか、私は目を瞑っていた。
おにぃが居なくなった秋葉事件から一年。
我が一家は少しずつ崩壊していった。
まず…兄が居なくなった一週間後に道端に父のものとされる肋骨が発見された。検察によると肋骨の先がまるで何かにすり潰された様になっていることから秋葉事件の時に大量発生した化け物の一体に喰われたのだろうとされた。警察は父の他の部位も探したらしいが、見つからなかったという。
半年後、母が過労で倒れた。
元々、身体が弱かったのに大黒柱であった父や兄を失ってしまって収入源がなくなってパートやバイトを掛け持ちしていつの間にポックリと逝ってしまった。私もいくつかバイトを掛け持ちしたりして手伝いはしていたが、母が弱っていくのを見てることしか出来なかった…
もうとっくに心は折れてしまった。もう生きていく事自体が辛い。
なんでこんなに…なんで私がこんな……、なんで…なんで………
疑問だけがつもっていく
今日、私はおにぃや…みんなの所に所に帰る事にした。
段々と意識が遠のいていく
…ああ、帰るのが遅くなっちゃったな…お兄ちゃん怒ってないかな?
段々とお風呂が真っ赤に染まってく。
…お母さんも怒ってるだろうなぁ…なんせ半年だもん。半年…いや、一年はみんな全員で集まってないなぁ…
冷たいものが…背中を突いた。
「っっ……!!!!」
死が近づいて来たのかと思った。もう直ぐ死ねるのだと思った。
だが、これは違う。
この冷たさは死への冷たさではない。これは生への冷たさだ。
少しずつ目を開くと、私の胸の上に先端に星形の宝石が嵌め込まれているステッキが浮いている。
「これは……アルタイルの……ステッキ…?」
アルタイル…1年前の秋葉事件の時に颯爽と現れて事件解決へ導いた謎の存在。その姿はまるでアニメや漫画に出てくる魔法少女の様だった事から魔法少女A…またはワシ座a星を準えてかアルタイルと呼ばれている。
そんな存在が…確かに事件当時にそんな存在が持っていたステッキが、私の胸の上で浮いている。
なんだろう…耳鳴りがする。
ナニかがこのステッキを取れと囁いている気がする。
だけど同時に嫌な予感がする。これを取った瞬間、全てが変わるような…そんな感じがする。
「か……え…して…」
自分が…いつの間にか思わず呟いた言葉に驚いた。
何を言っているんだ、私は…ステッキでそれをどうしろと言うのだ。
「かえ…してよ……家族を返して…!!」
何を言っている…?何を言わされているの?
『望みを…カナエル…』
誰か声……
嫌だ、そんなの望んでない。確かに家族には会いたい。でも、コレに委ねる願いは絶対に
………コレじゃ、ダメな気がする。
瞬間、脳が振動で揺れた気がした。
死…
死…
ーーー死。
見た、聞いた、味わった。それを何千何百と繰り返していく。脳にノイズが入る様に、心を汚されていく。
ーーー行かないで…
ーーー奪わないで…
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!!!
誰も死なないで!!
願いは霧散する。
「あ………ああっ……やだ……なんで…?
嫌だよ、なんで死なせてくれないの…!?」
私は……田中明美はその日"アルタイル"になった。
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