第8話

瓦礫の山を見つめる複数の少女が居た。

その瓦礫の山の中には先程まで戦っていた災厄がいる。


先程の羽根を持った魔法少女I イカロスの蹴りは不意打ちとはいえ奴の意識のド真ん中に入っていた。あの夜に魔法少女Aが言った事によればアイツは治癒能力の様なパワーを持っているらしい。脳震盪か、骨折か、あの攻撃ではさらに酷いことになっている筈だ。治癒にも時間は掛かっているはず、兎に角しばらく奴は上がって来れないだろう。


私はひとりでにため息を着く。


瞬間、窓際からパリーンっと言う甲高い音が聞こえて全員が臨戦態勢を取るがその音の正体を見るなりみんな安堵する。


「イカロス先輩!置いていくなんて酷いじゃないですか!」


足元からジェットを出しながらこのフロアに銀色の肌をした少女が飛び込んできたのだ。正体はわかっている。このチームの最後の一人、魔法少女E-2 エレクトロダークネスだ。


イカロスさんと同じ班で行動していたがきっと先を越されたのだろうと察しが付き、やっとまたため息を吐いた。


「…もう、イカロス先輩はもうちょっとスピードを…ってマーキュリーさん!!大丈夫ですか!?脚が!!」


「大丈夫だよ。今、麻酔を打った。意識が無いのは寝てるだけさね。」


「ヘルスガール!ヘルスガールに…!!」


「ああ、帰ったら彼女に見せてみよう。」


脚が無いマーキュリーを見て慌てふためくエレクトロダークネスをエイリアンフォースが宥めている。ヘルスガールとは魔法少女Hの事である。詳しい話はまた今度にするが、今は後方支援向けの治癒能力を持った魔法少女と言えば良いだろう。


マーキュリーの足はきっと治る。

私だけは肺の痛みに身体を横に臥した。


「コスモス…大丈夫?」


ふいにイカロスさんが私の目を覗き込んでくるが彼女の顔を見た瞬間、少し呆気に取られた。白い肌がエメラルドグリーンの瞳を引き立てていて、彼女綺麗な顔立ちが浮き彫りになる。正直、嫉妬する程に綺麗だった。


「…正直な話、大丈夫じゃないです…肋骨が折れてそれが肺に刺さって…息を吸う度に胸の辺りが……」


「気胸か…早く帰ってヘルスガールに見てもらおう。」


「はい、……でもまだそう言う訳にはっ…!!」


瞬間、


ゾクッッッと背筋が凍る様な殺気が空気を揺らす。全員が場の異変に気が付き臨戦態勢を取った。


「いかないよね。」


私の代わりに誰かがそう呟くとみんなが瓦礫の山を見遣る。


ドォォォォォンッッッ!!!!!


瞬間、凄まじい轟音がフロア中に響き渡り、砂煙が空を舞い周囲1メートルが夜だと言う事も手伝ってか全く見えなくなる。砂が目に入らない様に目を細めるが、未だ奴の姿は視認できなかった。せめてもと身体を動かそうとするがびくともしない。


クッソ…!!私の体は、立つことすら儘ならないのか!!


「……この私を地べたに這いつくばらせた挙句生き埋めにするとは良い度胸ね。」


何処かの砂煙の向こうからイラついた様な、さぞかし悲惨な理不尽に晒されたかの様な、悲しげな怒りの篭った自分本位な少女のワントーン下がった事が響く。その声にを聞いた私は威圧感のせいか肌にヒリヒリとした痛みが走っていた。



「良いわ。そんなに死にたいのなら殺してあげましょう。貴方達の命がどれだけ脆くてしょうもない物なのかわからせてあげる。

シャドーマウスを呼び出すにも値しない。私一人で十分だわ。」




何も見えない真っ暗闇の空間で響く綺麗なその声はまるで死刑宣告のように聞こえる。


しかしと私は思う。この暗闇で奴はどう動くと言うのだろうか、私たちが奴を見れない様にきっと奴も私達の事が見えないはず。この砂煙が消えるまでの時間の猶予はまだある。

視界不良はお互い様だが、位置関係の齟齬は作れる。


『…エイリアンフォースさん。イカロスさん。エレクトロダークネスさん。そこに居ますか?』


私は2メートル程先の暗闇にかなり小さい声話しかける。先程まで近くにイカロスとエレクトロダークネスが居たのは分かっているので一応の確認行動だ。


『居るよ。』


『はい。居ますけど。』


『居る。』


それぞれの声色が返ってきたのを確認すると私はケータイを取り出し一番近くにいるエレクトロダークネスさんに手渡す。


『このままでは全員やられるのは明白です。今のウチに奇襲の準備をしましょう。』


『奇襲…?奇襲ってどうするんですか?」


『とりあえず…』



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



闇、暗闇。

まるで寝る頃に壁に映る月明かりに照らされた影が人型に見えて怖くなって布団を頭から被って寝ようとし逆に真っ暗すぎて怖くなるくらい真っ暗な暗闇が辺り一面に広がっている。


サキュバスは自身の切り傷だらけの身体を治しつつ目を閉じ、耳を澄ませていた。


先程、彼女が起こした砂煙はやはりというか彼女自身の視界をも奪って敵の位置を割り出す事すら不可能な程になっていた。今敵に手を出そうとして失敗したら後々痛手を追うのはこちらだと思い敵を目の前にして攻撃ができないというのはかなりのストレスになっていて、内心は罵詈雑言で溢れかえっている。

しかし、目が使えないのなら耳を、耳が使えないのなら鼻をと言った感じで言わば『メインカメラをやられただけだ!!』とむしろ鎮まり返ったこの場所で少しでも音を出したら攻撃をと、張り切ってはいる。

一応だが、魔力での位置把握も出来なくはないが其れ自体かなり高度な上、位置関係が曖昧な物で戦闘中にそれを頼りにするなぞ滑稽の極みだ。


だから、ひたすら耳を澄ませる。


破裂した水道管から流れ滴る水の音、


未だに塵積もる瓦礫の崩れる音、


サキュバス自身の呼吸音、


そして、布の擦れる音。


全ての音に集中し、全ての音に理由付けをしていく。そこには目には見えない世界をも見渡せる気すらした。



『…真っ暗だ。』


居た…!!

距離からして10メートル先、北緯40度。

それがサキュバスと声の主の間に広がる空間であった。


(もらった!!)


サキュバスは心の中でそう叫ぶとソコに向かって飛び出した。

その衝撃で暴風の様に身体を巻き込んで土煙の霧が晴れていく。そしてその声の主に目掛けて手が変形した刃を突き立てる!!


ザクッ……


何かガラスの様な手応えと地面のコンクリの手応え。

突き刺した刃から伝わる手応えには肉を引き裂いた様な絶妙な手応えが無い。


「なんだ…?」


訳がわからない。誰か居たはずだろう。しっかり声が聞こえた。スピーカーから発せられた様なノイズも無く、しっかり肉声だったはずだ。


サキュバスは土煙の霧を振り払って正体を探る。



「………なんだ…この不思議な形の携帯電話…」




正体不明の音の正体はスピーカーの近くに何か金属片が付いている携帯電話であった。見ればわかるがオーパーツの類ではないかと思ってしまう程、今現在の技術力からしてみればオーバーテクノロジーだ。



「クソっ…!!」




一瞬でこれが陽動だと気づき辺りを見渡す。


奴はどこに!!!


焦る様に答えを探して、その答えは背中から聞こえてきた音によって証明された。





キュィィィィン…




エネルギーを溜める様な音が響き。辺りが青白く光りだす。気づいてサキュバスが振り返るがもう遅い。収縮していたエネルギーを解き放つ。


刹那。





「細胞一つ残さない。」






女の声が聞こえたと同時に光の波が押し寄せた。



光の波は一瞬でサキュバスの影を塗りつぶすとその壁や床ごと吹き飛ばす。

光と今まで聞いた事がない様な轟音と共にフロアの一区画を吹き飛ばすと数秒光を発しながら段々と小さくなっていく。




「独り言が多いのは嫌われるんですよ。友達作りたいのならその癖直してから出直して下さい。ばかヤロー」





その光の波の正体は今現在この五人の魔法少女陣営で一番の火力を誇る魔法少女Eエレクトロダークネスによる。最大火力、身体を動かす全てのエネルギーを使い切る代わりに放つ必殺技、"はいぱーすーぱーめちゃくちゃつよいびーむ(仮称)"である。


「…はぁ、はぁ、ちょっとエネルギーつかいすぎちゃい…ました……」


魔法少女Eはそう息絶え絶えに膝をつく。


「やったの…?」


端の方で魔法少女のみんながそう呟く。


エレクトロダークネスは怒っていた。大切な先輩であるマーキュリーが瀕死の重体にさせられた事に酷く動揺し怒りを抱いていた。

だからだろうか、先程の敵が小さい女の子の様な姿であると分かっても、化け物にはない人の様な高度な知能を持っていようと、この必殺技をぶつける事に一切の躊躇が無かった。


「はぁ…はぁ、はぁ…嘘でしょ…」



殺す気だった。

息の根どころか奴の細胞の一つとてこの世界に残す気などなかった。本気の身体の全エネルギーを使ったビーム砲。これで全てが終わる。そう、思ってはいた。

だがしかし、



「……あれで死んでないとか…どんな化け物なんですかっ!!」



焼けたコンクリートの上で溶けたガラスが赤く黒く光輝いて奴の身体を映し出す。

確かにダメージはあった。身体中が火傷により焼き爛れ、左腕と右脚が吹き飛ばされて断面が蒼く燃えている。身体を支える右脚が無くなった為に身体を魔力で浮かせて浮遊しているが其れも幾らか不安定だ。


だがしかし、奴は死んでいない。化け物だろうが今まであの必殺技を食らった奴はみんな塵になっていった。しかし、アレを食らっておいて未だ奴の身体は健在、しかも死んでいないときた。


正直、あり得ないと言った方が良い。



「………ハァァァーーーーーー…………今のは危なかった。身体が無くなるかと思ったわ。

急遽バリアを貼らなければ本当に死ぬところだった………」


サキュバスはそう呟く焼き爛れた皮膚や欠損した部位が段々と再生していく、それを見て魔法少女全員が絶望した。

エレクトロダークネスが最後の最後まで自身のエネルギーを使い切った技が防がれた挙句に与えた分のダメージでさえ再生されてしまったのだ。もはや、誰の技であろうとダメージを与える事すら出来ないと言っているような物であったのだ。


落ち着いた雰囲気だった、サキュバスは段々と鬼の形相の様な顔になっていく。



「……ふざけんな、ふざけんな…ふざけんなぁぁぁぁぁ!!!!!殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!ぶち殺すッッ!!」



雰囲気が変わった。







「…グッボッバァッッ……!!」





最初はエレクトロダークネスだった。

ただでさえ動かせなくなった身体に風を切る音と共に蹴りを腹部に繰り出され、壁際まで吹き飛ばされる。


「…ぐぅ…!!!」


「ダークネス!!」


彼女の苦痛の悲鳴を聞いたエイリアンが助けようと走り出した瞬間、腹部に痛みが走った。


「っ……」


見るとエイリアンの腹部から腕が生えている。否、突き抜けているが正しいか。いつの間にか背中に移動していたサキュバスに背中から腕を突き刺されたのだ。


ボタ、ボタ、と生暖かい赤黒い液体が身体から流れ落ちる。まるでそれは命が落ちていく様に感じられた。


「エイリアンさん!!!」


コスモスが肺の痛みを抑えながら遂に叫ぶが次の瞬間にはエイリアンを貫いていた腕の主は消えていて、エイリアンはゆっくりと床に臥した。

防戦一方いや、蹂躙と言った方が正しいか、奴の動きに目が追いつかない。ぼうっとしていたら次の瞬間には死んでいるなんて事になってしまいかねない。




次はイカロスだった。


コスモスの左側からブチブチっ…と神経を千切る様な嫌な音が聞こえて、そちらを見ると背中から血を流し膝をつくイカロスの姿がある。


「イカロスさんっ!!!」


動かない身体を地面に擦り付けながらコスモスは様子を見るが背中にあった筈の大きくて真っ白な羽根は跡形もなく千切られていた。


「……っ!!…」


イカロスは声にもならない苦痛の悲鳴を叫ぶが、次の瞬間には何者かの手によって横から胸ぐらを掴み上げられる。


見ると胸ぐらを掴んでいたのはサキュバスであった。サキュバスの身体が小さいが故にイカロスは膝立ちの様な状態になる。


「…サキュバスっ!」


「さて、イカロスなら堕ちないとなぁ!!」


そうして頬に重い一撃を受けると、イカロスは先程、エレクトロダークネスが開けた壁の大穴から外へ弾き出された。


高さにして30メートル以上あるこのビルから羽根を千切られたイカロスが飛び出す。正直、生存は絶望的と言っていい。


コスモスは身体が硬った。




全滅。




そう言って差し支えない状況だ。何人かチートとも呼べる力を持つ魔法少女を連れてきたのに奴に一歩も届かなかった。

絶望的だった。

床に臥しながらもコスモスは恐怖した。


死に恐怖はしていない。死んでも生き返るからではない、コスモスはとある戦闘種族の末裔である。

戦死こそが名誉であると言う価値観の元育てられているから死に恐怖はない。しかし、ふと過ぎったのはの表情だった。


コイツを生き残らせておけば、いつ先生に危害を加えるか分からない。もし、先生に危険が及んだら死んでも死に切れない。


コスモスは今、恋をしていた。100%片想いな、恋をしていた。

ここまで人を好きになった事が無いと思える程の恋をしていた。


この想いが実らなくて良い。せめて、先生が幸せに暮らせる世界を…


私じゃなくても…誰とでも良い、絶対に先生が幸せになる未来を…


……作りたいと思った。私が戦う事でそれを作れるのだとするならそれで良いと思っていた。

だからこそ此処で夢半ばで死ぬ事に恐怖を抱いた。コイツが生きていれば何人死ぬかも分からない。その中に先生の大切な人が居たら?


ーー恐怖する。


あまつさえ、先生自身が死んでしまったら…?


ーー恐怖する。



だから、立たなくちゃ。奴を殺さなきゃ、身体が悲鳴を上げようが関係ない。奴を殺せ。

どんなに汚らしくても良い。私の命が尽きようがどうでも良い。奴の喉元を掻っ切ってやれ。


「へぇ、、、そんな身体でまだ立つんだ。」


殺せ、死んでも殺せ。奴だけは生き残らせてはならない。

大丈夫だ。刀は折れたが、まだ背中の大剣が残っている。


大剣を引き抜き、構える。


「身体の限界来てるの分かってる…?まぁ、いいや。面倒臭いし殺すね。」


息を止めて奴の喉に大剣を突き立てる。肺の痛みが力を弱める。息を吸わずに戦え。


奴が死ぬ事は前にアルタイルから聞いている。つまり不死身ではない。奴はちゃんと殺せば死ぬ生物なのだ。


「やぁぁぁぁ!!!!」



大きな咆哮と共に刃を振るう。



パリィィ……ン……


次には刃が壊れる音がフロア中に響く。



パラパラと鉄の破片が崩れ落ちていく。私はそれを冷めた目で見つめていた。


嗚呼、知っていた。


今の私では奴に勝てない事くらい知っていた。足元にも及ばなかった。刃の一つとてダメージを与えられなかった。

何をしようが意味を持たなかった。


「死ね。」


無慈悲な拳がコスモスの方へ飛んでいく。


死ぬのかとコスモスの体は次第に脱力していく。別に変な事では無い。負けたら死ぬのは勝負の上で仕方ない事なのだ。


拳は私の顔に向けて飛んできている。アレを食らったら私の頭部は粉砕されてしまうだろう。


「ぐっ…」


私は死を覚悟して歯を食いしばった。


きっと痛みは一瞬だ。あの威力の攻撃では即死は免れない。死ぬならあっさりした方がいい。痛いのは嫌いだ。


拳による風切り音が段々と近づいてきて、嗚呼、もうすぐ終わりだ、そう思った時、




ふと、





パシンっ




っと乾いた皮膚と皮膚がぶつかる様な音が響いた。

その音が意外に鮮明に響いたから私は思わず、その音の正体を探る為にゆっくり瞼を開く。


「…なっ…!?」


サキュバスの驚く声。私の心臓の鼓動が早くなる音。

その音が重なった。


綺麗なんて言葉は忘れてしまった。神々しいなんてとても言えなかった。






「アル……タイル…」






そこにはこの世の物とは思えない美を備えた少女化け物が居た。


「ええ、2日ぶりですね。コスモスさん。この状況…デジャブって奴でしょうか。」

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