第7話

生臭い血の匂いが嗅覚を刺激する。

その時、私は明確な恐怖を感じていた。目の前の化け物がなんなのか一瞬わからなくなってしまった程だ。この間より背が低く見える。

というか、私よりも…小さい?


「お前…その背はどうした…?」


思わずと言った感じに呟いてしまう。すると目の前のサキュバスは意表を突かれた様に目を丸くする

「背…?」と意味わからなさげに一言呟いた後に奴は自分の身体を見ると少しして察しが付いたかの様にポンっと手を叩いた。



「ああ、コレね。代償が必要だったからそれを支払っただけ。」



そう言うと奴はゆっくりと手を上に挙げて踊り出す。

腰を揺らし、足を地面に叩き付ける激しい踊り。前の彼女だったら様になっていただろうが今の彼女には背が小さいのも相まって大人び過ぎていると言うのが感想だった。


「話をすぐ濁す。」


「だって私の本質はそれじゃ無いもの。」


「じゃあその踊りはなんだ…?

何をしている?」


「ウフフ、それこそ知る必要はないわ。だって貴方は




私に喰われるのだから」



そこまで言って奴は地面を蹴り、踊りを急遽辞めると手を広げた。

何事かと思い周りを見渡すと自分の影から歯茎が生えてくる。さっきまでの踊りはコレを召喚する為の儀式だったのだろう。


「化け物!?いつの間に!!」


「私の下僕の一匹、シャドーマウス。影から影を移動して獲物を喰らう"カンナギ"…貴方くらいの下級魔法少女だと…もしかしたら死ぬかもね。」


歯がガキンッッと音を立てて閉める前に飛び上がり天井に張り付く。


「ウフフ、ウフフ…さぁ、踊りなさい。芸術的に。けど、私は綺麗なままの貴方が食べたいから………

あんまり傷付かないでね。」



先程まで地面の影があった場所から歯茎は消えるのが確認すると少しして自分の手と天井の間に急に溝ができる。その溝から歯の先の様なものが見えたので魔力を急遽打ち切り地面に自分から叩きつけられる。


ガチィィッ!!


歯と歯が打つかる音が天井から聞こえると、あと0.2秒でも遅かったら身体が縦半分になっていた。私は早速立ち上がると影を見る。


やはり私の影から歯が現れた。


「早く逃げ無いと、みたいに脚が無くなっちゃうかも知れないよぉ〜」



あの子……?



ガキンッッ!!


思わず言われた事に驚愕しつつもギリギリで閉じられていく歯から逃げる。危なかったとため息を吐くがそれどころでは無い。


「お前…今、と言ったな…

誰の事だ…?」


「フフッ、お知り合いかしら…でも安心して、喰べる前に貴方が来たからまだ喰べてないわよ。ちょっと厄介だった脚を摘み食いしただけ。」


そこまで言われて理解する。


コイツが言っている"あの子"と言うのは先程からこの位置でGPSが動かなくなっていたマーキュリーさんの事だろう。

つまり、今マーキュリーさんは…


「…殺す。」




「出来るのならね。」


ガバァッと下から歯が現れるのを走って避ける。この位置なら奴に特攻を咬ませると判断して肩に掛かっている大きな大剣を引き抜いた。




「ハァァッッッッッ!!!」




激昂しながら斬りかかる。


取った!


大きく振りかぶった刃が奴の首目掛けて飛んでいく。もう奴に避ける暇なんてない、与えない。

そして刃が奴の肉に埋め込む寸前。



カキンっ…と異様に軽い音が鳴る。



(刃が通らないっ!?)



首に当たった筈の刃が傷一つ付けられる事なく跳ね返った。


「貴方程度が…ふふ、でも良いわ。新しいMCOを手にした私に負けるのは当たり前よね。……あの…女さえも!!」


また足元から歯が出てきた事に気付きバックステップで後ろに下がる。

息を吐かせる暇も与えないとは…


「良いわ。強くなった私の力を特別に見せてあげる。シャドーマウス…下がりなさい。」


そう言うと影は動きを止める。まるで犬のようだが、今はそんな事を気にしている暇はない。


「…はぁ、はぁ、はぁ、」


先程のアレが思ったより疲れたらしい。息が止まらない。

目の前の奴の姿を確認するが先程の位置から一ミリもズレていない。


「はぁ、はぁ…」


影から歯茎が現れないと言う事は奴の言う通りあの化け物は出て来なくなったのだろう。


大剣を背中に戻し、腰に刺さっていた刀を抜いて構えを取る。

あんな大剣で首が切れないと言う事は皮膚が何かの影響で固くなっているのだろう。ならば比較的柔らかい中をやるしか無い。この細い刃を口に突っ込み内臓をズタズタにする。


「あら、そんな細い剣でいいのかしら?

私は良いけど、すぐ折れない?」


奴はそう言うと刃に変わっていく自分の手を見て微笑んだ。

やはり、元人間とは言え今や化け物に近しい状態なのかと内心ため息を吐きつつ、刀を握る手を強ばめた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



エイリアンフォースは銃を構えて窓を覗く。

あれから数十分がたった。あの部屋に残されていた血液を検査したところ大統領の血液と一致した事がわかった。エイリアンの科学力ならば一枚の写真からでも血液サンプルを取る事ができる。そんな科学力を用いて態々唾液のサンプルを手に入れていた状態で検査したのだ。確率は100%を超えているといって良い。




しかし、先程からコスモスとマーキュリーの反応が一切ない、一応だが、GPSでイカロスとエレクトロダークネスの方を確認したのだが、現在、此方に来ていないと言う事は連絡がまだいっていないと言う事だ。

大統領が死んでいると分かった以上、ただ事で無いのは確か。

つまり、今コスモスが連絡が取っていないと言う事はどちらも戦闘中か。それとも、死んでいるか。



しばらく歩き、マーキュリーがいる筈の位置へ移動する。


一応、コスモスが侵入を図った入り口とは別の入り口から入るが、コスモス側で戦闘になっていた場合、そんな慎重な行動など意味が無くすだろう。この世界での戦いに置いて壁はないも同然なのだ。


ガチャリと扉を開き中を確認する。


中は暗くてあまりよく見えないが、何かあった事は分かるくらいには散らかっている。カーテンは爪で斬られたように裂けて家具はあちこちに霧散している。


少しして、私が入ってきた方とは逆の扉の小さな曇り窓から閃光が走った。


「…何?」


向こう側はコスモスが居る地点だ。あの閃光がこの状況を作り出したのかと一瞬考えたがそんな考えも後ろから小さく震えた声が耳に入ると霧散した。


「ぐっ…エイリアン…」



掠りすぎて下手したら風の音と聞き違えるのではないかと思う程のその声は意外と私の頭にはよく響いた。


「マーキュリー…?」


掠れているが知っている声だ。

こんな弱った彼女の声初めて聞いたとふと思ってしまうがそれを振り払い後ろへ振り向く。



「………っっ!!!!」


息を呑む。

そこには膝から下が何も無いマーキュリーの姿があった。


「マーキュリー…!!」


思わず叫ぶと彼女へ走り寄る。足の断面から未だに血が垂れ流しになっているのでそれを私自身の服で覆い血を止めようとする。


「誰が…こんな事を!!」

「さ、サキュバスや。早く…早く援軍呼んでやって…となりでコスモスが戦っとる…」

「コスモスが…!!??」



マーキュリーをこの十分程の間にこんなにした相手だ。とてもコスモスにどうこうできる相手だとは思えない。

緊急事態用の携帯電話を開く。最近出てきた最新機種らしいが、私からしたら使いにくくてあまり使いたくない、だが緊急事態だ。あの二人の内で連絡先を知っているイカロスに電話を掛ける。

プルルルと数回のコール音が鳴った後に消えると私は勢いよく喋り出した。


「緊急事態!!」


『…………何?』


「マーキュリー負傷!現在、®️部屋前の廊下にてコスモスがサキュバスと戦闘中。至急上がってきて頂戴。」


『了解。』


『すぐ行きます!!3秒…いや5秒で!!』


勢いよく返ってきた返事に安堵を浮かべるがそれでもこの現状を見て、一向に勝てる気はしなかった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




刀と刃が打つかり独特な金属音が鳴り響く。


私の刀はとうに限界だった。ただでさえ折れやすい刀だ。こんな大きな刃との鍔迫り合いを想定しているはずが無い。

当初の予定では突きで牽制して奴の内部を崩すつもりであった、だが意外にも素早い剣戟により防戦一方にさせる。

突きを繰り出す余裕も無いのが現実だった。


「ぐうっっ!!」


刀が押しだされ次の刃が首目掛けて飛んでくる。私が奴と戦い始めてたった数十秒の内に何百回と繰り返した光景だ。それを躱したり刀で防いだりしながら私はギリギリ生き延びている状況だった。

1秒がものすごく長く感じる。1秒の間に考える事が多すぎるのだ。


こんな事を考えている間にも刀の刃を段々とあの奴の手が変形した大きな刃によって削られていく。床には私の刀から落ちた金属片が舞っていた。


「へぇ、意外とやるじゃない。3秒保てば良い方だと思っていたけれど…

さっきの下級という言葉は撤回させていただくわ。…でも、」


奴はそう呟くと私の刀を弾く。また刃が来るとまた防御の姿勢を取る為に奴の刃を目で追う、が瞬間、腹部に強い衝撃が走る


「ガハッ……!!!」


奴の膝蹴りが私の腹部に刺さった。



「得物を見過ぎよ。」



私はその衝撃により3、4メートル後ろに飛ばされると一番後ろの壁に叩きつけられる。

勢いの乗った私の体により壁は粉砕されて隣の部屋の壁に再び叩きつけられると勢いが死んだのか体は地面に倒れ伏した。


「…グフっ……」


口から生ぬるい何かが重力より下へ這っていく。

瞬間にぽたぽたと地面に落ちるのは赤い液体だった。


力量も技量も全てが破格すぎる。あの夜、奴を圧倒していたアルタイルがどれだけの化け物だったのかがよく分かる。



「コスモス!!」


横から声が聞こえた。

その声の主を見た瞬間に思わず目を見開いてしまう。そこにいたのはエイリアンフォースさんと両足を布で包まれたマーキュリーさんの姿があった。


「エイリアン…さん、に、逃げ…ゴホッ、ゴホッ…!」


逃げろと言おうとしたが最後まで言えない。胸から痛みが走る、肋骨が折れて肺に突き刺さっている状態なのだろう。息が上手く吸えない。


「コスモス!コスモス!大丈夫!?」


エイリアンフォースさんが此方に駆け出して来る。嗚呼、不味い。

私は彼女を手で制すると


「フフフ、また一匹現れたわね。次はもうちょっと楽しませて貰えるのかしら?」


向こうから奴が歩き出してきた。


「…あんたがサキュバス…」


瞬間、エイリアンフォースさんは腰にあった2丁拳銃をサキュバスに向けたが、思ったより奴の背が小さいことに驚いたのか少し銃口がブレる。


「…エイリアン…さん…ゴホッ…」

「良いから、アンタは休んでいなさい。」


銃を構えながら、サキュバスに近づいていくエイリアンフォースさん。


「ま、待ってください。奴は技量でどうこう出来る敵じゃないんです!」

「マーキュリーがこうなってる以上、理解の上よ…それに、」


ちらっとエイリアンフォースさんは近くの窓を覗く。



「私一人で死んでやるつもりは無い」



バリィィン!とサキュバスの近くにあった窓が割れ。何かが舞い降りると、それは目の前のサキュバスに向けて思いっきりの飛び蹴りを喰らわす。


「グハッ!!??」


急の出来事に対応出来なかった、サキュバスは顔面に思いっきりソレが入ると、付近の壁に衝突し、姿を消す。辺りに瓦礫が舞い、ただでさえ汚かった部屋が更に汚くなっていくのを見ると、そこには白鳥の様に真っ白な羽を生やした一人の少女が立っていた。



「……ごめん、遅くなった。」



無表情で少女はそう言うと羽根を閉じる。


「本当よ。あと10秒遅ければわたしは死んでたわ。」

「……ホントに無茶する。」

「無茶せざる得なかったのよ。」


ブスッと仏頂面になるエイリアンを魔法少女I イカロスは無表情で制すると、少しして奴が埋まっている瓦礫の山を覗いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る