第6話
クチャ…クチャ…
生々しい音が暗闇に堕ちた部屋に響く。それはまるで肉を貪る獣の様であった。それは何かを愛でる女性の様であった。
その音の主はしばらくして手に持っていた何かから赤い液を垂らすと体に塗り始める。
白い服が赤く染まっていく。
「ねぇ……幸せ?
わたしの物になれて…わたしを自分色に染めあげられて………ねぇ、幸せ?」
小さい声でそう紡がれた一言は震えている。
「幸せなら、笑って。」
その影は意味もなく、肉塊にそう言葉を落とした。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
上空400メートル、地上からかなり離れた位置に一つの輸送機が飛んでいる。
通常コンテナを乗せる用の輸送機の為、かなり巨大なのだが、今回の使用用途は少し違う。
空中で本来なら開く筈の無い背後ハッチが開くと5人の少女が空に向けて歩き出した。
皆、かなり特徴的な格好をしていて、今回の任務には不向きな格好ではあったが、あまり服装を変えられ無いために渋々こうなっている。
しばらくしてハッチの端で4人が並んだ。
「……ひぃ…風が強っ…風邪引くわこんなん!!」
うち一人がそう叫ぶ。締まらないなと思いながらも確かにと数人が頷いた。それはそうだ。だって皆揃いも揃ってミニスカートなのである。
「マーキュリーさん…流石にパーカー着ていた方が良いのでは?」
「…んん!!でもパーカーなんて着たら魔法少女とは呼べへんのよ!このドレスこそ私って感じがするから、海でも山でも空でもこれでいくわ。いかにもスピードスターって感じがするやろ?
てか、コスモスちゃんこそそのデッカい剣置いてきた方が良いんちゃう?重いやろ?」
「私は剣で着地の衝撃を和らげるので大丈夫です。」
「いや、剣でって…あんたの剣どないなっとんねん。」
そうツッコむのは魔法少女M マーキュリー。彼女は魔力で自分以外の世界の時間を止める又は遅める事が出来る魔法少女である。魔法少女の中でも珍しく世界に干渉ができる魔法を使うことが出来るのだが、力が強すぎるが故にそれ以外の魔法が使えない。
そんなこんなで騒いでいると一番端の方からため息が溢れた。ため息が漏れた方を近くにいた魔法少女C-2 コスモスが見てみると魔法少女E エイリアンフォースが重そうなバックパックを背負いながらこちらを見ていた。
「あんた達は良いわよね。寒い寒くないでそんなに騒げて。私なんかこんな重いパラシュートパック付けないといけないのよ?パーカーどころか装備も軽装の物しか持ち歩けないし。」
「あはは…でもエイリアンフォースさんならジェットパックの一つくらいあると思っていましたが…」
「んなのあったら、今までだって使いまくってたわ。科学力にも限界はある物なのよ、みんなと違って私魔法使えないから、」
そこまで言うと隣の銀色の肌を月明かりに映した少女が話に割り込んでくる。
「むぅ〜、そんなデメリット!私なんかより遥かにマシじゃないですか!私なんて勝手に細胞が金属に変化していくんですからね!あんなにムチムチだったぼでーがガチガチぼでーに変わっていくんですよ!!今まで美容とかお肌に色々気にかけてたのに…水の泡ですよ!!」
「その分、頭の中で考えた装甲を考えたまま直ぐに体に増築できる便利機能付きじゃない。まぁ…女の子らしさは失せるけど。」
「そんな完全兵器みたいな機能要らない!!」
魔法少女E-2 エレクトロダークネスはそう叫ぶと少し落ち込んだ。彼女は自分の身体をさまざまな武装で覆う事が出来る魔法少女である。何故こんな身体になってしまったか等はまだ分かっては居ないが本人を見る限り少なくとも本気で悲観はしていなく、自分からネタにする位にはとうの昔に割り切ってしまった様だ。
最近はブラッドポピーがエイリアンフォースの科学力を用いて作った薬剤により体の機械化の侵攻を塞き止めている。
「てか、まだ着かないの?」
エイリアンフォースはそう呟くと
「着いたら連絡が入るってポピーが言ってたんやろ?この飛行機だってポピーの持ちもんなんやから、ポピーが言ってる事を信じておけばええんよ。」
と、マーキュリーに返されて
「てか、私。まだ新参者なんですが、なんで私がこんな作戦に参加してるんすか?私なんかよりもっと適任いたかと思うんですけど。」
ふと、エレクトロダークネスはそう尋ねると
「知らん、自分で考えろ。」
とマーキュリーに返された。解せぬ
しばらくそんな言い合いがつづいているとふと、コスモスが気づいた様に呟いた。
「あれ?イカロスさんは…?」
魔法少女I イカロス。背中に特徴的な大きな羽が生えた魔法少女である。しかし、自分自身で魔法少女とカウントされる事に何か感じることがあるのかよりにもよって溺死した羽の生えた青年(?)の名を持つ。そんなイカロスがこの場にいない事に不思議がったのであろうコスモスは辺りを見渡す。ハッチが開く前にはこの輸送機の中に居たはずなのだ。
「何言ってるのよ、アイツは羽根持ちでしょ。先行ったわよ。空中で滞空できる奴は良いわね…全く。」
「いつの間に…!」
「とりあえずこのチームリーダーある私が、今回の任務を復習するわね。」
そうエイリアンフォースさんが自慢げに言うと任務の内容を話し始めた。
ちなみに彼女は自分がチームリーダーだと言っているがこのチーム自体ブラッドポピーにより5人チームを作る様にと言われたからできた即席チームであるのは言うに難くない。
「今回の任務はまたまた誘拐された米国の大統領の救出よ!
まったく化け物退治の専門家に何やらせてんのよってなるかもしれないけど。日本で誘拐された以上安全に助け出さなくちゃならないの。良いわね。だからこうやってこんなデッカい輸送機まで使ってるんだから。
とりあえず、滞空できない私とコスモスとマーキュリーはB地点に到着後、颯爽と人質を救出、先にA地点で待機しているイカロスとエレクトロダークネスが人質を連れてこの輸送機に連れてきて、そのままこの輸送機を米国へ直行させるって算段よ。作戦は単純かつ的確に。
あ、本来だったら対人に関して禁止指定掛かってるマーキュリーが参加している以上失敗は許されないから気をつけてね。」
「むぅ、プレッシャー掛けんとってなぁ…」
「事実よ」と彼女が呟くと少しして、ブー、ブーと警告音の様な音が輸送機内に響く。曰く、これが位置に着いた合図であるらしい。
「じゃあいくわよ。落ちる位置は魔力をブースターにして修正していってよ。じゃあ無限の彼方へ!!」
さぁ行くぞとだけは絶対言わなかった。
最初にB地点に着いたのはコスモスであった。重い大剣を盾に地面を刺して勢いを分散させていく。もし先にマーキュリーが居たら、「マジでやったよこの化け物…」と驚愕していただろう。地面から大剣を抜き、肩に担ぐと次が空から落ちてくるのが分かった、すこし位置をズレて空を見上げる。
「スゥゥゥゥパァァァァ!!!」
遠くからそんな声が聞こえてくるのが分かるとコスモスは少し顔を歪めた。
「ヒーロー着地!!!」
瞬間、ドォォォン!!っと地面に如何にも膝に悪そうな体制で着地をするマーキュリー。なんとなく昨夜、観たといっていた映画がわかった気がする。
因みに高度数百メートルから落ちても無傷だった理由は地面に着く瞬間に時間を止めて衝撃を打ち消したからである。こちらこそ化け物だと思う。
「あまり大きな声出さないで下さい。まだターゲットはこの真下に居るんですよ?」
そう言うコスモス、B地点はこの廃ビルの屋上なのである。ここの22階に大統領がいる事は確認済みだ。
「すまんすまん、つい…な?」
「はぁ…もういいです。それでエイリアンフォースさんは?」
「あいつはパラシュートやからゆっくり降りてきとる。ほら見てみ。」
そういうマーキュリーのゆびさす方向を見るコスモス。そこには確かにまだ上で飛んでいるエイリアンフォースの姿があった。
「マーキュリーさん、時間は早めたり出来ましたっけ?」
「ん、出来ないで?もし出来たとしてもウチ以外のスピードが速くなるだけやと思うからそっちの体感時間は変わらへん。」
「そうですか、」
「まぁ、気長に待とうや。」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
数分後、やっと降りて来たエイリアンフォースのパラシュートを片付けるのを手伝っていると、少し作戦開始時刻を過ぎているのに気付き急いで目的地へ向かう。走りながら一応イカロスとエレクトロダークネスが位置に着いているかを確認する為、エレクトロダークネスに持たせた通信機に通信をかけるがエレクトロダークネスがコミュ症であるイカロスとの会話に憤りを感じている状況だけ聞こえて来た。その後一応だが、位置に着いている事だけは確認が取れた。
ふと、先頭にいたコスモスが23階まで降りて来た所で、足を止める。あと一階で目的地だ。
「…コスモスちゃん…?どしたん?」
マーキュリーは怪訝な顔でコスモスにそう問うと、シッと彼女は指を唇に添えて真剣な面持ちで呟く。
「血の匂いです。誰かが死んでいます。」
そこまで言ってから、全員が理解した。
今回の事件、実はそこまで政治的な事件ではない。と言うのもお金欲しさに銃好きなオタク達数人がモデルガンを銃に改造し(現実だったら出来ません。)それを武器に誰も見ていない内に大統領を誘拐した。ただそれだけの事件なのだ。まぁ、行き当たりばったり感は拭えないがそれでも本当に大統領を殺してアメリカの政治を変えるみたいな陰謀めいた事では無いのだ。
だからおかしい。この事件、そうそう死人なんか出る筈がない。本来だったら警察に任せておいても良い事件なのだ。まぁ日本の顔を立てるために私たちが出て来ている時点で過剰防衛すぎでは?とは思うが、
それでも死人は出るはずがないのである。
そうなれば、何が起こったかなんて事は想像に難くない。
「…つまり、化け物が出たって事?」
「いや、化け物レーダーにそれらしき物はいないよ?」
「ほな、なんやって言うんや…?」
「サキュバス…?」
前回一回だけ邂逅した事があるコスモスがそう呟く。
すると、神妙な面持ちで全員がコスモスを見る。少ししてエイリアンフォースが通信機を取った。
「エレクトロダークネス、イカロス、作戦変更。上がってきて、ブラッドポピーが言っていたサキュバスが出たかもしれない。私たちは大統領の生死を確認するために先に突入するから、着き次第後に続いて…」
そこまで通信機で伝えた後にエイリアンフォースは通信機を腰にしまう。
ちなみにサキュバスの事は全魔法少女へブラッドポピー越しに通達されている。しかし、アルタイルの生存報告は通達されていない。理由としてはブラッドポピー自体が未だその事実を飲み込みきれていないからであるのと同時にアルタイルさえ居れば他の魔法少女はいらないと言う概念を持たせたくない為でもあった。
「本当にサキュバスなんか?」
「分からないけど、念には念を入れなきゃ。マーキュリーごめんだけど、時間を止めて下の階を偵察しにいく事はできる?」
「すまん、それは出来ひん。時間を止めると触るもんみんな無機物みたいに全く動かんようになんねん。だから…」
「…ドア一つ開けられないってわけか、」
エイリアンフォースは苦悩する。サキュバスがブラッドポピーやコスモスが言う様な強さを持っているのだとしたら、正直この戦力でどうなにかなるだろう。だがそれは犠牲を良しとした上での可能性の話でしかない。
戦わざる得ないのは理解している。そのつもりであの二人に此処に来る様に連絡したのだ。
だが、といっても犠牲を良しとした訳ではない。
だから愚考するしかない。誰も死なずにやつを殺せる方法を。
☆☆☆☆☆☆☆
「…開けます。」
コスモスが手をドアノブに手をかけると皆にそう言う。まだイカロスとエレクトロダークネスは到着していない。空を飛べば一瞬で着く事が出来るが、もしあの血の匂いがサキュバスがやった事でなかった場合、ただテロリストを興奮させるだけだ。
「ドアを開けた瞬間、マーキュリーは時間を遅めて中に侵入し先制攻撃、私は裏から大統領を救出、コスモスは奴の正体が分かり次第、通信機でイカロス達を呼ぶ事、あの二人なら一瞬で飛んで来れるからね。」
「「了解」」
皆んながそう言うと少し遅れてコスモスが扉を押す。
ギィィ…っと扉が嫌な音を立てて開いた。
「マーキュリー!」
「OK!!」
瞬間、マーキュリーの周りの時間が遅くなり、世界がマーキュリーを中心に回り出す。
走り出そうと地面を踏み込むと足元が削れる。脚力が時間の概念を踏み越えた。
エイリアンフォースはマーキュリーが目の前から消えた事を確認すると二の腕に装着されたビームシールドを展開し、背中にあるMS C 5000ビームライフルを起動した。
ライフルには5発の球が装填されており胸や脚に15発分のカートリッジを有している。
装備としては、合計20発のライフル弾を発射できるビームライフルとビームシールドとビームソードガンのみとなっている。空から落ちていくためにそこまで大掛かりな武器を持ち歩けなかったのだ。
入り口の扉を歩くとやはり血の匂いが充満していた。
「コスモス、一応通信機は用意していて。」
直ぐに連絡が取れるよう通達しておく。といってもコスモスも魔法少女になって1年程戦っているので、この言葉の真意は理解できているのだろう。「了解しました」とだけ返してきた。そんな彼女を少し頼もしく思いながらもエイリアンフォースはビームライフルを構える。
一応、犯人達がいると予想された場所を避けて大統領の場所へ向かう。千里眼を保有する魔法少女からの情報だ。少なくとも此処が血の匂いで充満する前の時点での情報としては信用に足るだろう。
しばらく廊下を歩いているとふと、疑問が頭に浮かぶ。
血の匂いがこんなに充満しているのなら死体の山が一つや二つあったっておかしくない筈だ。だが、今のところ死体どころか血の一滴すら落ちている所を見ていない 。
このビルは言わばホテルの様な物でいくつもの部屋がある。今は任務中なのでその部屋の扉を一つずつ全て開けて中を確認するという訳にもいかないのでその一つ一つの部屋の中に死体の山があると言われたのなら納得するしかないのだが、それでも血の一滴くらいは落ちていないと可笑しいのだ。
「不気味だな…」
思わず声が漏れる。
それも仕方ない。軍人であるエイリアンフォースにとって戦場は常に静かな場所だった。
空気の無い宇宙での戦闘をメインに行われた軍だ。爆発しようが、銃を撃とうが何も聞こえない。
この空間はそんな音の無い戦争の記憶が思い出させてくれる。
しばらくしてやっとの事でターゲットのいるであろう扉にたどり着いた。それは鉄製の重い扉でとても頑丈に作られている。鍵は空いていないのを見つけると、ビームソードを展開して鍵穴に押し込んだ。ドロドロに溶けてしまった鍵穴を尻目にドアを引いてみる。ドア自体は意外と軽い
扉のドアノブを掴むと思いきり引く。軽々と扉は開くと中の惨状を有りありと見せつけた。
「…っ、やはりか。」
そこには血だまりがあるだけであった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
同時刻、コスモスはマーキュリーの居場所へ進む。マーキュリーの居場所が分かるのか?と思っただろう。実は事前にコスモスは皆んなにGPSを付けさせていた。作戦中は予想外の出来事が多い。そんな時に自分や仲間の居場所を把握出来ない状況はあまり芳しくないだからそれを少しでも補おうと提案したのだ。
端末を取り出し、全員の居場所を確認するが、少し変わった。
先程まで凄い動きを見せていたマーキュリーのGPSは動きを止めているのだ。
現在、戦っているのだろうか、それとも…
考えたくはないが可能性は有る。
「へぇ、今日は大量ね」
そんな声が聞こえて、一気に現実に帰るとその声の方向に向けて剣を構える。
「久しぶりね。前回は逃したけれど今日は逃さないわよ。MSJ C-2」
知っている声。しかしちょっと姿が変わっていて真っ白な服を真っ赤に染めている。狂気度が増している気がするのは気のせいだろうか。
「…お前は、サキュバス…」
その場所には数日ぶりのトラウマが立っていた。
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