第9話

アルタイルこと"田中彰人"は憤慨していた。


これではまるで「飛んで火に入る夏の虫」では無いかと、憤慨した。


そりゃあそうだ。なんとなく遊びに行こう位の気概でサキュバスをブチのめしに来たら明らかに面倒事であろう何かが空から落っこちてきたのだ。アルタイルの超人的な視力により、真夜中の真っ暗なビルから女性であろう人影が落っこちてくるのが見えるのだからさぁ大変だ。


私はジャンプで彼女の元へ走り飛び、空を舞うと空中でキャッチをして目の前のビルの一室に飛び込んだ。


パリーンとガラスを割って何年も放置されたであろう変わり果てたベッドにダイブするとベッドは跡形もなく崩れ落ちてしまう。

「…。あ〜あ、」なんて呟きながら落ちてきたであろう少女を見ると少し驚く。

なんだか、さっきまでやっていたクソゲーに似たような服を着る魔法少女が居た事を思い出したのだ。

まさか、こんな真夜中にこんな痴女っ気が強い服着て空から落ちてくるとか…最近のコスプレイヤーも気合い入ってんなぁ〜と何処かズレた考えをしながら彼女を崩れ落ちてない方のベッドへ下ろす。


「…うっぐ…」


ふと、少し苦しそうな声が漏れて彼女の顔を覗き見る。あれ…やっぱり見た顔だ。


今は封印した魔法少女グッズの中にこんな子居たような気がする…でもなぁ〜んか少し大人びている気がしなくも無い…って多分違うよな…あの子は羽が生えてる魔法少女だった筈だ。彼女の背中には…ほら、羽が無い。


「…大丈夫ですか。」


流石に状況を説明してもらう為に目を覚ましてもらおうと頬を軽く触れるが、

ふと、ベチャっ…と僕が触れた所の頬が赤く染まった。



「………あれ?これって………

な、なんじゃああーーー!!こりゃあ!!」



思わずと、赤く濡れた自分自身の手を見て僕は叫ぶ。


いやいやいやいや、なんで血!?なんでっっっ!!!


さっきのガラス片で何処か切った!?いやいや、僕の状態ならまだしも私の身体がそんな事で傷つく訳ないしっ!


…いやいやいやいや、冷静に考えろ!

田中彰人!!冷静になれ!!そもそも私の身体が傷付いたなんて有り得ないでしょ!

地球が爆発する様な攻撃を受けてもかすり傷で程度で済む様な化け物耐性で何が血だ!出る訳ねぇだろ!アホンダラ!!


私じゃないなら誰からの血だ!!


そうだよ(肯定)目の前の女の子だよ!(この結論に至るまで0.02秒である。)


「け、怪我している様ですね…」


「…う…ん…?貴方…だれ…?」


ウワッ、ビビった。

いきなり話しかけるな、驚くでしょ。


「貴方も……魔法少女…?」


目を細めながらそう私に問いかける。今はまだ意識が朦朧としているのであろうその眼はうまく私の顔を映し出せていない。


「エッ、ええ、まぁ、そうですね。魔法少女ではあります。

あっ、ちょっと動かないでくださいね。今、治しますから、怪我してる場所教えてください。」


「……治せるの?」


「ええ、時間を戻すとかそう言うんじゃないんですけど。細胞を活性化させて傷口を塞ぐってやり方なら可能です。」


「それって…失った手足とかも戻せるの?」


「う〜〜〜ん、無くなった手足が手元にあるのなら可能です。」


「じゃあ、ダメ…羽根を千切られたから…」


「羽根…ですか?」


彼女言う事に私は訝しむと彼女は自分から寝返りをうって背中を見せる。


「…なんですか…これ」


そこには痛々しい真っ赤に染まった背中と千切られたが故に少し羽根の一部が付いていた。


「……上にいる敵にやられた。物凄い強い相手だった。正直、貴方が勝てる相手では無いと思う。むしろ今の魔法少女に勝てる人なんか居ないかも…だから早く逃げて、せめて、助けを呼んできて欲しい。」


「逃げてって……私の魔力感知によると上にまだ人居ますよ?

彼女達下手したら死んじゃうじゃ無いですか…」


「それでも。行って。」


イカロスは真っ直ぐな瞳で私を睨み付ける。その瞳に強い意志がある事を私は知っていた。


「………わかりました。」


「良かった。じゃあ…」




「そう言えば貴女、魔法少女Iのイカロスさんですよね?」



数秒の静寂。


私の言葉に呆気にとられたかの様に呆けた顔になるイカロスさん。


「…え、ええ。」


「そうですよね!!イカロスさんですよね!!ファンだったんです!!サイン貰えますか?

…なんかあったかなぁ……あ、ステッキ…

いや、流石に武器には…やっぱりステッキにお願いします!!出来るなら此処に!!」


「…そ、そんな事してる暇なんてない、早く逃げて増援を、」


「あ、じゃあ上のサキュバス潰せばサインくれるんですね。分かりました!秒で行って帰ってくるのでお待ちを!!」


「何言ってるの!?貴方が勝てる相手じゃっ………」


そこまでイカロスの言葉が詰まる。目を見開き茫然と私の顔を眺めだした。いく回か口をパクパクと開け閉めした後に


「…って…ア、アルタイルっ!!??なんで!?貴方は死んだ筈ではっ!!!」


やっと私の事が認識でき始めてきたのであろう。私の顔を見ては幽霊を見たかの様な顔で引き攣った声で叫び声をあげ出した。

だが、そんな事などお構い無しに窓から飛び出すと宙へ浮く。


「じゃあサキュバス、ブチのめしに行ってくるんで待ってください!

あ、ステッキ置いておくのでサインお願いしますね!じゃあ!行ってきます!!!」


「ちょっ、ちょっと待って貴方でも流石に…勝てる訳っ!!」


イカロスは思わずと言った感じに叫ぶが、次の瞬間には風を切る音にその声はかき消された。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


ここから前回の続きになります。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


コスモス視点



私に向けて放たれた拳はいつの間にか目の前で受け止められていた。


あたかも死にゆく運命が嘘かの様に否定されたその腕は真っ白で傷一つ無いまるで赤子の手の様であった。


「ええ、2日ぶりですね。コスモスさん。この状況…デジャブって奴でしょうか。」


その声色には確かに聞き覚えがあった。


「なんで…貴方が此処に…」


そこまで言って声の主はなんでも無い様な顔でサキュバスの拳を握り潰した。


瞬間、サキュバスの悲鳴が響き渡る。


だが、その悲鳴はアルタイルの耳には届いていない様で私の質問に淡々と答えていった。


「暇だったんですよ。暇だったからサキュバスに嫌がらせでもしに行こうかと思って…」


「暇って……」


「ついでにイカロスさんにコイツブチのめせばサインくれるって約束したので。私、約束には反かないタチなんです。」


「イカロスさん…!イカロスさんは生きてるんですか!!」


「生きてますよ。」


そう言われて私は安堵する。

思わずと言った感じで膝を突く。疲れていたのか、体にガタが来ていたのは分かっていた。


「はぁ…はぁ…」


そうしているとしばらくしてアルタイルは私の肩に触れると何かを唱える。

次の瞬間には身体中の痛みという痛みが消えていた。


「これで大丈夫、でもしばらく休んで下さい。肺から肋骨を抜いて再生しましたが、その再生で身体にちょっと無理させてしまったので…」


そう呟いて彼女は私の肩から手を引くと周りを見渡した。

そこは地獄絵図であった。両脚が無くなっているマーキュリーさん、腹部を貫かれたエイアンフォースさん、力を出し切り一ミリも動けないエレクトロダークネスさん。


「…………」


そうしてアルタイルはふと奴を睨み付ける。

サキュバスは握りつぶされた手を押さえており、しばらくして再生していた。


「はぁ…はぁ、貴様。」


恨みがましくサキュバスはそう呟くが、彼女はそれを無視して魔力を溜め出した。

左手に溜めたそれは、最初は一般の魔力量より多いくらいの魔力だったのが、次の瞬間には化け物程の魔力量になり、魔法少女並みの量になり、最後には周辺が一瞬で焦土と化す程になっていった。


その脅威的な魔力量にサキュバスは思わず仰け反る。


死ぬ。


そう察したのであろう、冷や汗が流れる。確かに逃げようとはしたのだろう。生きようともがこうとしたのだろう、だけどその塊はその気の一切を無くさせるほどに脅威であった。


「……プッツーンとキちゃいました」


擬音のようなその一言を聞いて、冷や汗や鳥肌が止まらなくなっていく。正直、ちょっと気分も悪い。

側から見ている私がこれ程のプレッシャーを感じているのだ、サキュバスはどれほどのプレッシャーに押し潰されているのか…考えただけで恐ろしい。


「やっ…!!」


サキュバスは辞めろか、やめてか叫ぼうと手を前に差し出したが、瞬間にはその魔力塊は霧散する。


消えてく魔力塊に思わずと目を丸くする。アルタイルが何をしたのか分からずに周りを見渡すと、段々とエイリアンフォースさん、エレクトロダークネスさんが光っている様に見えた。よく見れば、エイリアンフォースさんの腹部に空いた穴が段々と狭くなっている様に見える。

つまり、さっきの魔力塊は…


「回復…魔法…?」


思わず呟くと彼女は当然とばかりに体を捻った。


「冗談ですよ。こんな傷を負っている人たちを放置なんかするはずがないじゃ無いですか。私は貴方と違ってちゃんと人間なんです。」


アルタイルはそう言うと魔力を消した。



「まぁ、キレちゃったのは本当なんですけどね。」



次の瞬間には凄まじい風切り音と共にサキュバスが吹っ飛ばされる。

壁を破り、電線を破り、水道管にぶつかった所で彼女は止まった。


「グハァッ……!!!!」


サキュバスは血を吐き、腹部を支えて倒れ込む。

しかし。その次の瞬間には顔面を掴み込んで持ち上げた。


「私ね、魔法少女大好きなんですよ。」


一言、そう言い放つと奴の顔を握る手は強くなる。


「勝てなくても、時に死んでも誰かを助けようとする意志だけは本当なんです。高潔な意志って奴でしょうか、正直、何千年も世界を見てきて初めてでしたよ。あんな圧倒的な力を持っているのに力に溺れず、誰かを助けようなんて一円にもならない様な事をする人達は…そんな事を出来る自己犠牲の塊みたいな人は。

頑張った奴は幸せにならなきゃ。絶対にバッドエンドなんて認めない。」


そう言うとアルタイルは掴んでいる腕ではないもう片方の拳を握り込み、その顔へ向けて


「誰も幸せになれそうもない、バッドエンド直行のフラグは摘ませてもらいます。」

 

殴り抜ける!!!


瞬間、凄まじい衝撃波と共に床のコンクリートごとこのフロアが破壊されて落ちていく。


その衝撃に一瞬呆けてしまったコスモスだが、次の瞬間には危ないと察して未だ眠っている魔法少女達を自慢の腕力で掴んで一緒に外へ飛び出した。


「…はっ…!?…え!?何何何!?浮いてるぅぅぅぅぅ!!!???」


外へ飛び出した瞬間、そんな情けない声が空に響き渡る。

見ればエレクトロダークネスさんが目を覚ました様だ。


「エレクトロダークネスさん!!着地お願いします!!」


「え!?あ!!わかりましたああ!!!」


エレクトロダークネスさんはそう叫びながら返事をすると身体を変形させていく。

次第にエレクトロダークネスは身体を円盤型の宇宙船の様な型になっていくと私たちを受け取りゆっくりと宙へ浮いた。


「…ふぅ、これでひと段落ですね。」


宇宙船のコクピットらしき場所からエレクトロダークネスはそう呟く、コスモスはその方へ向けて親指を突き立てた。


「…でも、コスモス先輩。何があったんですか?さっきまで私たちはサキュバスと戦って………負けた筈…」


落ち込んだ様にエレクトロダークネスはそう問いかける。まぁ、落ち込むのもわからなくはない。自分の自信にもなっていた最大火力技が防がれた挙句、何もなかったかの様に扱われたのだ。


「…全員が目を覚ましたら説明をします。」


私は落ち込んだエレクトロダークネスさんにそう言うしかなかった。



瞬間、ドガァァァァン!!と何かが崩れ落ちる様な轟音が響く。



その轟音に驚き、その場にいた全員が目を覚まし、その音の主を探して、空を見上げた。


先程まで私たちが戦っていた階から上が跡形もなく崩れていく。鉄骨は折れ、外装が段々と崩れだし、次第にそこから月光が漏れ出した。



「……っな」



思わず全員が声を失う。



それはいつか見た光景だ。



月明かりを背に少女が一人、佇んでいる。




コスモスは思い出す。秋葉原の大惨事。あの時、コスモスは小学生だった。テレビを見てたまたま流れてきたその光景に不謹慎にも目を輝かせた物だ。それはまるで彼女が憧れたアニメに出てくる様な魔法少女であった。罪なき人を救い、悪を滅する。小学生ながらの憧れだった。


「…うそでしょ……生きて…いたの…?」


誰かが呟く。

生きていた。あれだけの惨事をたった一人で救って生きていた。

普通だったらあり得ない。あんなめちゃくちゃな力、魔法の域を超えている力を行使して何の代償もないなんて事は…だからこそ皆が憧れたのであろう。あの神々しさに。




「ア、アルタイル…」





魔法少女A アルタイル。


世界で最初の魔法少女であり、規格外すぎて存在すらしていなかったのかもしれないとまで言われた少女。

紀元前のエジプトの神殿からその存在を示唆する石造りのレリーフが発見されたり、アメリカ独立戦争に参加していたという写真が発見されたり等、遥か古代から存在していて歴史上の大きなイベントに参加していた事が後年になって発覚した。

しかし、その存在は秘密のベールに包まれており誰もその存在の正体を知り得なかった。




世界を静寂が包む。


空はその少女が支配していた。全員がその少女を見上げている。まるで神の様に…

宗教の対象にすらなり得たその姿は全ての美を体得していたのだ。








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