第2話
真夜中の街の真ん中、夜月だけが辺りを照らすその場所で轟音は響いた。
女の悲鳴や笑い声、はたまた泣き声全てが混ざった様に聞こえる鳴き声を放つそれは見る者が見れば発狂しかねない姿だった。頭は人間の女性をモデルに作ってはいるがまるで元の女の子の顔を粘土の様に練り降った様に歪んでいて、足はタコの様に触手を擦って歩いており、腕は鞭の様になっており先程から地面を叩いている。正直見ていられない。
そんな化け物に一人、相対している者がいる、それは少女であった。赤い髪にピンクのドレスに身を纏っている。顔は端麗だが今はそれどころでは無いのか歪んでいる。手には剣を持っていてその剣の端からは血が流れていた。
「くっ、なんてパワーなの…!近づく事すらできない…」
思わずと言ったところか少女は悪態を吐く。背中には先ほどつけられた鞭を叩きつけられた様な独特な傷が付いているが、気にしてられないのか傷が段々と開いていく。
瞬間、ビュッ!っとまた鞭が飛んでくるのが見えると、少女は空を飛んで躱す。
「クソっ!」
空にいる間にまた悪態を吐くが、着地すると同時に飛んでくる鞭を対処しなくてはならないので休む暇なんて一つも無い。脚を地面につき、バックジャンプでやってくる鞭を躱す。
ビュッ、ドガァン!!ビュッ、ドガァン!!
躱す度にアスファルトが抉れていくのを苦々しく思う。しかし、一回でも当たってしまえば少女はバランスを崩して転んでそこを集中放火のように鞭で叩かれ、結果、ミンチにされてしまうだろう。正直かなり分の悪い戦いだった。
「こっ…賢しいっ!!」
その現状を打破する為、魔弾を出して牽制を図る。ボゥっと光の玉が剣の先に集まりそれを化け物に向けて飛ばす。
しかしそれが悪手だとわかるのは意外と直ぐだった。
バチィィっと脚を打たれ、魔弾は遥か上空へ飛んでいく。そしてそれがパァーンっと弾けた時
「しまっ…!?」
脚を引かれた少女の身体は次第に地面に落ちていく。
そして腰を地面に落とした頃、それは来た。
バチィィっ!!
「っぐ!?ガハッ…!!」
腹部に鞭が命中する。
ドガァァァァン!
瞬間に少女を中心に地面にクレーターが現れた。
重い、
いくら魔法少女になって身体が強化されたからと言って、こんなもの何度も当たったらきっと私は粉々になるだろう、逃げなければ!
少女はそう考えたが、さっきの攻撃で脚がやられたらしく関節を曲げる度に痛みが伴う。だからと言って魔力爆破の反動で下半身を犠牲にして無理やり外へ出てもきっとすぐ捕まってしまうだろう。
どうする?どうする?どうする?
必死で脱出方法を考えるが、その間に化け物の腕は鞭状から触手へと変わり、ソレを少女へと伸ばした。
「ぐああっ!!」
思いっきり腕を縛り上げて持ち上げた所為で両手がもげそうになるのを必死に耐える。
「…っぐぅ…」
腕の痛みが骨に響くように痛みが迸る。
クソっ、両手両足やられた。これで武器を振るう事すら出来なくなった。どうにか化け物を睨み付けるが、このままでは痛みで直ぐにでも意識が飛ぶ。それはあってはならない、死ぬのならば死ぬ寸前まで、しっかり脳に記憶しておかなければ、後々鑑識系の魔法少女が私の死体から脳を調べるときにこの記憶を使うのだ。
死んだ後にまで仲間たちに迷惑は掛けたくない。私はその一心で五感を研ぎ澄ませた。何も見落とさんとした姿勢で死ぬ態勢を整える。
瞬間、何か女の子の声が耳に響いた。
「ふふっ、貴方が、MSJ C-2 コスモス?」
「…っ、誰…」
聞こえた声にそう問いかける。MSJ C-2 コスモス、それは主に海外等で使われる私の個体名称だ。その個体番号の付け方は結構適当で最初のMSJは魔法少女の略、そして C-2とは個体名称にCが着く魔法少女の2周目を指している。当初魔法少女は登場した順に個体名にアルファベット順にA.B.Cとつけられていた。しかし、当初の考えとは違い思ったより多くの魔法少女が現れてしまい、私の3つ前にZまで完成させてしまったのだ、だから私は2周目のCになってしまったのである。
「ふふっ、ザマァないわね。世間でもてはやされてる魔法少女なんてこんなもの、ちょっと強い使い魔を使うだけで直ぐ負けちゃうんだから」
化け物の影から声の主らしき女が現れる。
声の主は私から見て見上げるほどに背の高い女だった。と言ってもたかだか小学生5年生である私を比較対象にしても大人が大きいのは当たり前だ。それでも一般女性よりは頭ひとつ背が高い女性だった。
「安心して、"直ぐ"には死なないわ。どうせ、魔力が守ってくれるもの。」
「あ、貴方は何もn…ぐぅっ!?」
「私、貴方に質問権なんて与えた覚えは無いんだけど」
そう言うと彼女は化け物に命令して、私を縛り上げる。叫び声を上げたくなるのを必死に我慢すると彼女はつまらない物を見る様につぶやいた
「でも良いわ、もう要らないものね。貴方のMCOを貰ってあげる。」
「MCO…?何、それ…そんなの持っていないわ」
「知らないのも無理ないわ、でもごめんなさい知る必要も無いから、だから黙ってソレを渡しなさい。」
そう言うと目の前の女はナイフを取り出すと、少女の服を裂く。
「…何…してるの…?」
「切開よ。貴方の腑を引き裂いて中のMCOを取るの。あ、でもごめんなさいね。私そう言う経験ないから痛くしちゃうかも、何せ麻酔も針も何も無いから、開けたら開けっ放しだし…フフフッ…冬のこんな時間に放置したら死んじゃうかもね〜、まぁ、気を付けてね。」
「…ぐっ、やめっ…」
「やめる?辞めるわけないじゃない!!欲しいものがそこに…そこにあるのよ!!!」
狂気したように女は叫んぶ、それにビクッと身体が反応する。
月明かりに照らされたナイフが私の頬を照らしていた。
嗚呼、そうだ辞めてと言って辞める奴なんていない。そんなの魔法少女になってからいくつも見て知ってきた事じゃ無いか、魔法少女になって2年、ずっと戦い続けてきた。先輩で友達だったあの子も死ぬまで戦い続けた。あの子だってそうだ、あんなに酷い殺され方をされて無理矢理生き返らせられて…精神が狂っていてもおかしくないあの現状で、いまだに戦っているじゃないか…
一回くらい死んだってなんだ。
この狂った世界で狂った戦いをしている私たちが死ぬなんてそう珍しい事じゃないだろ。人間は簡単に死ぬ、
ナイフが私の胸の下に食い込む
ドクドクと、生暖かい液体が流れて行くのを感じた。
段々、薄れていく意識の中、笑い声が頭を響いている。
「ウフフ、アハハハハ!!」
ダメだ、あの笑い声すらも遠くなって、テレビの向こうみたいに、
…あ、そうだ、まだ先生に……伝えてない事が…
「あれ…?」
瞬間、声が響いた。
「何、この魔力量…え?嘘……私の感知能力壊れちゃった?
…いくらなんでもありえない、なんでこんな所に…今まで出てこなかったじゃん!なんで今更……」
意識を失う寸前、何故か焦っている女の声が頭を響く。
魔力量…?今更…?何か分かんないけど、彼女にとって予想外の事が起こった事は確実だろう。
焦った彼女は私の胸に突き立てた赤く染まったナイフを投げ捨てて、遠くの空を見上げる。
「有り得ない…あり得ない有り得ないあり得ない!!なんで…なんで貴方が…!」
彼女が空を見て激昂する。
意味がわからなかった。
その激昂の正体を探ろうと空を見上げて、
そして息を呑んだ。
それは綺麗な金髪だった。
月明かりに照らされて黄金の様に光り輝いている。世界から全ての綺麗を凝縮したらあんな風になると言われても『嗚呼、そうだろうな』と納得できる逸品だった。
ルビーの様に光り輝いている紅い目がこちらを睨みつけている。まるで全てを見ている様にすら感じるその眼を私は眺める事しかできない。
知っている。
あの眼もあの髪もあの服もあのステッキも、テレビで昔から何度も何度も出てきていた。アキバ事件の時、何かの反動で空を映していた監視カメラに映った、神々しい少女の姿。
むしろ馴染みがあるその姿に魅せられて、私たち魔法少女は戦ってきた
知ってる、知ってる、知り過ぎている。
彼女の名は…
「アルタイル…」
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