第三十四話 掲げし盾3
「敵艦はすでに十六を撃沈、大型艦二隻のうち中破一隻、小破一隻、ですか」
「こちらの被害は大型艦二隻が小破、小型艦四隻が墜落しています。航続可能距離を考慮すると、空戦隊もそろそろ、一度戻さざるを得ないかと。……まだ何かご懸念が?」
「ええ、まぁ。手は打ちましたが、どうなるやら」
おそらくは、と思うことはある。だが、口にだした所で、解決することでもない。
目の前を飛び交う砲弾の交差は、次第にその量を減らしつつあった。それもそのはず、"光の腕"側からの攻撃が弱まりつつあるのである。これは元からして、駐屯軍側に数の優位があったこと、そしてヴァルカンドラとポートリスが上方から砲撃を続けている点が大きい。
なにせ、
その都合上、最大火力を発揮するのであれば、ポジショニングが重要になってくる。
下方の砲台は対地に優れるが、小回りが利かず正面火力を出しずらい。となると、上方の砲座に頼るしかないのだが、そこを完全に第三艦隊に抑えられてしまった。しかも、砲撃は大砲を狙って降ってきており、既に機能不全を起こした砲も多い。
このまま詰めていけばいい。何事も起こらないのであれば。
そしてその時、オリヴィアは町から煙が登るのを見た。黄色く、細い煙だ。連絡用ののろしである。
「のろしを確認! 加えて、街での待機部隊から通信です! 町内で爆破未遂あり、犯人逃走中とのこと!」
「やはりですか。部隊を配置しておいて正解でしたね……全体へ通達、"予想的中せり、砲撃を続行されたし"」
「了解です! ……こちらは六番艦ヴァルカンドラ、"予想的中せり、砲撃を続行されたし"」
――そもそもなぜ、街に被害が出るのか。少女はあれから、駐屯軍に詳しい話を聞いていたのだ。
駐屯軍は今日と同様に、街の前で迎え撃つ事が基本だった。そうである以上、確かに流れ弾が飛んでくるということもおかしくないが、それにしても毎度と言うのは異常である。
しかも、話を聞けばきくほど、光の腕による犯行は金品の盗難、暴力、誘拐――たかが一空賊が、戦艦を出して戦いながら、そうした犯行に及ぶだけの戦力の余裕に、違和感はあった。
これは明らかに妙なことだ。駐屯軍はおろか、衛兵隊さえ出し抜かれている事になる。一武装集団にそれほどの諜報能力がある事は考えづらい。
まして、"光の腕"は駐屯軍ともある程度戦えるような戦力を差し向けているのだから、普通は全戦力を向かわせていると考えるべきなのだ。
そこでオリヴィアは、他の艦長らと相談し、一つの結論を導き出した。
――町内に、裏切り者がいる。資金提供を行い、建物を破壊して流れ弾による被害に見せかけ、衛兵隊の情報を流すことで巡回をすり抜けさせている者がいる。
そこで第三艦隊および駐屯軍は、一部の人員を船からおろして武装させ、衛兵隊の巡回網の目を細かくするように巡回させることとしたのだ。
はたしてその網に、魚はかかった。
それを受けてか、敵の隊列も乱れ始めた。被害の連絡を受けて、攻撃の手が緩むのを待っていたのだろうか。あるいは、潜入班から失敗の連絡があったのか。だが、第三艦隊および駐屯軍からの攻撃は、途切れるどころか激しさを増しており、付け込む隙などありはない。
そして隊列が乱れれば、数で劣る空賊艦ごときに負けるほど、帝国正式艦はやわではなかった。
「敵大型艦に爆発を確認! 弾薬庫に命中した模様!」
「了解。もう一機からも小爆発が見えます……おそらくは
「敵艦、落下していきます」
「火器管制副長、落ちていく方は無視して構いません。攻撃能力を残している方を優先せよ」
『へぇ、承知しやした』
銛の先に魚を捉えたら、後は逃げないよう抑え付けながら、その命を奪うだけだ。オリヴィアは冷徹無比たる視線で空の下を睥睨する。
動く、動く、"光の腕"の船が動く。己の命を無駄にしないためか。はたまた、抱えた思想信念故か。死にかけの機関を燃やすように、前へ、前へ、前へ。
自爆攻撃であろうか。容赦などありはしない砲火の雨を、突っ切るようにして駐屯軍へ向かっていく。継ぎ接ぎの"火の鳥"級とて、仮にも大型艦であり、大型艦を動かすに足る機関と重力炉がある。
それを臨界させて吹き飛ばせば、確かに数艦を道連れにすることは出来るだろう。
だが、それを許す第三艦隊でもない。ため息をこぼし、少女は冷ややかな声で言った。
「――落としなさい、ブルーノ二等空佐」
『あいあい
空を舞うは
残った火の鳥級も、落とされまいとして必死に弾幕を張っている。だが、撃墜できなかったとはいえ、飛空兵に追従できた歴戦の空戦隊が相手だ。よほどの数を揃えなければ、対空機銃でさえ分が悪い。
かの鳥の火砲は弱く細いが、弾は最新鋭の徹甲仕様。大破は不可能でも、大型艦の装甲を十分に貫ける品であり――推進機構とは、得てして脆いものだ。
死に物狂いで特攻しようと、前に進む力がなければ意味はない。対空気銃のカーテンをくぐりぬけ、放たれた徹甲弾が筒に覆われた無数のプロペラを傷つけ、途端に速度が落ちて行く。
ひとたび落ちてしまった速度は、力を用いなければ上げられない。だが火の鳥級の力は既に削げ、もはやもがくように宙を揺蕩う他できないのだ。
残る戦力もすでに、中破した火の鳥級に、武装小型艦が数隻。たいして帝国軍は軽傷程度で健在。すでに大勢は決していた。
「あ。か、艦長。ブルーノ二等空佐が」
「ハムト通信手、ブルーノが何か?」
「……敵の大砲を破壊してます。うわぁ、軌道がぐねぐね曲がってる。青鴉級とはいえ、あんな動き出来るんですね……」
「ブルーノに無理をするなとだけ伝えておいてください。まったく……エリザ副艦長、こちらの被害はどうですか?」
「正面戦闘を買って出た駐屯軍艦に、装甲破損など多少の被害はありますが、その程度です。小型艦の被害は六隻ほど。撹乱戦闘に徹した"ねじれ鋼"からも被害報告なし」
では、おおよそ予定通りだ。オリヴィアはゆったりと頷きながら、最後の敵大型艦が浮力を失い、ゆっくりと落下していくのを超感覚の中で眺めていた。敵艦が投降するのであれば、帝国法に基づき捕虜とせねばならないからだ。
――おのれ! おのれ! 忌々しき空の鯨!
声がまた、聞こえる。幻聴であろうか。否、これは落ち行く船からの怨嗟の声だ。超視界のために薄く広げた精神感応が、強い精神波を拾い上げてしまっているのだ。
特にオリヴィアは精神に干渉する力が強い。以前もそれと認識しないまま、そうした声を拾っていたのだろう。
――許さぬぞ! 我等の正統なる帝国がお前を許しはせぬ!
だが、オリヴィアは淀んだ気配を鼻で笑って一蹴した。殴ってどうにかできる敵の悪意など、どれほどの事もない。陰湿であるよりもずっとわかりやすく、胃も傷まないのだから。
「……では、正式な手続きのもとデモを行い、一般市民に触れず革命なさい」
――弾圧されぬうちから銃を手に取り、解決を武力に訴えた時点で、あなたに"正当"を語る権利はない。
強い精神波をかき分け、むしろ跳ね返すような眼力を込めて、空の鯨が睥睨する。そのうち、敵大型艦が爆発した。弾薬庫に引火したのだろうか。今度は恨みがましい声も聞こえぬままに、最後の火の鳥は地に抱擁されることとなったのであった。
「……戦闘終了、ですね」
通信機や艦内のあちこちから勝鬨が聞こえる。彼女は一人、小さくため息を吐きながら、それでも勝利に安堵した。これからについての不安にさいなまれながら。
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