第三十三話 掲げし盾2
「それで今回も出撃する羽目になった、と言うことですか。補給も中途半端ですが……」
「砲弾はもとから使っていませんし、燃料もそこまでギリギリと言うわけではありませんから。余計な仕事ではありますが、当然ただ働きはさせませんよ。軍部からは特別手当が出ることになっています」
オリヴィアは艦長席にどっかりと座り込み、ため息をつきながら答える。軍人として、市民を守る仕事をするのは当然の事だが、それはそれとしてもう少し休みたかったし、休ませたかったという思いもある。
飛空船での仕事は激務だ。ちょっとしたミスで、頭がどうにかなりそうな額の金がすっとび、目を瞑りたくなるような数の人が死にかねない。当然、それらを担う人員には異様なまでの負荷がかかる。
業務の半分は椅子に座っているだけ、そんなオリヴィアとて疲労困憊なのだ。実働部隊の苦労は推して知るべきもの。だからこそ、数日の休日とはいえ、これを中断させるのはかなり葛藤のいる決断であった。
――彼の報告から数日後、はたして不審な船影は現れた。
第三艦隊の到着を知らなかったのか、あるいは知っていてなお来たのか。どちらにせよ、連絡もなく大型艦を町に近づけた時点で、攻撃されることは免れない。それを承知の上で近づいてきているのだ。
駐屯軍の艦が飛び立つや否や、"光の腕"の艦は静止したが、依然として町をにらみつけるような位置に浮いている。
彼らが横陣を整える最中も、誰何の声を上げていても、光の腕は動かない。太陽の光をギラリと反射する紋章が、ただただ不気味な沈黙を保っていた。
「駐屯軍より連絡。"光の腕依然通信に返答せず、作戦時刻通り行動されたし"とのこと!」
「まぁ、そうなるとは思っていましたよ。……各員、所定の位置へ着きなさい! 機関室長、そちらはどうか」
『こっちは問題ない。合図でいつでも戦闘機動が可能だ』
『こちら副長、いけますけど……火砲のほうは問題ないんですか?』
「火器管制長がいませんから、斉射は難しいでしょうね。ただ、それならそれでやりようもあります。先輩方の胸を借りる気持ちで行きましょう」
『はは、存分に頼ってくれ。二番艦"
『一番艦"
オリヴィアははて、と首を傾げた。こういう時、序列が同じ三人が並んでいるのだから、基本的には最高齢の人間が指揮を執る。この場合はアデーレが口火を切るべきなのだ。
だが、先輩方は二人そろって笑い、これも勉強だと答えた。
『ヴァルカンドラは最新鋭艦だ。これからは部下も増えるだろう』
『前に出る艦だから、機会は多くないだろうがね。ま、経験だと思って、やってみな』
「……そういうことでしたら」
今後のことを思えば、頭も胃もギリギリと痛くなってくるが、作戦の時に思い悩んでも仕方ない。重く大きなため息を一つ吐き、帽子を整えると、少女はただ前方をにらみつけ、言い放った。
「――作戦時刻です。第三艦隊、抜錨せよ!」
ゴウゴウと風を切って進む船がある。太く長い長方形をしたそれは、遠目に見ると巨大な魚が二匹、肩を並べて空を飛んでいるように見えたろう。
だが、魚は空を飛ばず、装甲もなく、火砲も持たない。それは光の腕が操る大型艦、"
悠々と空を舞うその姿は、駐屯軍を前にしても変わらない。まるで勝利を疑っていないかのような動きである。
実際にそうなのだろう。彼らは自分たちの勝利と利益を疑っていないのだ。それは余裕と言うべきものだった。
――そしてそれは、今日に限り慢心というべきだったろう。
大きな雲の上に落ちる影に気づかなったことも。陣形も組まず近づいてきたことも。駐屯軍風情と侮ったことも。だが、それらに気づいたところで、全ては後の祭りだった。
『応答なし、これより光の腕、あなた方を敵対勢力とみなします。――第三艦隊の方々!』
「委細承知です。
『主砲一斉射!』
『主砲一斉射!』
鋼討つ砲火の雄たけびが雲を引き裂き、砲弾が光の腕の大型艦へと突き刺さった。
響く轟音は装甲の軋み、それに続いた爆発音は、機関やら火砲やらが壊れた音だろう。さすがに大型艦が一斉射一度で撃沈するわけでもないが、相当な打撃は与えたのだ。光の腕が慌てて動き出す気配があった。
『着弾確認。一番艦、作戦通り雲を降りさせてもらうよ』
『こちら二番艦、装填よし。"
「ハッチ解放済みです。ブルーノ?」
『問題なし。何時でも行けますよ、艦長』
「了解。事前の打ち合わせ通り、"
再び、砲がとどろく。帝国空軍の駆逐艦、その標準装備たる四十口径連装砲の火力は言うに及ばず、敵中型艦を上から貫いて叩き落していく。百二十ミリ、戦車砲以上の火砲が雨のごとく降り注げば、鉄の装甲も絶対の防壁足りえない。
混乱から立ち直ろうと、急ぎ陣形を組み始めた敵方へ襲い掛かるのは、一番艦"ねじれ鋼"だ。
かの船はかなりの歴史持つ船だが、比較的高い機動力と装甲を合わせ持つ前衛艦だ。古めかしくも計算され尽くした装甲配置は、上手くすると戦艦たるヴァルカンドラにも匹敵する頑丈さを発揮する。
盾とするに申し分なきその船が、アデーレの指揮のもとたおやかに敵を睨みつけ、そして火砲にて叩き伏せはじめた。こちらも徹底的に中型艦狙いである。
さすがに駆逐艦の火砲では大型艦を沈めるのは容易ではない。それは正面に陣取った駐屯軍に任せる事になるだろう。幸い、駐屯地でたっぷりと徹甲榴弾を詰め込んだ彼らであれば、継ぎ接ぎのボロ艦如きどうとでもなる。
逆を言えば、第三艦隊の仕事は、それを邪魔させない事である。
「空戦隊発進せよ! 空戦隊発進せよ!」
『やっこさん上がってきやがった! はは、あれじゃまるで動く的じゃないか!』
『油断するな! 徹底的にたたく――第一空戦隊、モルバゼロワン、出るぞ!』
『ゼロツー、出ます!』
『ゼロスリー発進!』
『ゼロフォー続きます』
ヴァルカンドラの後部ハッチから、続々と船が飛び出してゆく。空戦隊はその全てが吐き出され、ヴァルカンドラを、ポートリスを、あるいは駐屯軍を迎撃せんとする小型艦へ襲い掛かっていく。
大型艦護衛に特化した
「駐屯軍、巡洋艦小破! 火砲への損害軽微、攻撃続行とのこと!」
「了解です。三連自在砲塔はどうか?」
『へい、合図と目標さえいただけりゃ、いつでも撃てやす』
辺境訛りが色濃い返答は、臨時で火砲の指揮を執っている火器管制副長であろう。しかし正規の管制長ではないため、一矢乱れぬ一斉射は難しい。ともあれ敵を撃て、というのは少し情けない話だが、背に腹は代えられぬ。
「敵目標は比較的無事な大型艦……ああ、火砲が上についてる方です。見えますか」
『へい、見えやす。駐屯軍に近いほう、でよろしいんで』
そうだ、と返しながら、オリヴィアは超視界の彼方を見やる。まだ油断はできない。"光の腕"の行動には、まだ不可解な点が多い。
わざわざ駐屯軍のいる街を、繰り返し襲うのはなぜか。駐屯軍が追い返しても、街に被害が出るのはなぜか。もしものための備えもしてあったが、全貌の分からない敵と戦うのは、酷く不安で恐ろしい。
だが、今は目の前の戦闘だ。感応筒の中の手をぎゅうと握りしめ、彼女は残る敵を睨みつけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます