第十五話 交差する稲妻5

 席から体が浮くほどの衝撃。船とつながったままの腕が、衝撃と揺れできしむような痛みを発し、またオリヴィアの脳裏を衝撃が貫いていった。超感覚を伝わって、ヴァルカンドラのが伝わってきたのだ。

 だが、オリヴィアは歯をかみしめることでその痛みに耐え、それをおくびにも出そうとしなかった。


「うわあっ!」

「おわっ!」

「中型艦へ火砲を向け、回避機動に入りなさい! このままでは撃たれ放題です!」

「りょ、了解! 照準急げ!」


 続けて走る衝撃は、装甲が弾をはじいたものだろう。次に来た揺れは、回避機動による慣性によるものだろう。打ち上がってくる砲弾は、かすかにヴァルカンドラの左右を通り抜けていく。


 腹のあたりにたまる熱の幻覚や、ジリジリと脳裏を焼かれるような感覚。下部にそれなりの被害を受けたのだ。その損傷は、そのまま彼女の痛みとなって超感覚を突き刺す。

 ほとんど腹を引き裂かれたかのような激痛は、およそ耐えられるようなものではないが、オリヴィアはその強靭な意志力でもって目じりに涙が浮かぶ以上の反応を起こさせなかった。


「損害報告、を!」

「は、は、はい! 下部装甲が、い、一部剝落! 通路ブロックにそ、損傷が出ています。ですが、船員は軽傷者が出た程度で、し、死者はありません!」


 マルナス整備士長が、盛大にどもりながら、それでも報告をきっちり述べる。半ば悲鳴のようなありさまだったが、マルナス整備士長の様子としては平常運転だ。

 装甲剥落のみであれば航行に支障なしと判断したオリヴィアは、意識を超感覚へ引き戻し、敵艦を見つめた。攻撃を開始した船は、前後にそれぞれ一基ずつ搭載した大型火砲を交互にうち、疑似的な弾幕を張ってこちらをけん制している。

 いやな手だ。ああされると、下手に高度を下げると叩き落されるので、砲撃をまともにたたき込むことは難しいし、距離を詰めようにも回避機動でスピードが出せないので追いつけない。


 小型艦では相手になるまい。先行していたブルーノたちが、どうにか動きを止めようと周囲を飛び回っているが、ほとんど相手にされていない。叩き落されるのも時間の問題だ。

 可能な限り被害を出したくはない。機動力を生かす必要があるだろう。オリヴィアは即断した。


「機動翼を使います。装甲剥落とのことでしたが、問題は?」

「な、ないと思われます。翼端の重力炉が落とされない限り、き、機動翼に問題はありません!」

「わかりました。機関出力上げなさい、機動翼を展開します!」

『無茶苦茶な艦長だな。だが構わん。機関出力、あげろ!』

『本試験もしてないのに二回も稼働することになるなんて……電力を回せ! 翼端の五番と六番の重力炉を起動するんだ!』


 ヴァルカンドラが再びえる。開いた翼めがけて放たれる砲撃は、しかし軽やかな機動でもって回避され、ヴァルカンドラに傷一つつけることができなかった。

 超感覚に意識を向ける。先の戦いでは、翼を翼として扱おうとしたから、すべての負荷がオリヴィアの脳にかかった。当然といえば当然で、人間の体に翼などはえていないからである。


 ならば、似たような機関として扱った方が、負担は少ないはずだ。オリヴィアは自身の腕と機動翼の感覚を連動させた。無論、筒の中に突っ込んだ腕を動かすことはできないが、感覚の世界では、感応能力者は思うがままにふるまえる。

 翼が、鋼の重さを感じさせる動きで、羽ばたく。動きは多少単純になっていたが、機動の補助に用いるのであれば十分といえる程度の動きであった。負荷もだいぶ軽い。いける、と彼女は確信を抱いた。


 船首が上がる。プロペラが回る。重力炉がうなりをあげて機体を上げる。

 雲を突き抜ける感覚のなんと軽やかなことか。ヴァルカンドラはまさしく、空の王者となるべくして生まれてきた存在なのだ。オリヴィアはそれをある種の感動とともに思った。

 そしてそれを、これから――戦いのさなかへと打ち下ろす。


 青き空へと向かっていたヴァルカンドラは、しかし翼を一度はためかせると、そのまま急速落下を始めた。再び突き抜けた雲が、翼の端で尾を引く。

 迷いなく落下して接近してくる鋼の鯨めがけて、敵の偽装大型艦が砲撃を加えるがそれは――わずかに艦首正面をそれ、すれ違うように側面装甲に弾かれ、あらぬ方向へ飛んでいく。


「放て!」


 敵の次弾が迫る中、無我夢中で船首を上げながら叫ぶ。それとほとんど同時に、ヴァルカンドラから砲撃音。

 二十センチ砲から放たれるのは、対大型艦の大定番、徹甲榴弾。鋭く、重く、刺さって爆ぜる。単純故に凶悪で、今日まで改良発展され続けた最新最鋭の、クジラの牙だ。


 最新鋭の砲弾いなずまが、空で交差する。


 はたしてヴァルカンドラの放った弾丸は、偽装大型艦の左舷後部にかろうじて突き刺さり――爆ぜた。

 推進機の機関部にでも直撃したのか、黒い煙がもうもうと上がり、左舷側に船が傾き始めた。あれはどうにもなるまい、と思ったのもつかの間、船はすぐさま持ち直した。

 二隻で支え合うがゆえの損傷軽減ダメージコントロールだろう。あんな滅茶苦茶な設計とコンセプトでありながら、意外なほどの有用性だった。


 しかし、もはや万全ではない。被弾した左舷後部からは酷い火災もおこっている。小型艦もすべて撃沈済みであり、脅威と呼べるような脅威はもはやなかった。

 ヴァルカンドラはといえば、ほとんど無傷だった。砲弾が当たりはしたが、下部装甲を一部抉り取られた程度で済んでいる。高速での急降下攻撃という、それまで大型艦では成し得なかった戦法が功を奏したのだ。


「おわり……ましたか。いえ、油断大敵ですね」

「ええ。降伏勧告はいたしますか?」

「しましょうか。空賊艦相手ならともかく、王国の船で確定していますから。空戦隊にも帰艦指示を」


 はっきり言って撃ったことも国際問題になりかねないが、そこはそれ、空賊艦と行動をともにしていた時点で十分攻撃理由になる。

 まして通信もなしに撃ち返してきたのだから、というのは少し屁理屈であろうが、そうした話は後で空軍司令部がどうとでも対処してくれるだろう。言い訳の材料も揃っているのだから、王国も下手なことは出来まい。


 このとき、事後のことを考えていたオリヴィアに、油断がなかったかと問われたならば、あったと答えることができるだろう。もうヴァルカンドラを脅かすことのできる脅威は見当たらないからと。

 とはいえ彼女は機動翼の展開に戦術指示と、休む暇なく緊張状態にあった。それを前提に考えると、それは油断というべきではなく、必然的な弛緩であり。


 それゆえ、その直後の悲劇について責任を問うのは、あまりにも酷だった。


 カキュン、と奇妙な音が聞こえた。何かを貫くような音だ。ドリルが鉄板を貫通したときの音に似ていた。それが超感覚から響いてきたものだと気づくのに、数秒かかった。

 何の音だ、と口に出す前に、通信士ハムトが悲鳴のような声を上げる。


「え!? な……そ、そんな……」

「ハムト三等空尉……?」

「か、艦長。火器管制長が……!」


 いぶかし気に挙げる声。不思議がる船員たち。ハムトは真っ青な顔で顔を上げ、叫んだ。混乱のさなかにある、不明瞭な言葉であった。

 

「報告は正確にお願いします。何が起こったのですか?」

「火器管制長が――じゅ、銃弾をうけ意識不明、とのこと……っ!」

「……は?」


 困惑。オリヴィアの心情は、その一言に尽きた。

 なぜ、今このタイミングなのか。砲撃は装甲部以外に受けていないはずだった。どこからも、ヴァルカンドラの火器管制長を狙い打てるような状況ではない。呆然とした彼女の視界には、下方、偽装大型艦の甲板が見えた。

 そこには一人の人間が立っていた。いや、違う。人型の"機械"だ。甲虫兵だ。手には王国式と思しき大型のライフルを持っていて、ちょうどこちらの船の下方あたり、つまり――"火器管制長がいたあたり"を向いていた。


 馬鹿な、と彼女は思った。連続で撃ってこないということは、船を落とす事が狙いではない。まさか火器管制長だけを狙い撃ったのか。だがどうやって。混乱のさなかへ叩き落とされた総合指令室は、更に響いた言葉によって凍り付く。


『ヴァルカンドラ、上だ! 上を見ろ! 大型艦だ! 王国の大型艦がもう一隻だっ!』


 その連絡を受けて、誰もが空を見上げる。ヴァルカンドラにがかかる。黒い蓋が、こちらを睥睨するかのようにそこにあった。

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